ミダスの手
流石にもうやる気が失せたのか、その後家奈先輩は大人しく帰った。これでようやくオサラバできると思った僕だったが、照葉に送っていけとかうるさく言われたので、送っていくことになった。
日はすっかり沈んでいて、月明かりだけが僕らを照らしていた。
また二人だよ、気まずいなあ。また『面白い話しろ』とか言われたらたまったもんじゃないので、自分から話しかけてみることにした。
「家奈先輩、はいつから埋蔵金を探してるんですか?」
「興味出てきたの? 七つの時からね」
徳川、もとい家奈先輩はちょっと嬉しそうな顔をする。結構チョロいかも。
「きっかけは別に大したことじゃなかったわ。テレビで徳川埋蔵金についての話を見たの。自分が徳川って名字だったから、ちょっと興味が湧いたの。次の日から、図書館へ行って埋蔵金について調べ始めたの、小学生なんてどうせ暇だしね。それが楽しくって、ずっと続けてた。調べていくうちに、いつしか、自分で探し当てたいと思うようになったわ。ちょうどそんな時にね、親から徳川家の末裔だって聞かされた。運命だって思わない? そこから、私はずっと運命に突き動かされてるの」
「それが、今もずっと続いてるんですか?」
「そうね」
徳川は昔のことを思い出すように、遠くを見つめた。小学生からとは大したものだ。いったい何が、こいつのとてつもない情熱を支えているのだろうか? 僕には、何も分からなかった。思えば、幼い頃から、何かを本気で追い求めたことはなかった。恐竜だとか、ウルトラマンだとか、野球だとか、確かに大好きなものはあった。けれど、僕はそれをただ眺めているだけで、何も行動を起こしたことなんてなかった。ウルトラマンはおろか、恐竜博士にも、プロ野球選手になろうとおも思わなかった。どうせ無理だって思っていたから。
今なんて尚更だ。ちょっとづつ現実が見えてきて、この世に不可能なことがどんどん増えていった。埋蔵金を見つけることだって、僕からしたらとてもじゃないけど不可能に思える。そもそも、そんなものなんてないと思う。
みんな、夢が叶わなかった時のことを考えて、恐れて、諦める。
けれど、何でこの人は、恐れずに突き進むことができるのだろう?
「先輩は、何でそんなに頑張れるんですか?」
口にした後で、自分が言ったことに気がついた。なぜか、訊かずにはいられなかったのだ。僕は繕うように続ける。
「いや、その、徳川埋蔵金なんて、本当にあるかどうかも分からないし、全部無駄ってことも」
失敗したっ! こんなことを言ったら怒られるに決まってる。
家奈先輩は足を止めると、僕の方を振り向いた。
「そんなの、かっこいいからに決まってるじゃないっ! 小助、一体何人の人が今まで、埋蔵金を求めて自分の時間を、お金を、そして人生を使ったと思う? それって、あなたが思っているよりも、ずっと、ずーっととんでもない数なの」
僕は思わず構えたけど、その顔は、意外にも輝きに満ちていた。その表情はまるで、というか本当に、夢を語る少女のものだった。
「確かにそれだけ探しても見つかっていない、それは事実よ。そんなものはないかもしれない。でも、これはまだ事実じゃないわ。でも、世界中のどんなものも、見つかるまではあるかどうかなんて分からなかった。けど、それを見つけるのはいつも、あるって信じて、ずっと探し続けた人なのよ! だから私は、あるって信じ続けるし、全力で探してる。最高なことに、素敵な仲間もいるしね。それに、今まで誰も見つけられなかったものを見つける、それって、本当にとっても素敵なことじゃない?」
家奈先輩の顔には、一点の曇りもなかった。本当に、信じているのだろう。自分が進むと決めた道を。それが狂っているだとか、常識はずれだとか、そんなことは、どうでも良いのかもしれない。
僕は眩しくて、目を逸らしたくなった。笑顔にじゃない、彼女の言葉と、夢にだ。
彼女が言ってることを、口で言うのは簡単だ。でも、こんなに行動を起こせる人間が、一体どれくらいいるだろうか。
僕は彼女をバカにできるくらい、なにかしたことはあるっけ?
「確かに、本当にできたら、最高ですね」
「でしょ」
家奈先輩はにっと笑った。それはちょっと見惚れるくらい、素敵な表情だった。
「小助、あんたは夢、あるの?」
「ないです」
本当は、あったのかもしれない。けど、叶わないことが怖くて、見ないふりを続けていたんだろう。そうしているうちに、本当に見えなくなってしまった。
「じゃあ、見つけなさい」
家奈先輩は立ち止まって、僕をまっすぐに見た。
「なんでも良いから、見つけなさい。なにかを叶えなきゃ、そのために、私たちは生きてるんだからっ!」
「どうやって、見つければ良いですか?」
「そんなの知らないわよ」
そう言いながらも、家奈先輩は考えてくれているようだ。もしかしたらこの人、普通に良い人なのかもしれない。ただ、夢に向かって全力なだけで。
「そうだ。黄金部に入りなさいっ! 私たちと一緒にいろいろやっているうちに、やりたいことくらい見つかるわよ! 一年生にも部員が欲しいと思っていたし、ちょうどいいわ。あなた、結構見所がありそうだし」
家奈先輩は僕に向けて手を伸ばした。僕には、その手がギリシャ神話に現れる、触れたもの全部黄金に変えてしまうミダスの手みたいに見えた。
このまま彼女の手を取れば、僕の青春だって、一緒に黄金に染め上げてくれるかもしれない。
それに、この人は本物の情熱を持っている。それがどんなに全力の熱か、僕は出会ったばかりだけど、嫌と言うくらい知ってる。
そんな、太陽みたいに輝く本気の熱を見せられて、僕は——
「イヤですよ。何であんな頭のおかしい部に」
「『秘密はシーツの中で』、『団地の隣人と秘密の』」
「入ります!」
最悪だっ!
こうして、本当にバカみたいな理由で僕の黄金部への入部は決定した。そしてこれが、僕のバカバカしくて、砂と土と、金粉にまみれた日々の始まりだったのだ。




