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IURA-異浦なんでも相談所  作者: 相川 ヒゲ
4. 川面に揺れる名前
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4-9. 川面に揺れる名前

 翌日の学校。

 授業の合間、俺はシロさんとの電話を反芻していたが、結局のところ「名前を呼んだから何なんだ」という疑問は解けないままだった。

 休み時間、梨奈(りな)さんや荒屋敷(あらやしき)さんから何か進展の連絡が来ていないか携帯を開くが、新着メッセージはない。

 ……当たり前か。むしろ俺が、三木(みき)さんについて、何か思い当たるようなことがないか調べてみるべきだよな。でも何をどう聞けばいいのか……。シロさんは、こういうときどうしてたっけ。

 意味もなく、昨日梨奈さんが調べてくれた新聞記事の写真を眺める。一応撮らせてもらったけど、携帯電話の画面だと小さく、なぜかより古いもののように思えた。

 そんな俺の様子を窺っていたのか、教室の人が少なくなったタイミングで、三木さんの友達がそっと近づいてきた。

「……ねえ、綾花(あやか)のこと、何か分かった?」

 その言葉に、俺は少しだけ虚を突かれた。どうやら、俺が犯人だという疑いは完全に晴れたらしい。手のひらを返したような物言いに複雑な思いはあったが、それを口に出す元気もなかった。

「……今、調べてるから」

 短く答えるのが精一杯だった。

「そっちは、何か……写真以外で、思い当たることとか知ってる?」

「えっ? ……知らないよ、だってこんなの初めてだし」

 ……そうだよな、だから最初は俺が犯人のように言ってきたんだ。

 彼女の眉間にきゅっと皺が寄り、俺へ向ける瞳が責めてくるような気がした。聞かなきゃ良かった。


 放課後、俺はぐったりと机に突っ伏した。

 何かが起きるわけではない。ただ、見られている。原因は分からない。その事実だけでこれほど疲弊するとは思わなかった。

 バイブ音で携帯を開くと、荒屋敷さんから「正門の前で待っています」というショートメールが入っていた。そうだ、今日は荒屋敷さんと一緒に帰り道を確認する約束だった。そこでようやく、俺はもう一つの予定を思い出し、顔を引き攣らせた。

 ……あ。今日、ゴミ拾いの日だ。

 週に一度の清掃ボランティア。週に一度と言っても不定期で、毎週何曜日と決まっているわけではない。そのためすっかり頭から抜け落ちていた。正門前に停まった荒屋敷さんの紺色の大型SUVに駆け寄り、俺は頭を下げた。

「すみません、荒屋敷さん! 迎えに来てもらったのに、今日、清掃ボランティアの日だってこと完全に忘れてました」

 車窓を開けた荒屋敷さんは驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。

「ああ、例の川でのゴミ拾いですね」

「……サボってもいいんですけど、今日行かないと、また来週まで佐々本(ささもと)さんたちに顔を合わせづらいというか……」

 正直、今の精神状態で一人で活動するのは心細い。けれど、約束を破るのも気が引ける。俺が言い淀んでいると、荒屋敷さんはハンドルを叩いて優しく微笑んだ。

「それなら、私も一緒に行きましょうか。学生以外でも参加できるのなら、私も少しお手伝いしましょう。横で一緒に活動していれば、もし三木さんが現れたらその様子もより詳しく観察できますしね」

「えっ、荒屋敷さんも?」

「ええ。がたいがいいだけの男ですが、ゴミ拾いくらいならお役に立てるはずです」

 荒屋敷さんのその言葉に、申し訳ない気持ちと、でもそれよりも、助かるという気持ちのほうが勝ってしまった。

 礼を言って助手席に乗り込むと、荒屋敷さんは活動の集合場所である河川敷へと車を走らせた。


 橋の近くの駐車場へ車を止めた荒屋敷さんと並んで、集合場所へと向かう。

 空は、晴れているとも曇っているとも言い難い、どんよりとした灰色一色の膜に包まれていた。雨が降るわけではないけれど、どこか湿った空気が肌にまとわりつく。

「学校はどうですか? 授業は、ついていけていますか?」

 荒屋敷さんは歩幅を俺に合わせてくれながら、まるで小学校の先生のように穏やかな口調で日常の会話を振ってくれた。

「数学がちょっと、難しくなってきて」

 そんな他愛もない返事をした、その時だった。

 一瞬、ぞわっと背筋に氷を押し当てられたような悪寒が走った。建物と建物の間。薄暗い隙間を通り過ぎようとした瞬間、視界の端に女子生徒の制服が、染みのように浮かび上がった。

 ……いる。

 俺が強張ったのを、荒屋敷さんはすぐに見抜いた。荒屋敷さんが足を止める。俺は足が竦みそうになった。あそこには立ち止まりたくない。俺は無意識に、女子生徒の姿が見えない位置まで、逃げるように数歩進んでしまった。

 荒屋敷さんは俺を責めることなく、俺を背中で隠すようにして、そっと建物と建物の間を覗き込んだ。がっしりとした彼の背中が、今は何よりも頼もしい盾に見えた。

 荒屋敷さんはじっと数秒間、その暗がりを見つめていた。やがて、 「……行きましょう」 と短く声をかけ、再び歩き出した。

 俺は深く息を吐き出した。

 荒屋敷さんが一緒にいてくれる。シロさんもそうだけど、自分以外に見える人が隣にいるだけで、これほどまでに心の重荷が軽くなるものなのかと、改めて実感した。

 しばらく無言で歩いた後、荒屋敷さんが静かに口を開いた。

「早めに原因を見つけないといけないですね」

「……はい」

(ゆい)くんの言う通り、彼女は生身の人間です。……正直なことを言うと、惟くんは見えすぎる人なので、本当は人間ではなく、幽霊を誤認しているのではないかと疑っていた部分もありました」

 荒屋敷さんの告白に、俺は少しだけ驚いた。自分の認識に信憑性がないと思われていた。けれど、嫌な気持ちは全くなかった。むしろ、自分の特性を深く理解した上で、冷静に判断を下そうとしてくれていたことが、単純に嬉しかった。

「おそらく、憑かれている状態でしょう。惟くんの話から推測するに、憑依されてから一週間というところでしょうか。……その割に、なんというか、浸食具合はかなり軽度な気がします。二十四時間、常に取り憑かれている状態ではないのかもしれません」

 荒屋敷さんの口調が、少しだけ固くなった。

「ですが、決して良い状態ではありませんね。彼女のためにも、早く原因を突き止めなくては」

 その言葉に、俺はハッとさせられた。

 今まで、俺は自分の恐怖ばかりに気を取られていた。たいして仲良くもないクラスメイトがじっと見てくる、その視線が気味が悪い。けれど、本当に危ないのは彼女の方なんだ。三木さん自身が、何らかの異変に取り憑かれている被害者。

 自分の恐怖を最優先にして、三木さんや彼女を心配する友達の気持ちなんて、今の今まで考えたこともなかった。

 胸の奥がじわっと熱くなった。

 いつの間にか、彼女が何か原因を作ったような、少し非難する気持ちすらあった。呪いの写真が原因だったら、送ろうとしてきた行動のせいなんだから、自業自得くらいに思ってたけど――あれは原因じゃなかったんだ。

 ……いや、でも、俺が何かをしたわけじゃないしな。俺だって被害者みたいなものだし。

 そんな言い訳が心の片隅を掠めたが、でも彼女を助けてあげることが、この恐怖を取り除くことになるのも事実だ。

 荒屋敷さんがもし俺の立場になったら、きっと当然のように彼女を助けてあげるんだろうな。

 俺はただ静かに足元を見つめて歩いた。幸い、今のところ三木さんがついてきている気配はなかった。


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