逃げ出す二人
ホネットとネオンが村に戻るとそこには呆れた顔のロゼが立っていた。
二人は心配させてしまったかと慌てて駆け寄ったのだが、どうも様子がおかしい。
「お帰りなさい二人共。帰って来て早々にこんな事言うのも何だけど、悪い報せよ」
ロゼはそう言って額を手で押さえた。
もしやと二人の顔が引きつった。
「バッツが居なくなったわ。自分はしばらく抜けると言い出して・・・エルディが追いかけたけど、捕まえても今度は言うことを聞かないかも知れないわ」
バッツは自分の気持ちの容量を超えてしまうと逃げ出す癖がある。それが今回の行動に繋がったのだ。ネオンはそれを聞いてしばし考えてからホネットを見た。
「ホネット。貴方に任せてもいい?」
それを聞いて彼は驚いた。いつもならネオン自ら追いかける勢いなのに。しかしすぐネオンの考えが分かったホネットは眉を顰めた。
「あいつに何も言わないつもりなの?」
ロゼはどういう事かとネオンとホネットを交互に見やる。ネオンはロゼにも事情を伝える事にした。
「私、今日国に帰らなくてはならなくなったの。その話をしていてバッツに誤解されてしまったのだけど、このまま一度パーティーを抜けようと思う。今すぐには無理だけどしばらくしたらバッツを連れてソルフィアナに来て欲しい」
ロゼはそれに眉を顰めた。どちらにせよ急過ぎる。
「こんな状態で抜ける事を許して欲しい。本当はバッツをステラに引き合わせてから抜けたかったんだけど、そうもいかなくなってしまったの。前言った大輪の花を咲かせる準備をしなければならないから」
「でもバッツは・・・・」
「だから。バッツをステラと一緒に連れて来て欲しい。花が開いたあと彼女の力がバッツの助けになるはずだから」
ネオンはそう言うと微笑んだ。
(これでいいんだわ。これで)
「後悔するかも知れないわよ?」
ロゼは何を後悔するのかは敢えて口にしなかった。ネオンはそれに笑って答えた。
「そうね。でもいいわ。私ねバッツが幸せならそれでいいの」
ネオンのその言葉に二人の顔は僅かに歪んだ。
ネオンはその二人から視線を外して宿屋に入って行った。
そして支度をするとそのまま一人旅立って行った。
****
一方その頃バッツは見事にエルディに捕まっていた。
逆さ吊りで。
「お前。訳が分からなくなると走り出すクセどうにかならないのか?」
エルディに叱られバッツは沈黙する。自分でも自分の行動が理解出来ない。
「いつまでもそんな事してると、本気でネオンに嫌われるぞ?本当はネオンの気持ちに気がついてるんだろう?」
バッツの体がピクリと動いた。エルディはジト目でバッツを放り投げた。バッツは器用に身体を捻って着地する。
「で、でも。勘違いかも知れないし・・・」
「何故だ?お前、彼女にキスされてただろう?なんとも思われてないのにあんな事すると思うか?」
そう言われてバッツはあんぐりと情けない顔をした。まさか見られてたなんて思いもしなかった。
「お前達も覗いてたんだ。お互い様だろう?安心しろ。ロゼは気づいてない」
バッツの顔は見る見る赤くなる。
エルディはそんなバッツを無理矢理座らせると自分もその隣に腰掛けた。バッツは落ち着きなくそわそわしている。
「バッツ。お前は確かに人より鈍感で人の感情に疎い。それがお前のせいでない事も知っている。だが日々培われていく内にそれは段々と形になるものだ。お前はそれが物凄く遅かったりどう表現したら良いのか分からないだけなんだ」
そう言われ、確かに思い当たる節はある。
後から気づいたりする事もあるからだ。
「俺だって自分の事が分からなくなる事なんていくらでもある。本来皆そういうものだ。それは形が見える物ではないからな」
そうだ。バッツは自分のこの気持ちが何なのか分からない。だから言葉に出来ないし言われたとしても理解出来ない。
「そういう時は頭で考えるのではなく言葉にしてみろ。そして、もし可能なら行動してみてもいい。確かな事だけを見つけて行くんだ。お前はネオンの事をどう思う?」
尋ねられてバッツはえーっと・・・と上を向いた。
エルディは笑ってバッツの頭を叩いた。
「誤魔化すな。大丈夫だ。ここには俺しか居ないし、この話は秘密にしておいてやる。思い当たる事全部言葉にしてみろ」
そう言われてバッツはネオンを思い浮かべる。
「・・・ネオンは、落ち着いてて、しっかり者のお姉さんみたいなんだ。俺が無茶な事しても頭ごなしには怒らない。
ちゃんと考えて俺に分かるように話してくれる、それで俺が理解出来なくてもいつも笑って許してくれるんだ。すごく。安心する」
そう。バッツはネオンの側に居ると、とても安心する。ずっと側に居たくなる。
「でも思ったほどしっかり者でも無くて危なっかしくて目が離せないんだ。最近は結構怒りっぽい事が分かったし」
そう。二人で旅をしていた時はそんな事無かったのに大勢で行動するようになってからネオンは色々な顔を見せた。
「多分あれが素のネオンだと思う。本当はもっと感情豊かなんだと思う。ホネットが仲間になってからネオンはそんな顔をするようになったから・・・」
「それがお前は凄く嫌だったんだな?」
バッツは素直に頷いた。そしてその事に今やっと気が付いた。
「ネオン。凄く俺に優しいんだ。ロゼに言われてから今までの旅の事を思い出すと夜、俺がうなされてた時ネオンが俺に寄り添ってくれた事微かに思い出せて・・・・それを思い出すたび何か何ていうか・・・」
バッツは胸を握りしめた。
「苦しいか?」
「多分、あまりいい気分じゃないから」
エルディは笑った。バッツは困った顔で彼を見るとエルディは首を振った。
「俺にも経験があるからわかる。俺も最初それが何なのか理解出来なかった」
エルディは空を見上げた。彼が故郷と呼ばれる国から出て暫く経つ。皆元気だろうか。
「ネオンが可愛いか?」
そう尋ねられてバッツは目をきょろきょろさせた。そして暫くしてコクリと頷く。
「自分の胸の中に引き寄せて抱きしめたいと思わないか?」
その言葉にはバッツは固まった。
これはちょっと早かっただろうか?
「もし、ネオンがそれを望んだとしたらお前はそれをどう思う?嫌か?」
ネオンが望んでバッツの胸に飛び込んで来る。それを想像し、バッツはちょっと嬉しくなった。
「嬉しいと思う」
「では、もしネオンが他の男の胸に飛び込んで行ったらどう思う?なんとも思わないか?」
その途端バッツの思考は遮断された。その様子にエルディはやっとバッツの暴走の理由に答えが出た。
「お前。負の感情だけ受け入れられないよう、その部分を壊されていたんだな?」
「負の感情?」
「人が辛いと思う感情だ。痛い、苦しい、怖いと感じる部分をお前は上手く感じ取れないんだ。分からないから身体が受け付けられない。拒否反応を示す」
確かに、バッツが訳が分からなくなるのは楽しくない時だ。でもおかしいレイヴァン様の事を考えるのは楽しい。
「バッツ。人を愛するというのは痛みを伴う。決して幸せな感情だけではないんだ。だからお前はそれを受け入れられない。だがお前の中に愛は確かにある。だから身体が拒絶反応を起こすんだ」
自分の中に愛がある?バッツは不思議な感じがした。バッツにはそれが感じ取れない。
「今すぐには分からないだろう。だが自分がそうなんだと理解していれば自ずと分かる事もあるだろう。それが大切だ。そして、もし可能なら認めてやれ」
エルディは軽くバッツの背中を叩いた。バッツはキョトンとする。
「ネオンやレイヴァンを愛している自分自身を」