名も無き妖怪
ここは紅魔館と云う代々吸血鬼が治める館。
私はその館で名も無き兵士として働いていた。
この館では、人であろうが妖怪であろうが兵士に名前は与えられない。
代々、そういう決まりらしい。記憶を消され、今の私が唯一解る自分の事は、自分が妖怪だと云う事だけだった。
兵士の仕事は外敵がくれば、排除する。それだけの毎日だ。それだけで食い物に有り付ける。他にはなにも支給はされない。
仕えた理由?・・・単純な事が、きっかけだった。
・・・食うに困ったからだ。
だが、この館に対し不満はなにもない。ここの主も歳を召してはいるが、吸血鬼なのにとても優しい方だ。面倒見も良く、兵の詰所に来ては雑談をしたりしてた。
・・名君。まさにそのものだった。私達兵士は皆、尊敬をし、心からの忠誠を誓っていた。この人の為なら死ねる、と皆思う程に心酔していた。
そして・・・・今日は十六夜という、男の吸血鬼狩人が紅魔館へ来た。
月に一回ほどは必ず吸血鬼狩人が来ていた。強い者、弱い者、様々だが、誰一人として主の元に辿り着ける奴はいなかった。それだけ私達は必死に迎撃をしていた。命を賭けて。
・・・・あの優しい主の手を汚させない為に。
・・・吸血鬼狩人。とは言っても所詮は人間。今まで色々な吸血鬼狩人が来たが、どいつもこいつも本気を出す必要すらなかった。私はいつものように、軽く追い払い。さっさと食事に有り付くつもりだった。
・・・しかし、この十六夜と云う吸血鬼狩人は今までと違った。
周りの兵士が、どんどん倒されていく。決して彼らが弱いわけではない。今まで数多くの敵を排除してきた実績もある。
・・・しかし。そんな彼らが為す術もなく、一撃で倒されていった。
私以外の兵士が全滅した・・・。
そして私は一人、その吸血鬼狩人と対峙した。
兵士達は皆、死んではないようだ・・。加減をしたのか?彼ら相手に加減が出来るほどの力量。
(・・・強い。)
相手の全身から出ている気のようなものが、私に危険を告げる。
にも関わらず、私は何故か笑っていた。自分でも良く分からなかった。
『なぜ殺さない?』
私は疑問に思った一言を相手に投げ掛けた。なにも考えずに戦いたかっただけなのかも知れない。
それを聞いた相手は館を指差した。
『俺の仕事は、吸血鬼狩人だ。吸血鬼以外は対象外だ・・ただ、仕事の邪魔をする者には少し痛い目を見て貰う事になる』
そう言いながら、館に向けていた指を私に向け、もう片方の手でナイフを構えた。
・・・・・ダッ!
・・・・。
勝負は一瞬だった。
私は全力で蹴り繰り出した。しかし相手はそれを軽く躱し、その伸びた足にナイフを一本、もう片方の足に一本刺した。
・・・ッ!?
激痛が走った。
・・が、痛みに耐え、それと同じに相手の顔をめがけて渾身の右を放つ。しかし、それも左腕でガードされる。
・・・手応えはあった。・・・私は相手の左腕を砕いた。
相手はその痛みよりも、驚いた。という顔をして
『確実に急所をついた。拳に力なぞ入らないはず、上半身の力だけで、この威力か・・?』
・・・・・。
私は激痛に耐え続けながらも負けを確信した。
足はもう動かない。それに対し相手は左腕が動かないだけ。しかも殺気がなかった相手にだ。
・・・・実力差は歴然だった。
・・・死を覚悟したが、何故か心地よかった。久しぶりの全力の戦い。負けはしたが負傷はさせることが出来た。主の役に立てた。・・・恐らく、この満足感が死を楽に受け入れた。
・・・・。
ザッザッザッ。
急に後ろを向き、立ち去る吸血鬼狩人。
ッ・・・!?
『どうした!?私はまだやれるぞ!?』
本心ではなかった。
本当は一瞬助かったと思い、内心ホッとしてた。立ち去る彼を見て、受け入れていたはずの死が急に恐くなった。
・・・だが、なぜか呼び止めてしまった。・・ただの意地だった。
ザッ。
・・吸血鬼狩人が立ち止まる。
止まってしまったことにビクッとして呼び止めた事に一瞬後悔した。
・・・今は、ただ、ただ、死が恐かった。
『・・・言っただろ?私は吸血鬼狩人だ、吸血鬼以外に興味はない。それに、これでは吸血鬼相手をするには分が悪い。』
吸血鬼狩人はそう言い、折れた左腕を右指で、ちょんちょんと、つついた。
『というわけで、今回は引き揚げる。・・・また来る。』
と言い残し、吸血鬼狩人は再び立ち去った。
『・・・た、助かった。』
心の声が思わず出てしまった。私はただ一人、そこに立ち尽くしていた。
ザッ
ッ・・・!?
後ろに気配を感じて、あの吸血鬼狩人の気が変わったのか?と、慌てて怯えながら振り返った。
・・・。
そこには、主がいた。
主は、倒れた兵達を見て回り、命に別状がないのを確認した後、安堵した様子で立ち尽くしている私を見た。
『・・・おぬし、一人で撃退したのか?』
と聞いてきた。
・・・正直、撃退と云えた代物ではなかった。むしろ、助けられたと云った感じだ。
『・・・いえ。私は負けました。ですが、相手は引きました・・』
私は正直に言った。それを聞いた主は
『謙遜するな。相手はあの十六夜であろう?伝令兵から聞いておるわ。あやつが途中で引く時はあやつにとって、計算外な不具合があった時だけだ。その、計算外はおぬしのことであろう?』
・・・・・。
正直、余り嬉しくはなかった。実質負けていたことには変わりない。胸を張れるものでは到底ないと思っていた。不満が顔に出ていた。
『ふむ、納得いかんという顔じゃな。・・・良かろう!では、負けた罰をとらせよう。』
罰・・。仕方のない事だ。私は職務を全う出来なかった。
『・・・・・・おぬしを、わしの側近に任命する』
・・!?
『い、いや・・!?』
罰?昇格じゃないか!?そんなの貰うような、働きなんかしてない。あの吸血鬼狩人を倒せているのなら甘んじて受け取りもするが・・・しかし!
『そして、わしが直々に、おぬしを鍛えあげてやろう。おぬしには才能がある。どうせ十六夜はまた来る。その時に、わしの目の前で見事撃退してみよ!?負けたら・・・クビじゃ。』
そう言いながら主は、微笑んだ。
主はチャンスをくれた。
もう一度あの吸血鬼狩人と・・・もう一度本気の勝負を。
私は身震いした。圧倒的に力の差はあった。にも関わらず私は内心、もう一度戦いたかった。そして勝ちたかった。
『・・・はい!必ずや、主の為、倒してみせます!』
私は勝利を主に使い、主の側近となった。
そして、日々、訓練に明け暮れた。主は厳しく優しく、自分に体術を施してくれた。そして、まるで娘の様に接してくれた。
・・いつしか私は主を父と呼んでいた。
・・父もそれを受け入れてくれていた。父も私を娘と呼んでくれていた。
訓練はきつかったが幸せだった。
私は再度、心の中で父に勝利を誓った。
そんなある日
父が・・・・・倒れた。




