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3:The man in the moon.

深読み注意です。世界観説明と、道化師の掘り下げのためやむを得ず。

 両親の正体を知ったのは、本当に偶然。あの日まで二人は、俺にとって良い父と母で、俺は二人が大好きだった。


「ちゃんと留守番をしているのよ、アル」

「解ってるよ母様」

「アルゴール、これを」

「何これ、父様? 」

「お守りさ。私が帰ってくるまで大事になくさず持っていてくれ」

「うん! 解ったよ行ってらっしゃい! お土産期待してるからな!! 」

「ははは、これは大変だ! 」


 両親は芸術品の購入をしていると言った。離れはそれを置いているから、俺が悪戯で入り込んではならないとキツく言い聞かされていた。俺はそんなモノに興味なかったから、関心も示さなかった。いつの間にかうちの人が増えたり減ったりしていたことも、本邸暮らしの俺とは無塩の世界。


「でも、たまには外に行きたいよな」


 貴重なカーネフェル男児。出歩けば奴隷商か金の亡者に誘拐されると言うけれど、女装しなければ外も出歩けない暮らしは退屈だった。十代の半ばに差し掛かり、俺もそろそろ声変わり。女装するには辛い年齢。

 そんな折に両親が仕事の都合で数日の間旅行に出かけた。怖い使用人頭が目を光らせているし、両親の留守に俺を売り飛ばそうとするような輩はいないだろうと、俺は束の間の自由を満喫することにした。


(と言ってもな)


 屋敷の本は読み飽きた。中庭で遊ぶ相手もいない。つまらないな……でも今日は天気も良い。庭師の腕が良いのだろうか? 庭の花も見事だ。それなら絵でも描いてみようか。俺は中庭へと足を伸ばした。


(誰……? )


 中庭の先客。最初は幽霊かと思った。あちこち白い。肌もだし、髪の金髪も淡い色合いで。汚れた服を着た少女が声も出さずに泣いている。


(どうしよう)


 泣いている女の子を慰めたことなどない。かける言葉も浮かばない。かといって立ち去れず、俺はずっと彼女を見つめていた。見つめていた? それは嘘か。時々気まずくて目を逸らしたりまた戻したりを繰り返していたな。

 そうしている内日が傾いて、肌寒さを覚えた時に、やっと言葉が見つかった。


「家、入らないか? 君が誰か、何があったかもわからないけど……日も暮れるし、寒いし」


 戸惑いながら差し出した手。その子は掴んでくれなかったが、俺の言葉に小さくこくんと頷いた。

 その時彼女の顔を見て、目の色が俺とは違うことを知る。それが、俺が一番最初に見た“混血”だったんだ。だからだろうな。こんな美しい人間が存在するのかって驚いた。感動もした。本の中で読んだ天使という生き物が、彼女にぴったりの言葉。

 彼女が天に帰ってしまわぬように、掴まれなかった手を俺から掴んで室内へ。彼女を本邸に招いた俺を見て、使用人達は驚いていたけど、俺の命令には従う素振りを見せた。よくは解らないけれど、両親が不在の今この家で俺が最も偉い立場にあった。そうするように、両親が周りに言い聞かせていたのかも。


「俺が外出するとき、こんなの着なきゃいけないんだよ。もう似合わないのにな」


 食事と入浴をさせる前に、彼女に着替えを用意しなきゃ。俺のお下がりで悪いけどと、彼女を衣装部屋へと誘った。


「好きなのあったら持っていって良いよ。俺が着られなくなったサイズもあるし」


 彼女は見るからにボロボロの服。どこからか迷い込んだ奴隷だろうか? 高価な服に触れることも恐ろしいのか彼女はなかなか選べない。仕方ないやと俺が、彼女に着られそうなサイズの物を見繕う。


「どう、して……? 」

「え? 」

「この、色」

「白は嫌い? 」

「……違う、でも」


 俺が渡した服の色を、彼女は気にしているようだ。


「汚れるのが、嫌だから……見えるから、悲しいから。暗い色が良い」

「そんなの、洗えば良いだろ。それか買い換えるとか」

「変わりなんて、いない。貴方には、いるの!? 」


 初めて彼女から、感情というものを向けられた。良いことをしていると思った俺は、突然激しい怒りを向けられて戸惑うばかり。


「ごめん……」

「…………」

「わ、悪かったって!! じ、じゃあ……俺が洗うよ。メイドには任せない。俺が責任持って、また綺麗にするから! その服が、また綺麗になるように、裁縫だってする! ど、どうせ暇だし」

「……じゃあ、洗って」

「え!? う、うわぁっ! 」


 腕を引かれて俺が連れて行かれたのは、着替えの前に俺が案内した浴室だった。


「ち、ちょっと! ま、待ってくれって! 」


 躊躇いや恥じらいも感じさせずに彼女が服を脱ぎ去って、顔を片腕で覆った俺へと近付く。元々ボロ布のような服だったから、彼女も片手で脱げたのだ。


「嘘吐き。洗えないんじゃない……綺麗になんか、出来ないのよ」


 服のことではなくて、あれは彼女のことでもあったのか。今の言葉で気がついた。


「俺なんかが触ったら……その方が、君が、汚れる! だって、元々綺麗じゃないか!! 可愛いし! は、早く服着てくれよ! それか腕放せ! 」


 俺の言葉に一瞬驚いた、彼女の拘束が緩む。その隙に俺は廊下へと飛び出し……彼女が現れるのを待った。


「おいしい……」

「そ、っか。好きなだけ食べていいから」


 その後、食事の席についても俺は気まずかった。真っ白だった彼女が入浴後のためか、白い肌にうっすらと赤みが差して人間らしさを取り戻している。それが少し照れている風にも見えて、俺が勝手に気恥ずかしくなる。

 一方彼女はと言うと、もそもそと味わうように手で食事を始める。そんな食べ方も可愛らしいが、顔や服がすぐに汚れる。それが彼女も辛いよう。


「こう、するんだよ」


 彼女の顔を布で拭ってやりながら、切り分けた料理をフォークで渡す。それを受け取りながら彼女も真似し、俺へと食事を差し出した。


「こう? 」

「う、うん」


 何気ないこのやり取りの恥ずかしさに気付いたのも、俺だけで……渋々俺は差し出された料理を口に運んだ。


「君、名前は? 何処から来たんだ? 」

「……」

「俺はアルゴール。この家の一人息子だ」

「……」

「もし君が行く場所無いって言うなら、うちで働く気は無いか? 俺とそんなに年も変わらないよな? 遊び相手が欲しいって俺が頼めばきっと置いて貰えるよ」

「知らないの? 何も……」

「え? 」


 彼女が自分自身を知らない、そういう風に聞こえたが。よくよく聞けばそれは俺への問いかけだ。


「知らないの? 」


 繰り返されるその言葉。それがこれまで俺達の間に流れていた温かみを掻き消して、一瞬で張り詰めた空気へ戻す。


「……それが悪いことだって言うなら、教えてくれよ、君が」


 知らないことは悪いこと? 知ろうとしないことが怠惰? 知ろうとしないのは信頼?

 よくわからないが、大好きな両親を馬鹿にされたようで腹が立って。言い返した俺を見彼女が哀れむように悲しく笑う。そして何をするかと思えば、近付いて……俺を見る目を伏せたのだ。

 間近で見る彼女があまりに綺麗で恐ろしくなり、俺も慌てて目を閉じる。何とも情けない……俺は彼女に声をかけられるまで、ずっとそのままだったのだ。


「どう? 」

「ど、どうって……」

「これが、“悪いこと”よ」

「悪いこと……? 」


 キスを悪いことだと彼女は言って、俺を馬鹿にするよう鼻で笑った。だけどどうしてか、俺は彼女が泣きそうだと思った。俺が何か彼女を砕く言葉を言ったなら。


「いいわ。貴方と遊んであげる。傍にいて、教えてあげるわ。もっと悪いことを」

「お、おい! 」

「私はア…………ア“イ”ギス」


 綺麗な女の子にここまで言われたのだ。挑発だって俺は鼓動が早くなる。これまで箱入りで、大事にされてきた俺に、彼女という毒は刺激が強すぎた。

 数日後、帰宅した両親は驚いたが、彼女を本邸に住まわせることを認めてくれた。さも知らない振りをする二人に、俺は彼らが俺に隠し事をしていると……初めて両親を疑った。だって、彼女は……あの二人が自分をここに連れてきたと言っていたから。

 勿論俺は俺の両親の方を信じている。それでも彼女の言葉が呪いのように何度も俺の中で甦るのだ。

「家出する気になった? 」

「どうして俺が家を捨てなきゃいけないんだよ」

「あなたの大好きなご両親は最低の人間よ。私をこんな所に連れてきた。しかも奴隷として」

「嘘だ」

「本当よ。離れで飼われていたときは毎日酷い目に遭っていた」

「あの二人は俺に手を上げたことも無いんだぞ」

「馬鹿ね、人が人を傷付ける方法が暴力しか存在しないと思っているの? それじゃあ私がこんな風に貴方の大事な人を悪く言うことも、貴方にとっては酷い目ではないのね」

「そ、それは……」

「直接相手に聞く勇気も無いのね、お坊ちゃん。家を出る勇気も無いのよ意気地無し。ここが世界で一番退屈で幸せな場所だと思ってる。そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。それを確かめもせず貴方は一生飼い殺される。貴方の方こそ奴隷だわ」

「っ! 」

「私の身は奴隷かもしれない。だけど私の心は貴方なんかよりずっと自由な人間よ」


 一度でも疑念を覚えた相手を、これまでと同じように見つめることは出来ない。以前と何も河原に日常が、彼女の登場により歪な物に感じられて。嫌なこと、悪いことばかりを教える彼女が、いつの間にか信じられる相手に変わった。彼女だけが、俺に本当を教えてくれていると思うようになったから?

 違うな。いや、そうだったから? どちらにせよ、好意が逆転したのだ。肉親よりも俺は彼女が大事になった。あの二人はそれを待っていたのだと、俺が気付いた時には遅かった。


「教えて……っあげるって、言った、でしょ……」


 綺麗なんだ、あの子は。神様が作ったと言っても信じられる。混血って言うのはそういう生き物なんだろう。そんな綺麗な存在は、人の悪意や欲望に汚されても……綺麗なのだ。


「これが、一番“悪いコト”よ」


 俺がショックから泣き出したの見て、彼女は少しだけ満足そう。酷い目に会いながら、それだけでも一矢報いたと彼女は自信を誇ったのだ。自分を、自分達をそんな目に遭わせた者達の、大事な一人息子の心を破壊して。

 何となく、本で知識で知っている。それはもっと使命とか運命とか、愛と呼ばれるものだとどこかで思ってて。それなのにそこにはそんな言葉が一つも無くて、それを運命と呼ぶのならこの世界はあまりに醜い。そんな醜い物に身を苛まれる彼女は、それでも美しく見えて、俺は見てはいけない物を見てしまったのだと理解する。

 知らなければ良かった。でも、知らなくても彼女の現実は変わらなくて。これこそが彼女の日常で。その裏で俺の退屈で幸せな日々は、続いていた。知らない俺に罪は無い。それでも、知っていれば助けられたかもしれない俺は、彼女を救わなかった罪がある。


 嗚呼、だけど……あの二人はそれ以上に、いかれていた。


「来てしまったか、私の可愛いアルゴール」

「待ちくたびれたわ、うふふ」


 離れで気を失った俺は、目覚めた時には椅子に縛られていた。背腕尻足で感じる感触はごつごつしていたりブヨブヨしていたり。それが何で出来ているかを想像したくない。だから俺は笑う二人を睨むことで、感覚を切り離した。


「父さん、母……さん!? どうして彼女を、俺をこんな目に!? 」

「あら、貴方にも解るはず。だって私達の息子なのですから」

「彼女は綺麗だろう? だが、手を加えることでより美しくなれる」


 彼女も腕や足を縛られて、動きを制限されてはいるが、彼女が拘束されているのは椅子ではなくて……何かの像だ。


「可哀想だったねぇ、今度は君の罪を浄化してあげようね。美しい物に触れれば君はまた、綺麗になれる」

「い、嫌ぁあああああああああああああああああっっ!!!! 」


 灯りでそれを照らされた時、どんな目に遭っても余裕と諦めを感じさせていた彼女が、顔色を変えだした。二人はそれが楽しくて堪らないらしい。俺が像だと思っていた物は、彼女と全く同じ顔をしていた。そしてもう、微動だにしない。


「さて、“アエギス”。喘いで貰っているところ悪いが、思い出して貰おうか? 君には数々の悪徳を積ませたが最後にして最強の砦が残っていたね。それと同時にここには何者も貫いたことが無い剣がある。当然盾の方が強いと思わないか? ナマクラと鉄壁の守りでは後者の方がありがたいだろう? 」

「逃げてっ! 逃げてよアルゴールっ!! いなくなってっ!! はやくっ!! はやくっ!! 役立たずっ!! なんで縛られてるの!? あんたがここから居なくなったら……もっと早く私は死ねたのにっ!! 」

「優しいお前を傷付け、痛む心。こんな我々から生まれた希望に安らぎを見て、苦しむ心。それはもはや愛だろう? 良かったなぁアルゴール。お前はこんな綺麗な子に愛されているんだよ。お前も彼女のために怒るんだ。つまりは両思いという訳か! はっはっは!  しかしお前は悪い子だな。無くしたと、言った指輪はこれか? 指輪から一定距離離れたら、この子の首輪が爆発すると……君には以前話したな」


 あの日預けられた指輪。彼女が俺の傍に留まる交換条件として、彼女は俺に一つ“悪いこと”を求めた。それが指輪を無くすこと。彼女が俺からそれを奪うチャンスはあったのに、そうしなかったのが“この子”のためか。


「残念だが、君に話したのは嘘だ。首輪を相手が死んだのを壊れて伝えてくれる数式が刻んであるだけなんだよ、本当は。どうして私の言葉なんか信じたんだい? 何故疑わなかったのかな? 逃げれば良かったのに、君こそが。そのチャンスも私達はちゃんと与えただろう? 今の君の状況は、君自身が作り出したんだよ」


 何の罪も無い人の身も心も傷付けて、この男は何がしたいのだろう。初めて泣いた彼女の涙が俺の胸へと突き刺さる。


「貴方……素敵! 」

「ははは! 息子の前だぞ? 」

「貴方が素敵すぎて今宵は眠れそうにありませんわ、ふふっ」

「そうだな。美術品を鑑賞しながらでも共に過ごそう」


 何を言っているんだ、俺の母親は。人間以下の鬼畜に等しいこの男に、うっとりと熱い視線なんかを送るな! 何普通にいちゃついてるんだよ!? 彼女を物としか思っていないからこんな会話が出来るのか? 彼女を人間と思うなら、こんなことは許されない!


「不思議そうな顔だな、息子よ。意味ならあるさ。意味があり価値のある物をまったくの無意味に変える。全てを失っていくこの子の美しさはここに来た時とは比べものにならない程だ。私達は芸術品を愛す。美しい物をより美しい形で残したいと思うのは自然なことだろう? 」

「ここはセネトレアだっ! 金こそ正義だっ!! 俺が金を稼いでくるっ!! この子が奴隷というならば、俺が言い値で買ってやる!! だから彼女をもう……苦しめるなっ!! 」


 *


 親父は俺の提案に乗った。しかし俺がその金に届きそうと言うところで、俺の指輪は壊れてしまった。あの二人が彼女と同じ目の奴隷を再び買ったのは、俺をからかうためだろう。あの二人にとっては血を分けた俺でさえ、人間ではないのかも。


(あいつらは……イグニスを殺すつもりだ)


 最終的に、そうするつもり。対となる存在が必要なのだから。やってることが、アイギスの時と同じなんだ。絶望させ、縛り付け……希望を見せて突き落とす。


「イグニス」

「何ですか? 」

「過去は変えられないのは解ってる。それでも俺は、君を助けるためにここに来た」

「格好付けるときは随分と丁寧な口調ですね。それは誰に向けての言葉ですか? 」

「お前だよ。こんな時だ、格好くらい付けさせてくれ。はったりかましてヒーローになれるなら俺はそうする」

「僕のために死んで頂いても、僕は貴方のために泣いたりしないと思いますけど」

「素直だな!! 」

「僕は嘘が多い方ですけど、貴方に関してはそうですね」

「本当素直だなちくしょう!! 」


 嫌味なところは同じ。それでも隠しているものは別。この子は俺を傷付けようとは思っていない。こんな目に遭いながら、憎しみが俺の両親に向いていないのだ。何処を見ている? 何を見ている? あの子より、酷い物を背負っている目をしているお前は。


(親父は、嘘も上手い)


 今回の首輪は前回と同じか、今度は言葉通りの物かも俺には解らない。疑えば疑うほど思考は迷路。

 この子は神子だ。どうせ死なない。そう決めつけてこのまま連れ出し逃げるという方法もあるにはあるが、失敗したら世界が滅びかねない。


(いや、いっそ滅んだ方が良いっちゃ良いんだけどさ)


 溜息を吐く俺を見て、イグニスが興味を示す。俺がこの子に触れていたから? 俺の思考が読めたらしい。


「貴方はその方に僕が似ているとまだ思っているようですが、やっぱり貴方は僕に似てますよ」


 嫌味ではなくほんの少しの親しみを込めて、イグニスが俺を呼ぶ。


「アルゴールさん、貴方のために泣いてあげましょうか? 」

「勝手に殺すのはやめてくれ! 」


 しばらくはそんな風に、不可視数術&防音数式の中秘密の軽口を続けたけれど、言葉の押収は離れの前まで来た頃に……自然と俺達の間から消えた。


「……聖十字の貴方ならご存知かと思いますが、セネトレアには忌まわしい数術が幾つもあります」

「イグニス? 」

「貴方には教えるつもりがありませんでしたが、先に言っておきます。混血は危機に陥って、数術の才能に目覚める者が多い。だけど目覚めたからって生き残れる保証はありません。人間の悪意とはそういうものです」


 イグニスのその言葉。それはこの離れに誰かの数術が残っていると言わんばかりの物で、それが誰かを考えるなら……これまでここで死んできた者達、その中で俺に多大な影響を与えた存在と考えるなら、答えは一つしか無い。


「あの子が、俺を恨みながら死んだって話か? 」

「……いいえ、いえ、はい」

「嫌な、即答だな」

「貴方の言うようにこれから何が起ころうと、誰かの過去が変わるなんてことはありませんし、どうすることも出来ません」


 俺の知る神子と似て、それでも違う少年の言葉。


「だから貴方が無駄に傷付く必要もありません。それで冷静な判断を下せなくなることが一番困ります」


 これは、俺を気遣ったわけではないだろう。これから面倒なことになら無いようにと言う予防でしか無い。感情と事象を切り離すような冷たい声。俺の神子はもっと、表向きは感情豊かで親しみやすい。だけど、裏を返せばそれは……


「貴方のご両親は、見抜く目は確かにお持ちだ。まだ推測の域ではありますが……金の瞳の混血は、片割れ食いの才を持つ。僕らと彼女達のケースでそれを感じました」

「言われてみれば。うちで保護したのも……確かに金や黄色系の目の混血は、数術の能力が高い者が多いな。だけど“片割れ殺し”じゃなくて“片割れ食い”ってのは初耳だ」

「言葉の通りの意味ですよ。片割れ殺しは、片割れを殺して生まれてくる。片割れ食いは、共に生まれたのに片割れを食い殺した。自分の所為で死なせてしまった。その罪の意識が僕らの力をより強大な物に変えるなら……」

「油断はしない。それでいいだろ? 」

「そうあってくれると助かります」


 *


 「あいつは何処へ行ったんだ!? 」

 「実力はあるのにやる気が伴わないなんて、勿体ないです。彼もカーネフェリーならば、もっと国を思ってくれれば良い物を」

 「ぐっ……」

 「ラハイア? どうかしましたか? 」


 部屋の窓から見下ろす景色。俺の視線や姿に気付かず、彼らは俺のことを口にしている。

 戸惑う少女と戸惑う少年。何度見ても飽きない友だ。しかし、いつか終わりは来るもので。俺はそいつを知っている。


 「どうせ部屋に女の子連れ込むなら、もっと喜怒哀楽が激しい方が俺は好きなんだけどな」

 「贅沢言わないで下さい。喜んだらどうですか? ロリ顔でそこそこ胸もありますよ」

 「視覚数術解いてから出直してくれ」


 俺はこの方が苦手だ。しかし、あの友達よりもう長い付き合いかもしれない。こうして俺が覚えている以上、また失敗だったのか。


 「貴方が真っ先に、俺に会いに来てくれるとは何の天変地異の前触れだい? 」

 「ふざけている時間はありません。この僕が“空間転移”を使ってまで会いに来たのですから貴方に」


 彼の数術には種類がある。実質代償無しで扱える神々との契約数術。負担を精霊に任せた精霊数術。肉体の本来の持ち主の数値で扱う壱の数術。それからその魂に刻まれた零の数術。契約数術は便利だが、制約もまた多い。例えば生き物を運ぶ空間転移を神は引き受けない。故に、人の移動等は部下頼み。彼自身が空間転移を用いるのは、寿命を削るため最後の手段。


(そこまでして俺を必要とする展開か)


 早いな、今回は迎えがあまりにも。“彼女”が殺されたのは、まだそんなに昔ではない。今の体は、出来たてほやほやのはずだ。この人は、死んだ彼女の体がなければここには戻って来られない制約がある。


 「神子様が真っ先に助けるのはルキフェルだろ、いつもさ。“最初”以外はいつだって」

 「変わりませんよ。貴方を助けられる所に僕はいませんでしたから」


 混血のシスター。あの子の能力はとても貴重だ。だがこの人があの子を求める理由は他にある。必要なのだ、どうしても。


(俺は、“塔”まで生き残れない。生き残る方法はあっても、俺はそれを選べない)


 窓の外、一瞬此方を見上げた二人。見えない癖にな、勘が鋭い。先代の予言で、次期運命の輪として育てられた亡命者。聖十字には俺の他にも数人居るな。

 車輪は轍を作る。だけど道も作る。転ぶかも? だけど辿り付けるかも? 俺達は、その先のあるものが良いものであれば良いと誰もが思っている。


 「いい加減目を覚ましなさい、レリック。ここはもうシャトランジアではないですよ」

 「!? 」


 言われて気付いた窓の外、景色が変わり騒がしく。けれどそこに俺が見た、二人の姿はもはや無い。何時から白昼夢を見ていた? 気付くべきだった。おかしいのは俺の方だと。


 「……いっけね。時間感覚狂うぜ。今何年だ? 」

 「審判九十七年八月。僕がこの体なんですから、当然じゃないですか」

 「おいおい、今の技術ってそんなに進歩したのか? 」

 「数術の悪用ですよね全く」

 「じゃあ、あそこには誰が飾られているって言うんだ? 」

 「……僕は助ける価値の無い人間は助けない。或いはその方が強くなると言うのなら、助けられる相手も時が来るまで助けない」

 「そいつは……ソフィアとルキフェルの話か? マリアージュか? ジャンヌちゃんか? ……ラハイアか!? 」


 無駄に使える時間は無い。それでも俺を無理矢理従わせないのは、この会話も必要なことだと彼が認めてくれているから。俺が今どこまで理解しているかを見極めるための作業なのだ、おそらくは。


 「奴の悪意が強まる前に、救うことで弱体化も可能だろう!? 何故、“道化師”を助けない!? 」

 「その悪意が“彼”ではなくて、少しでも僕と聖教会に向くように」


 誰よりその苦しみを知っているのに、その苦しみを長引かせようとする。既にそこで未来が変わってしまう。


 「本来救われるべきも神子になるべきも僕ではなく、彼だ。だけど僕が君たちごと彼からそれを奪った」

 「……“あの人”は、残すのに? 」

 「弱点の無い敵なんて僕は戦いたくありませんから。弱点を、作ります」


 弱みが多い相手は、心が麻痺する。代わりが居るから楽になれる。反対に、弱みは少なければ少ないほど人は強いが、その一点を突かれた時の苦しみは増す。前者は痛みに鈍く、後者は鋭敏とも言える。


 「ルキフェルは、貴方の弱点になりませんか? 」

 「信仰なんて僕は信じないけどさ」


 神子がそれを言うんですか、そう俺はツッコみたくなった。


 「あの子は信じた分だけ信じてくれる。応えてくれる。あの子にとっては、あの子を救った神子が“本物”だ。忠誠とは言えないけれど、彼女の目は確かだよ」

 「……悪い男ですよね、“神子様”は」

 「何とでも好きなように。だけど僕は彼女を信じてる。その信頼を裏切られたことだけは、今までただの一度も無い。真実を知らないままに、彼女だけが辿り着く。“道化師”には絶対にルキフェルを渡せない。僕に従え№13ラディウス」


 俺がこの人に従う理由。一番初めはなんだっけ? 騙されたような気がする。今は全てを知っていて、俺とそう変わらないから。本質的に似た者だから……なのかもな。だからこの人は俺を解っていて、俺を操るために都合の良い舞台を用意する。踊るしか無いんだよ、そこに助けたい相手が居れば。


 「いい加減、これで最後にしてくださいよ」

 「努力はするよ、僕も僕の馬鹿な友もね」

 「それで俺には何をお命じに? 」

 「チャリス様には僕から話す。君は……まずは“部屋掃除”と“お使い”を頼みたい」


 勿論、これが唯の掃除じゃないのは当たり前。ルキフェルには本当の部屋掃除をさせるんだろうけどな。


(ああ、だからこの時に……貴方はセネトレアに来たのか)

SUIT編(9章、13章)十字編(2章)と登場するラディウス。先代同№の先輩が登場と言うことで彼も登場させてみました。彼の死亡数術と、神子がルキフェルを切り札という意味を少し明かしました。

恋は盲目と言うけれど、その人にしか見えない物もある。

使命のために愛を切り捨てようとするロセッタ(SUIT編ヒロイン)と、愛を使命と信じるルキフェルの対比です。二人がイグニスの何処を見ていたかの違いでもあるのかも。

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