3.始まりの前日
それから、十年の月日が経った。
私はあの後、炎の魔女の子として生きてきた。
「アリア・ベルナード」。それが、私のフルネームだ。
この世界の言葉を学び、読み書きもしっかりできるようになった今、あの時母が言っていた言葉の意味はわかる。
「我が娘よ。今日、ここにあなたが生まれてきてくれたことに、心からの感謝と歓迎の意を示します」
「……アリア。アリア・ベルナード。それが、あなたの名前……」
後にわかったことだが、あの時母がやっていた行為は、新たに生まれてきた子供の名前を決める魔法の儀式、「命名の儀」だった。
この世界には普通の人間と魔法使いがいるわけだが、魔法使いに子供が生まれた時は必ず「命名の儀」が行われる。
この魔法によって決められる名前は、詠唱者である親にもわからないが、その名前が子供や親を後悔させることは絶対にない。
そして、どんな名前が決まっても、それに文句をつけることはできない……そんな条件というか、ルールがある魔法なようだ。
そして、今日はその日からちょうど十年目になる三月三十一日……私の誕生日だ。
しかし、今年はいつもの誕生日とは少し違う。
というのも、この世界の魔法使いは十歳から五年間、魔法使いとしての基礎や知識を学ぶ学校に通うことになっており、その入学式は四月一日に行われる。
つまり、今日は私の誕生日であると同時に、魔法使いの学校への入学式前日でもある。
言わずもがな、すごくわくわくしている。
学校に行くこと自体は、好きではないどころか嫌なのだが、それに「魔法使いの」とつくと途端に行きたくてたまらなくなる。
前世では、学校にはあまりいい思い出がなかったが……今世では、きっとうまくいく。
これといった根拠もないのに、そんな自信が湧き出てくるのだ。
さて、そんな感じで期待に胸を膨らませる私だが、それだけでは収まらない。
何しろ、今日は私の誕生日なのだ。
この世界でも誕生日をお祝いする風習はあり、内容も前世のそれとさして変わらない。
唯一違うのは、ものをもらうのではなく新たな魔法を教えてもらうこと。
私は七歳の時から、誕生日が来るたびに新たな魔法を母から教わっていた。
最初は発火魔法で、その次は乾燥魔法、その次は照明魔法だった。
今年は、どんな魔法を教わるのだろう。
「母さん、まだー?」
「もう少し待って。今、洗濯を終わらせるから」
私の目の前に立つ母……赤い髪と瞳を持ち、真紅の服を身に纏う美しい女性は、衣服を干して手を払う。
すると、たちまち濡れていた衣類が乾く。
「レブトーネ」、ものを瞬時に乾燥させる魔法だ。
私もおととし、八歳の時に教わった。……まだ一つずつしかものを乾燥させることができないが。
「……いつ見ても、母さんの魔法はすごいや」
「あら、そんなことないわよ?大人の魔法使いなら、誰でもできることだもの」
「そうなの?……大人の魔法使いって、すごいね」
「まあ……そうね。でも、いずれあなたもそんなすごい魔法使いになれるのよ。何しろ、私の娘ですもの」
私の母、セリエナ・ベルナード。
炎の魔法を極めた魔法使い。
その実力から、一部の者からは「灼炎の女皇」とも呼ばれる。
もはや人の身ではなく、今年で200歳を迎える、この世界で最強の炎の魔女。
今世での私の母は、そんなすごい人……なのだが、正直そんな感じはしない。
これまで十年間共に過ごしてきた限りは、至って普通の……娘想いの母親だ。
「母さんにそう言われると、嬉しいな。あ、そうだ。そろそろ……」
私がそう言うと、母はわずかに微笑んだ。
「わかってるわ。新たな魔法ね」
「うん!明日からは学校だし、新しい魔法は覚えておかなきゃ!」
そう、明日からは学校だ。
だからこそ、余計に胸が膨らむ。
魔法のある世界の学校……映画とかアニメでしか聞いたことなかった場所に、本当に行ける。
他にどんな子がいるのか、ちょっと心配だが……まあ、前世よりはマシだろう。
「ふふ、そうね。それじゃ、さっそく……と言いたいところだけど、その前に一つだけ」
母は、妙に真剣な顔で続けた。
「これから教える魔法は、今までのとは少しだけ違う。使い方を間違えれば、誰かを傷つけることもできてしまう……そんな魔法なの。くれぐれも、悪いことに使わないこと。いい?」
私は息を呑んだ。
誰かを傷つける……つまり、苦しめることができる魔法。
私はかつて、理不尽ないじめを受けた。
だからこそ、傷つけられる側の苦しみはよく知っている。
だから、私はこう答えた。
「わかった。絶対に誰かをいじめたり、悪いことをしたりするために使わないよ」
そうして、私は母から教わった──
小さな火球を打ち出す攻撃魔法、「ソロファイア」を。
手をかざして詠唱すると、小さな火球が手のひらから放たれる。
それは思っていたよりも鋭く、強く、そして――危険だった。
(……これなら)
一瞬、そんな考えがよぎる。
すぐに打ち消したが、その感覚だけは確かに残った。
この力を使えば、もしかしたら……。




