第百三話 服部党の調略にて候う
服部友貞の居る市江島に向かった。
ここは輪中と言われる集落の周囲を堤防でぐるりと囲っている。
人工の島のような物だ。
しかし、その島は要塞のような物でもある。
俺と小六、長康と蜂須賀党数名で船を出して市江島に着く。
警備は結構、ザルだ。
警戒している人間はいない。
あれ? 思っていたのと違うな?
俺はこの島に潜入するのはかなり大変で、警備の者に袖の下(賄賂)を渡して、『いや~、結構な銭を使ってしまったな』と言って悪態をつく所まで想像していたのだ。
それがこうもあっさり潜入出来ては肩透かしもいいところだ。
「大将。あそこが服部の館だ」
「バカ。長康。今の俺は商家の若旦那だ!」
「すいません、たい。若旦那」
今の俺は商人に化けている。
ここの所この姿での行動が多かったのでもう慣れた。
小六は何時もの山賊ルックで、蜂須賀党の者達もラフな格好だ。
長康は俺と合わせて商人の姿をしている。
俺と長康を小六達傭兵が護衛していると言う訳だ。
小六を先頭に服部館の前に着いた。
小六は門番に挨拶(銭を渡している)をしている。
それを俺は愛想笑いを浮かべて見ている。
門番の一人が居なくなってしばらく待たされる。
「た、若旦那。良いですかい?」
「なんだ?」
「くれぐれも早まらないで下さいよ」
俺の耳元で小声で話す長康。
早まるなって、いかもに俺が考えなしに暴走するみたいな言い方だ?
「失礼だな。俺がそんな単細胞に見えるか?」
「たんさい? 何ですか?」
「いやいい。大丈夫だ。俺は冷静だ」
そうだ。俺は冷静だ。
小一に何か有ったらここに居る奴らを皆殺しにしてやるくらい冷静だ。
「全然大丈夫に見えませんよ?」
その言葉は聞かなかった事にしよう。
安心しろ。
向こうがちゃんと話を聞く奴らなら命は取らないでいてやる。
骨の二、三本で勘弁してやろう。
ふふふ。
そうして待っていたら門番の一人が帰って来た。
どうやら俺の話を聞いてくれるらしい。
よし、骨だけで済ましてやろう。
中に入るのは俺と長康、それに小六と後三人が付いてきた。
護衛だからな。
商談の時には離れているがそうじゃない時は常に一緒だ。
小六が先頭で俺と長康が真ん中だ。後ろに残り三人が付いている。
結構長い廊下を歩いている。
頭の中は小一の事ばかり考えている。
ここに来る前に母様やとも姉には必ず小一を連れて帰ると約束した。
絶対に安全な策が有ると言って説得してきた。
しかし、実は策なんて無い!
友貞とは適当に話して小一の無事な姿を確認したら一目散に逃げるつもりだ。
その辺は小六にも話している。
追ってくる奴らは死なない程度に殺してやる。
俺の家族に手を出す奴は地獄行きだ!
例外はない!
俺には祖父直伝の護身術がある。
こっちの世界の人間は背が低いし、力も俺より弱い。
俺が力いっぱい殴れば下手をしたら死んでしまうだろう。
俺は桶狭間で人を殺しているが直接殺した訳ではない。
一応、槍や刀といった道具を使って間接的に殺している。
だが今回は武器を持っていないので素手で殺らなくてはならない。
大丈夫だ。家族を守る為なら幾らでも人を殺してやる。
俺にとって大切なのは家族なんだ。
そうして黒い笑みを浮かべながら歩いていると少し離れた部屋から声が聞こえてきた。
「あ、や、止めて下さい」
「うるせい。観念しろ!」
「頼みます。少し待ってください。この通りです」
「黙れ、黙れ! これ以上待てるか!」
あの声は小一か?
何か切羽詰まっているようだ。
これはヤバい!
俺は声のする部屋に向かって走った。
途中で案内していた者がおれを止めようとしたが殴って黙らせた。
安心しろ。少し手加減した。多分。
そして、部屋の前に着いた。
「まって、本当に待って下さい!」
「くどい。もう待てん。観念しろ!」
俺は戸をスパーンと開け放つ。
「やめろー!」
するとそこには小一と弥助さん、それに知らない髭を生やした中年が居た。
「へ、あ、兄者?」
「なんだ。お前は?」
「おれは、おれは、……てあれ? 何してんの?」
「見て分からんのか。将棋だ。将棋」
見れば中年と小一が将棋盤を挟んで対面していた。
弥助さんは小一の後ろに座っていた。
俺はそれを見て転けた。
結果から言おう。
小一は服部友貞を仲間にした。
言葉にすると簡単だがあの服部友貞を調略してしまったのだ。
小一、お前は俺より凄いよ!
小一から詳しい経緯を聞いてみると。
長島での調略活動は思ったよりも進んでいなかった。
とにかく長島の人、特に一向門徒は話を聞かないのだ。
それよりも彼らは熱心に勧誘をしてくるのだ。
「一緒に阿弥陀如来様を崇めましょう」
「今なら南無阿弥陀仏と唱えるだけで我ら門徒の仲間になれますよ?」
「供に一向宗を広めましょう!」
こんな感じで勧誘して来るのだ。
そして、話を聞いてくるのは門徒以外のならず者達だった。
彼らは傭兵家業を生業にしている者達が多く。
近くで戦が有れば助っ人に加わる者達だ。
中には織田家の者や今川家の者、さらには斎藤家の者まで居る。
そういった連中の斡旋をしているのが服部友貞であった。
小一は彼らならず者達の話を聞いて、服部友貞を調略出来れば長島の傭兵達を引き込めると考えたらしい。
なんて危ない事を考えるんだ小一。
「で、服部家と渡りを付ける事が出来たんで直接乗り込んだんだ」
「お、俺は止めたんだよ。危ないし」
弥助さんの判断の方が正常だ。
「でもおいらには勝算が有ったんだよ。兄者が教えてくれたからね」
俺、何か教えたっけ?
「それならそうと、俺にも話してくれたら良かったのに? 大将は相当心配したんだぞ。目の色が違ってたからな。すっげえ怖かったぜ」
長康の意見は最もだ。
あれ? 俺そんなに怖かったの?
「ごめん、長康さん。でも突然の話だったから連絡出来ずにごめん。本当は弥助兄さんに連絡してもらうはずだったんだ」
「俺が弟を見捨てるもんか!バカにすんな!」
弥助さん、いや弥助兄さん。あんた偉いよ!
「それに俺一人で帰ったらともに殺される」
ぼそっと本音が漏れてますけど弥助さん。
「あんたが噂の木下 藤吉かい」
俺ら身内で話をしていると友貞が話しかけて来た。
「ああ、俺が藤吉だ」
「俺らは人に仕えた事なんてねえ。けど、そいつに言われて考えが変わった」
小一の奴。何を言ったんだ?
「俺ら服部党は織田家じゃなくてあんたに仕える。好きに使ってくれ!」
「いや、その、いきなりそんな事言われても?」
何で織田家じゃなくて俺なんだよ?
「がははは。あんたは小一の言う通りな奴だな。おっと、これからは俺らの大将だもんな。旦那って呼んで良いかい」
なんなのこのフレンドリーな感じは?
「おい、あんたら。言っとくけどあたしら蜂須賀党が藤吉の一の家臣なんだからね。その辺は弁えなよ」
止めて、小六。その人の自尊心をくすぐらないでお願い。
「がははは。良いぜ。今の所は二番手だな。だが、直ぐに一番手になってやるぜ。直ぐにな」
「そうかい。それはお手並み拝見と行こうじゃないか?」
部屋には小六と友貞の笑い声が響いていた。
お願い、仲良くしてね?
そしてそれを笑顔で見ている小一。
どうやって友貞を説得したのかは何度聞いても教えてくれなかった。
本当に何をしたんだよ小一!
こうして俺は服部友貞率いる服部水軍を手に入れた。
大丈夫だよな。裏切ったりしないよな?
お読み頂きありがとうございます。
誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。
応援よろしくお願いします。