第百五話 長姫の戦略にて候う
六角、浅井、朝倉が争っている隙に斎藤を倒す!
長姫の出した方針である。
攻める時期は秋から春にかけて、西美濃を完全に織田家の物にするのが狙いだ。
冬場近くに攻める事で朝倉の援軍も来れない。
まずは西美濃を抑えて六角、浅井の援軍が来れないように蓋をするのだ。
一度の戦で美濃全土が手に入る訳ではない。
尾張平定も何年もかけてやっているのだ。
美濃平定も時間がかかってもおかしくない。
それが何年掛かるかだ?
「一年よ」
長姫が断言する。
「それは西美濃を手に入るのに掛かる時間か?」
「いいえ、斎藤家を倒すのによ」
あの道三を相手に一年で美濃を取れなんて無茶振りが過ぎる。
「道三は長くないのよ。この前会って確信したわ」
あなたは超能力者ですか?
なんでそんな事わかんだよ!
「前に血を吐いたと言っていたでしょ。あれは本当よ。頬は痩けていたし、声に張りもなかった。病気ね。それもかなり重い」
そんなに悪く見えなかったけどな。
「先に動いて気勢を制するのよ!向こうに準備する暇を与えないことよ」
先手必勝か。悪くないな?
「と言う事で城に行きましょう。市に会わないとね」
そうだな。市姫に会って…… え、会うの?
「わたくしが市を説得しますわ。その間に藤吉は稲葉の説得をするの。大丈夫、あなたなら出来るわ」
どこかの金髪さんのセリフを言われた。
これを聞いてやらない訳にはいかない。
「よし、分かった。任せろ!」
こうして俺は美濃に向かうのだった。
あれ? 俺が仕切ってなかったっけ?
そして、再び大垣城に戻って来た。
氏家直元は俺達を快く迎えてくれた。
戻って来た所で稲葉良通の件を尋ねる。
「良通とは連絡が取れた。しかし……」
どうもよろしくなかったようだ。
直元の話によると。
稲葉良通は既に動こうとしているらしい。
どうも連日に渡って面会を求められて、怒り狂っているらしい。
相手は『明智十兵衛』
十兵衛が出てきたのか?狙いはなんだ?
「良通は会わないと言って帰しているのだが、あまりにもしつこいので我慢の限界らしい」
良通は十兵衛がお嫌いらしい。
まあ、道三の側近だからな。
何を言いに来たのやら?
「段取りは付けてある。良通に会ってやってくれ」
直元も内心では動きたいのだろうな。
しかし、今動いても道三には勝てない。
数が違うのだ。
今の道三は中美濃を押さえている。
そして、西美濃の安藤守就を味方にしている。
他にも西美濃国人衆の何人かは道三の支配下だ。
数にして一万を軽く越えている。
対して良通と直元の寝返り組は合わせても三千ほどしかない。
先の戦いで散々痛め付けられたからだ。
未だ戦力の回復が出来ていない。
この状況で戦い勝つのは難しいと言うより無理だ。
しかし、これに織田家が介入すれば話が変わってくる。
織田家は斎藤家に宣戦布告している。
いつでも攻め込めるのだ。
織田家と西美濃国人衆が組んで挟撃すれば勝てる…… はず何だがな?
織田家の兵力は二万近い。
しかし、全てを出すわけではない。
精々、一万を越える程度だ。
それ以上になると銭も米も足りなくなってしまう。
短期決戦ならば大丈夫だが長期戦は分からない。
向こうも苦しいだろうがこっちはもっと苦しいのだ。
それに勝った後の事も考えないといけない。
美濃を取ると北は朝倉、姉小路。
西は六角、浅井。
そして、東は怖い怖い武田が居る。
この武田を何とかしないといけないのだが、何も対案が浮かばないのだ。
織田家と武田家は付き合いがほぼない。
今川と敵対しているのでそれを糸口に話を持って行く事も出来るのだが?
武田が美濃を欲しているのは明らかだ。
おそらくどんな提案も譲歩も通用しないかもしれない。
史実では信長が貢ぎ物攻勢でご機嫌を伺った相手だ。
それに長尾景虎と争っていたのでこっちに兵を出す余力はなかったのだ。
しかし、この世界では違う。
龍千代さんの文によると。
『武田とは和議が結ばれた。川中島は我が長尾家の物となった。武田は駿河今川を攻めると言う事で、これ以上長尾家と争うつもりはないとな。本当かどうかは分からん。しかしこれで、長尾家は関東に集中出来る。お前も織田家にいつまでも拘らないで我が元に来い。いつでも待っているからな! 龍千代より』(現代語訳)
あ、続きが有るな。
『近々上洛する予定だ。その時は追って報せるからな。そなたも上洛するように。いいな!』(現代語訳)
龍千代さん、俺は長尾家の人間じゃないのよ。
しかし、こんなに機密をべらべらと書いて大丈夫なのだろうか?
景虎さんはこの事を知ってるのかな?
しかし、貴重な情報を得る事が出来た。
どうやら第四次川中島決戦は発生しないようだ。
そうなると野良田の戦いが起きるかどうか怪しいものだ。
既に歴史は俺の知っている物とは違っているのだ。
先入観を持つとかえって足元を掬われる事になるかもしれない。
事実掬われたしな。
ああ、もうネガティブに考えるのは止めよう!
武田に関しては長姫が何か考えると言っていたしな。
俺は稲葉良通の説得に集中しよう。
俺は小六と護衛の蜂須賀党の面々を率いて稲葉良通の居る曽根城に向かった。
監視の厳しい曽根城であったが上手く潜入する事が出来た。
出入りの商人に化けただけだが不審に思われる事はなかったようだ。
ここの警備も案外ザルなのかな?
いや、直元が上手く謀ってくれたと信じよう。
曽根城には直元の部下が既に侵入していた。
その部下と落ち合って俺達は良通に会う事が出来るようだ。
しかし、稲原良通は既に誰かと会っている最中であった。
先客が居た事で少し待たされる事になった。
俺は良通に対する口説き文句を考えながら待つ事にした。
「織田家と共に…… いや、俺達と一緒に…… 駄目だな。やっぱり美濃の為が一番かな? どう思う小六?」
「藤吉の言葉なら誰だって落ちるよ」
うん、聞いた俺がバカだった。
しかし、長いな?
少しだけと言われたが中々呼ばれない。
俺は緊張からかトイレに行きたくなった。
「ちょっと厠に行ってくるわ」
「あたしも付いて行こうか?」
「必要ないよ。すぐそこだし」
「駄目だ。一人に出来ない。お前達、何人か付いていきな」
「「「へい!」」」
「大袈裟だな」
しかし、小六のこの心遣いは嬉しかった。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けなよ」
俺は三人ほど連れて厠に向かった。
厠で用を済ませると部屋に戻ろうとして廊下の角を曲がると人とぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「いや、私も余所見をしていた。すまない」
俺と相手は同時に頭を下げた。
うん、聞き覚えのある声だな?
俺が頭を上げるとそこには『明智十兵衛』が居た!
「じゅ、十兵衛さん!」
「そなた。藤吉か?」
十兵衛が目の前に居た。
俺は驚きのあまり棒立ちになっていた。
しかし、相手は俺と同じように棒立ちになる事はなかった。
「ごめん!」
十兵衛は刀に手を掛け、抜き放った。
あ、殺られる。
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