第21話 それぞれの一歩
航さんが亡くなって、一年が経とうとしていた。
季節が一巡りする頃には、僕らの生活にも、少しずつ変化が訪れていた。悲しみが消えたわけではなかったけれど、その重さと共に生きていく術を、それぞれが見つけ始めていたのだと思う。
*
「最近、元気そうね」
ある日の夕食の席で、母がそう言った。
「そうかな」
「うん。前は、なんていうか……ちょっと元気がない時期があったから」
母の言葉に、僕は少し驚いた。忙しさにかまけて、家では気丈に振る舞っていたつもりだった。それでも、母には見抜かれていたらしい。
「航さんのこと、大変だったものね」
母は、航さんに直接会ったことはなかった。それでも、大和との縁を繋いでくれた人として、そして、僕の進路を後押ししてくれた人として、その存在をずっと気にかけてくれていた。
「うん……。でも、少しずつ、前を向けるようになってきたと思う」
「そう。それなら良かった」
母は、優しく微笑んだ。
「航さんも、きっと見てると思うよ。晴信が、ちゃんと歩いていくところ」
その言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じた。
母もまた、直接の関わりはなくとも、航さんという存在の大きさを、自分なりに受け止めてくれていたのだと、その時、改めて実感した。
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「お前、最近、覚醒したんじゃねえか?」
同じ頃、大和は、ジムの会長からそんな言葉をかけられていた。
「覚醒って、大げさだろ」
「いや、マジな話だよ。パンチの重みも、スピードも、この一年で明らかに変わった」
会長は、感心したように腕を組んだ。
「航のやつが見出した才能ってのは、伊達じゃなかったってことだな」
その言葉に、大和は、少し複雑な表情を浮かべた。
「オッサンの名前、出すなよ」
「悪い悪い。でもよ、お前がここまで来られたのは、間違いなくあいつのおかげだ。それは忘れんなよ」
大和は、何も言わずに、ただ小さく頷いた。
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その帰り道、大和は、ジムの窓に映る自分の姿を、ぼんやりと眺めていた。
航に見出された才能。航が繋いでくれたジム。航が教えてくれた技術。
全てが、航という人物を通じて、今の自分に繋がっている。
その事実は、誇らしくもあり、同時に、少しの重圧でもあった。
――俺は、ちゃんと、オッサンの見出したものに応えられているんだろうか。
そんな迷いが、ふとした瞬間に、頭をよぎることがあった。
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その頃、僕と大和は、以前ほど頻繁には会っていなかったけれど、それぞれが、それぞれのペースで、前へと進み始めていた。
僕は、大学の勉強に打ち込みながら、将来への漠然とした目標――航さんのような、誰かの支えになれる大人になりたいという思い――を、少しずつ形にしようと模索し始めていた。
大和は、ジムでの評価を糧に、さらなる高みを目指して練習に打ち込んでいた。
それぞれの一歩は、決して大きなものではなかったかもしれない。
それでも、確かに、僕らは前へと進んでいた。
航さんが遺してくれたものを胸に、それぞれのやり方で。




