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12話 初代仲人王子

 ローエングリン王子の自宅は、王宮の敷地内にある離宮だ。

 王立学園から帰宅して、医学の勉強をしていたら、先日の近衛兵がやって来た。雪の天使の秘密を知る、国王の腹心の近衛兵が。

 先代国王から、直々に呼び出しがかかったのである。


「……ありがとう、行くよ」


 ローエングリン王子の気分は、ここのところ、暗い夜道を歩くような気分だった。新月の翌日に輝く、細い月明かりを頼りにして、歩くような気分。


 オデットとの正式婚約を両親に認めてもらおうとしているが、未だに進展していない。

 やっとアンジェリークから認めてもらえて、自分でどうにかすると啖呵(たんか)を切ったのに、一か月たっても両親を説き伏せられない。


 年下の親友たちに相談しても、さすがに親子の問題は、自分たちで解決してくれと言われた。

 ローエングリン王子の未来に関わることだから手助けせず、自分で解決させろと、アンジェリークから何度も念を押されたらしい。

 王子が雪の天使の秘密を知るために、レオ少年とライ少年にヒントを求めたから、今度は自力で解決しろという、姉からの最後の宿題。


 末っ子のローエングリン王子は、他力本願な側面を持っている。

 とうとう、一欠片(ひとかけら)の可能性にかけて、初代の仲人王子、先代国王に相談することにしたのだ。



*****



「先代国王様、失礼します」

「入るが良い」


 近衛兵の先導で、ローエングリン王子が案内されたのは、先代国王の書斎だった。

 国王職を息子に、仲人職を孫に引き継いだご隠居。現役時代よりも公務が減っており、時間に余裕がある。

 ローエングリン王子の面会希望を、すぐに叶えてくれた。


「ローエングリンは、何を求めて、わしに会いに来た?」

「初代仲人王子に、助言をたまわりたく」

「人柱の花嫁の件かな?」

「はい」

「そこに座るがよい」


 本に囲まれた先代国王は、机越しにローエングリン王子を見てくる。

 指し示された椅子に腰掛けながら、偉大なる国王の一人に数えられる相手を眺めた。


「どんな助言を求めておる?」

「いくつかお聞きしたいことが、ありました。

まず、北の男爵家に、雪の天使が嫁いだことについてです。北国の隠されし王族が、なぜあのような場所に居るのですか?」

「あの二人は、恋愛結婚じゃ。男爵家の後継ぎ、ラミーロの初恋相手が、アンジェちゃんでのう。

ラミーロは、旅一座の巡業回りで二年に一度しか会えんアンジェちゃんを、口説き落としよった」

「アンジェ……ちゃん……? えっ?」

「雪花旅一座の名女優、アンジェちゃんじゃよ。

ローエングリンにとっては、将来の義理の母親になるかのう」


 (ひょう)々とした先代国王の話し方は、孫のライ少年を彷彿(ほつふつ)させる。

 掴み所のない先代国王との話し合いに、王子は軽い緊張感を伴った。


「アンジェちゃんは、生まれたときから知っておるよ。旅一座の公演を通して、成長を見まもっていたわしらにとっては、娘のようなもんじゃ」

「わし……ら?」

「国王夫婦が、人前で堂々と可愛がれる娘など、限られておる。わしらは、娘に恵まれんかったからのう。雪花旅一座の子役の娘たちは、ひいきにしておったよ」


 ローエングリン王子は、素直に納得する。

 先代国王夫婦には、息子二人しかいない。国王と宰相しか。


 のんきな王子に向かって、先代国王は王家の微笑みを浮かべた。


「雪花旅一座と交流を持つことは、雪の国との関係を良くし、いざと言うときは、我が国の味方を増やすことに繋がる。

北国の隠された王族じゃし、わしとも祖先が同じじゃ。

ローエングリン、わしの言っとる意味が分かるか?」

「……はい。四年前の雪の国との対談で、とても役に立っていますよね」

「うむ。国王は国を守るために、私的な行動にすら、意味を持たせねばならぬこともある」


 王族は、したたかだ。特に国王は、国を守るために、様々なことをやる。

 雪花旅一座と交流を持つことは、国王の個人的な楽しみと国益を保つことに。一石二鳥の作戦だった。


「ですが、結婚相手は男爵家ですよね? 侯爵家、もしくは伯爵家でも、良かったのでは?」

「雪の国の圧力じゃよ。雪の天使と男爵家の結婚を認めるように、北国の南の公爵家から圧力がかかった。

一介の男爵家に、なぜ雪の国が肩入れしたか、分かるか?」


 質問に、質問が返ってきた。

 偉大なる国王だったご隠居は、ローエングリン王子を試す。


 しばらく沈黙し、王子は頭を懸命に働かせた。


「……男爵家の姫君は、北の侯爵家の先代当主の弟に嫁いでいました。だから親戚になります。

それから、当時の北の侯爵夫人は、北の雪の天使の血筋……近くに頼れる味方を増やしたかった? 親戚内の結婚問題ならば、支援しやすくなります」

「おそらく、大部分はそうじゃろうな。それ以外に、考えられることは?」

「それ以外? ……分かりません」

「分からぬか。そなたは、王族の中でも、最も政治から遠い所で暮らしておったからのう。仕方あるまい」


 先代国王は、続きを促す。

 生まれる以前のことなんて、ローエングリン王子には、考えられない。


 先代国王は、失望のため息をはいた。

 王子は短期間で雪の天使の秘密にたどり着いたから、頭が良いはずなのだ。

 政治にうといのは、今まで中立の分家王族として暮らしてきた、影響だろう。


「他に聞きたいことは?」

「あの男爵家に流れる、北の侯爵の血筋を、国民に公表することはできませんか?」

「なんのために? あの血筋は伏せておくと、息子……国王が決定したであろう。

わしは、隠居した身。息子の決定に、口出しするつもりは無いよ」

「雪の国への人柱の花嫁が、元男爵家から出ると言うのでは、納得しない国内の貴族も多いです。

特に、自分(ぼく)がオデットを花嫁にしたいと願ったとき、あちこちの貴族が反発してきて、実感しました。

おそらく、雪の天使の血筋と知らない、無学な貴族だと思いますけど」

「……そなた、ずいぶんと口が立つようになったな。将来の姉に鍛えられたか?」

「……はい」


 話題を反らすように、先代国王はローエングリン王子をからかう。

 王子は流されまいと、頑張って、自分の意見を言うことにした。


「先代国王様。下手をすれば、南の雪の天使たちは、暗殺されるかもしれません。

元男爵家でも、他国の王家へ輿入れできるとなれば、自分の家から花嫁を出したいと思う貴族が増えるはずですから。

王族として、最後の北地方の貴族を守らなければ、雪の国との戦争になりかねません」


 ローエングリン王子の発言は、年下の親友たちの受け売りだ。

 それでも、自分の意見の一部として、意識的に取り込めるようになったのは、政治にうといローエングリン王子にしたら、大きな進歩だった。


  去年まで、国の将来を守るための人柱の花嫁問題すら、どこか他人事に感じていた。

 自分から遠い所にいる、見ず知らずの人が、国を助けてくれるのだと思っていた。王子にとっては、とても軽い問題だった。


 けれども、人柱の花嫁になるはずだったオデットとの出会いが、ローエングリン王子の意識を徐々に変え始める。


 他人事から、身近な事に。

 他人事から、自分の事に。


「あの男爵家は、六代前に平民の農家へ、北の侯爵令嬢が嫁いだから、四代前に貴族として成り立った家。

母方の血筋を重視しない我が国では、貴族としての血筋の価値が薄いからのう。発表した所で、余計に反発が大きくなるじゃろう。

それこそ、父方が伯爵以上の貴族たちが、自分の娘を北国へ輿入れさせたいと願うはずじゃ。我が国での発言権を増せるからのう。

……母方の血筋の価値は、ローエングリンが一番よく知っておろう」

「……はい」


 先代国王は、姉の孫を見つめる。

 王女が嫁いだから、分家王族になれた、成り上がりの王子を。

 新興分家王族は、元々は西地方の伯爵家で、西の公爵派の王宮医師の家系だった。


 昔、当時の先代国王は、宰相……西の公爵の操り人形だった。反西の公爵派の分家王族は、当時の先代国王と宰相の権力で次々と処刑されていた。

 それ見て育った当時の国王や王太子は、操り人形になる未来に(あらが)おうと決意する。

 現在の本家王族と分家王族の、四代に渡る権力争いの始まりだ。


 王族が減った隙をついて、西国が攻めてきたのは、ありがたかった。宰相と先代国王は、戦場になった西地方に釘付けになったから。

 当時の王太子と国王は、戦争の士気を高めるためと理由をつけて、王女を西地方の貴族に嫁がせた。

 雪の天使の血筋の秘密に、たどり着いたばかりの若者に。毒の対処ができる、王宮医師に。


 宰相や先代国王には、医者伯爵家に王家の血を持つ娘が生まれたら、西の公爵家に輿入れさせると約束した。

 結局、医者伯爵家に娘は生まれず、現在の当主は男ばかり四人兄弟。次のローエングリン王子の代でも、男ばかり三人兄弟。

 今現在、西の公爵家と医者伯爵家の約束は、果たされないままである。


 ローエングリン王子は偉大なる先代の国王に、はっきりと告げた。

 分家王族の地位を確固たるものにするために、ずっと考えていた秘策を。


「医者伯爵家だからこそ、主張できることがあります。

自分は父方の祖母の血筋を理由に、王子の身分をもっている存在ですから」


 医者伯爵家の分家王族として、存続の危うさを、生まれたときから知っている。

 亡くなった兄が、雪の天使を花嫁にしようとした理由も、最近、知ってしまった。

 だから、将来の当主になるために……憧れの兄の代わりにあがく。


「北地方の塩の採掘権を、積極的に持とうとしているのは、我が国で医者伯爵家だけと断言できます。

あの元男爵家と婚約しようとしているのは、王族の中でも、自分だけ。

白き大地の白き宝を制する者は、国を制しますからね。国のために、政略結婚して当然ですよ」

「ふむ……続けよ」


 先代国王の目付きが鋭くなった。政治にうとい、ローエングリン王子が、興味深い発言をしたから。


 王子は、いつぞやの非公式会談を思い出す。

 塩の採掘権について王子が発言していたとき、アンジェリークも、このご隠居と同じ目付きをしていた。


「アンジェリーク王女……あー、母君も同じ名前で、同じ王女でしたね。

ならば、オデット王女を代表として、名を挙げましょう。

オデット王女の父方の祖母、すなわち元男爵家の二代目夫人は、二つの塩の採掘権を持っていますよね。

湖の塩の採掘権を持つ、伯爵家出身で、唯一の生き残り。

そして、母方の祖母は、北の侯爵家の出身でした。つまり、山の塩の採掘権を引き継いでいます」


 オデットの父方の祖母は、春の国の純粋な貴族として、唯一、二つの陸の塩の採掘権を主張できる存在だ。

 四年前、現国王が息子に内陸の男爵領地を目指させた、表向きの理由にしている。


「雪の国との公式会談で、オデット王女の姉は、この祖母の血筋を理由に、『二つの塩の採掘権を主張』しています。そして、雪の国は納得して、兵を引きました。

本来は、『分家王族の雪の天使』が春の国の代表として出てきたから、北国は引き下がったのでしょうけど。

我が春の国では、『塩の採掘権を持つ貴族がまだいるから』と、国民は納得しているはずです。

我が国が塩の採掘権を主張するには、オデット王女の、父方の祖母の血筋が必要ですからね。

血筋を否定することは、塩の採掘権を失うことに繋がります。一度、雪の国の侵略を経験している貴族たちは、口を閉ざすと思いますよ」


 先代国王は、無言のままだ。鋭い視線で、続きを促す。

 威圧感にのまれまいと、ローエングリン王子は心の中で踏ん張っていた。


「それから、あの元男爵家は、全員が、雪の国の王位継承権を持っています。こちらも、国民に主張する材料になるでしょう。

父方の祖父母ですら、祖先が北の侯爵の血筋を引くことを理由に、北の侯爵家の持っていた王位継承権を引き継ぎました。

公式会談で、雪の国の王族が認めており、記録を調べば、誰でもすぐに確認できます。

あちらの王家が認めた理由は、分かりませんでしたが……」

「……アンジェちゃんが、四年前の会談のとき、雪の国の本家王族に密かに交渉したんじゃよ。『娘を嫁に欲しいのなら、父方の男爵家にも、雪の国の王位継承権を認めよ』と。

春の国では、母方の血筋は価値が無いから、雪の国に輿入れさせるとき、絶対に反発を招く。対策が必要だと、入れ知恵したらしいのう」


 人柱の花嫁を迎えるためだけに準備された、王位継承権。

 大々的に公表すべき内容ではないから、会談記録を調べた、勉強熱心な者だけが知れるようにしている。

 現在、本家王族が、優秀な部下を見つけるために利用していた。


「……母君は、かなり先見の明があったのですね。今現在、似たような状況が起こっています。

自分とオデットの仮婚約をするだけでも、かなり反発を招いていますから」

「先見の明よりは、自分が経験したからじゃろうな」

「経験ですか?」

「うむ。アンジェちゃんが男爵家に嫁ぐとき、雪の天使の血筋を知らぬ北地方の貴族から、かなり反発があってのう。

端から見れば、美しい平民の旅一座の娘が、男爵家の正室になるわけじゃ。貴族の地位目当ての結婚にしか見えん。

北地方の貴族の総元締めである、北の侯爵は、親戚である男爵家をかばって、反発を鎮めようとしたが、失敗しおった」


 先代国王の視線が、ものすごく遠くなる。

 医者の観察眼を持つ、ローエングリン王子は、職業病とも言える推理をしていた。


『……うん。現実逃避ぎみだ。

大おじ上にとっては、ものすごく嫌な思い出なんだろうな。きっと』


 軍事国家から圧力がかかり、縁談をまとめさせられた、先代国王……ローエングリン王子の祖母の弟の苦労話は続く。


「特に、雪の国から嫁いできた侯爵夫人は、雪花旅一座に流れる、北の侯爵の血筋を主張した。

が、春の国の貴族には、受け入れられんかったよ。

アンジェちゃんにとっては、父方の祖母の血筋。その上、祖母は側室の娘じゃったからな」

「雪の国の塩の採掘権を得る、巧妙な仕掛けですよね?

平民の旅一座からもらった側室の一人娘ならば、雪花旅一座に連れ帰っても、春の国の貴族は不思議に思わないですから」

「我が国の風習を逆手にとった、雪の国の戦術勝ちじゃな。

宰相の操り人形の国王が続いた頃の話ゆえ、わしが雪の天使の血筋を調べて気付いたときには、遅かったよ。

過ぎたことは仕方ない。今はその雪の天使の子孫を、われらが利用できるから、 よしとしておる」


 雪花旅一座に、二つの塩の採掘権を持ち帰った、雪の国の王女の存在。

 春の国で、お山の大将気分だった当時の宰相は、山のふもとが荒らされていることに気付かなかった。

 先代国王のような、自立した国王の時代ならば、企みに気付いて、連れ帰えるのを未然に防げたであろうに。


「雪の国の圧力とは、どのようなものだったのですか?」

「ふむ……ラミーロは、アンジェちゃんを伴侶にするために、男爵の地位を王家に返上すると、北の侯爵に申し出たよ。

口説き落とした相手が、雪の国の王族とは、知らんかったんじゃ。

じゃから、北の侯爵夫人は、国王のわしに、至急の手紙を寄越した。

男爵家の爵位を取り上げて結婚させれば、雪の国は黙っていないとな。

……ローエングリン、理解できとるか?」

「えっと……あっ! 雪花旅一座は、雪の国では分家王族です!

だから、平民に王女が嫁ぐのは容認できなかったんですね?」

「うむ。雪の国は、母方の血筋も重視する。それを踏まえて説明してみよ」

「えっと、雪の国は、両親の地位を比べて、高い方を血筋として見なす風習があります。

オデットのおばあ様は伯爵出身だから……息子も、伯爵の血筋と見なすはず。

伯爵の血筋だったら、王女が降嫁しても、問題ないですよね」

「……ローエングリン。なぜ、そこまで考えられるのに、気がつかん?

そなたは、本当に政治にうといのう」

「……母親の伯爵の血筋じゃなくて、父方の祖先、北の侯爵の血筋を押した?」

「違う」

「分かりません、教えてください」


 ローエングリンは、眉を寄せて考えるが、分からないものは、分からない。さっさと降参した。


 再び、失望のため息をはく、先代国王。

 末っ子のローエングリン王子は、子供のころから根性がない。それを知っているから、諦めもついた。


「……よいか? ます、雪の国の地図を、思い浮かべてみよ。塩の産地は、どこじゃ?」

「……確か、雪の国の塩の産地は、東国に隣接する海辺でしたね。

あ、南地方は、海の産地から遠いから、すぐ近くにある陸の塩の産地が欲しい?

山の塩の採掘権を持つ、北の侯爵家には、北の雪の天使が正室として嫁いでいたはず」

「ようやく、そこにたどり着いたか。本当にローエングリンは、国政に向かんのう。

王家よりも、医者伯爵家の血筋が濃いようじゃな」

「自分は、政治の勉強よりも、医学の勉強が楽しいですから」

「まあ、良い。ラミーロの母親は、湖の塩の採掘権を持つ、伯爵家の出身じゃ。

南の雪の天使が、伯爵の孫に嫁ぐことで、北国へ湖の塩を送りやすくなる。

雪の国は、二つの塩の産地の採掘権を主張せずとも、塩を得る方法を確立させたんじゃよ」



 先代国王は、分家王族の末っ子王子様に、あきれた視線を送る。

 ローエングリン王子は、最低限の言い訳をして、口を閉ざした。


 モテない男が、モテる親友たちに挑んで、唯一勝てたのが医学だった。

 血筋も、伝統も、王位継承権順位も、本家王族の親友たちの方が上。

 将来の国王になるレオ少年や、宰相になるライ少年に、分家王族のローエングリン王子は敵わないのだ。

 

 ローエングリン王子の卑屈な心を知ってか、知らずか、先代国王は口を開く。


「まあ、ローエングリンが、わしとこのような会話をできるようになっただけ、評価はしておるぞ。

何より、雪の天使を妃に選ぶ覚悟があるようじゃから、安心した。

アンジェちゃんは、義理の母親として、そなたを喜んで迎えてくれるじゃろうし」

「……政治にうとい自分を、歓迎ですか? 春の国の王家と繋がりを持つなら、利用しやすい相手でしょうね」


 卑屈になった、ローエングリン王子はヤケを起こす。

 不機嫌な顔つきになって、うつむき、トゲトゲした言葉を発した。


「ローエングリンは、義理の父親になるはずだった、ラミーロと似ておるよ。アンジェちゃんの愛した男にのう」


 先代国王から発せられたのは、思ってもみない言葉。


「領地を守るはずのラミーロは、たった一人の少女を選んだ。領地と領民を捨ててな。

領主としては、あるまじき行為じゃ。

そして、ローエングリンは、春の国と国民を捨ててでも、たった一人の少女を選ぼうとした。

こちらも、王族として、あるまじき行為じゃ」


 ローエングリン王子の胸に、先代国王の声が一つ一つ響く。

 元国王として責める声と、仲人王子として誉める声。二つの声音が。


 不機嫌な顔つきに、驚きを浮かべて、先代国王の様子を伺った。


「アンジェちゃんは、世界のすべてを敵にしてでも、たった一人の男から愛される幸せを知る子じゃからのう。

自分の大切な娘に、同じことをしてくれる男を、無下にはできんじゃろう。

わしも、ラミーロやローエングリンのような不器用で、一途なうつけ者は嫌いでは無いよ」


 先代国王は、大胆不敵な笑みを浮かべていた。

 旅一座の娘のアンジェリークと、男爵子息のラミーロをくっつけた初代仲人王子の笑みは、孫のレオ少年とそっくりである。


「そなたとオデット王女の正式婚約の件は、わしが何とかしておく。

その代わり、アンジェちゃんの一の姫、アンジェリーク王女を人柱の花嫁にしなくて良いように、しっかり働いてもらうからのう。返事は?」

「……先代国王様のお心のままに」


 はからずも愚直さで、先代国王を味方につけた、ローエングリン王子。

 愛するオデットと一緒に過ごせる、バラ色の未来への手応えを感じた。

 深々と頭を下げて片膝をつき、王族の王子として、最上級の敬意を示す。


 ……バラ色の未来のためには、労働をしなくてはならないようだが。

 今は意識の外に、追いやっていた。

・ラミーロ

名前の元ネタは、オペラ版シンデレラ「チェネレントラ」に出てくる、ラミーロ王子より。

オデットの母親の名前も、アンジェリーク。もう一人のシンデレラなのです。

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