二度目の人生ではティラミスが食べたい
「…リア。」
震える声で名を呼ぶ。
「はい、イリアお嬢様。失礼いたします。」
扉がゆっくりと開いた。
銀のワゴンを押しながら入ってきたのは、漆黒の髪を一つにまとめた若い侍女リア。
いつもと変わらない優しい笑顔。
その姿を見た瞬間、イリアの視界は滲んだ。
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
リアは不思議そうに首を傾げる。
その何気ない仕草さえ、イリアには愛おしかった。
前世では、この笑顔はもう二度と見ることができなかったのだから。
暗殺の日。
リアは口封じのため残虐に処刑された
「…リア。」
「はい?」
イリアはゆっくりと歩み寄る。
そして次の瞬間、リアを強く抱きしめた。
「お、お嬢様!?」
「生きてる…。」
ぽろり、と涙が頬を伝う。
「本当に…生きてる…。」
リアの体は温かかった。
確かに鼓動がある。
夢ではない。
奇跡でも幻でもない。
彼女は、本当に生きている。
「お嬢様、どこかお加減でも悪いのですか?」
心配そうな声に、イリアは首を横に振る。
「違うの…ただ、嬉しくて。」
「嬉しい…ですか?」
「うん。」
イリアは涙を拭い、小さく笑った。
「またあなたに会えたから。」
リアは驚いたように目を丸くしたあと、少し照れくさそうに微笑んだ。
「朝から変なお嬢様ですね。」
その何気ない一言に、イリアは思わず吹き出した。
こんな平和な朝が、どれほど尊いものだったのか。
死んで初めて知った。
二年前。
すべての悲劇が始まる前。
まだ誰も死んでいない。
今なら、運命を変えられる。
(もう二度と、同じ結末にはしない。)
その瞳には、前世にはなかった強い決意が宿っていた。
イリアは拳をぎゅっと握りしめた。
その時、不意にあることを思い出す。
「…ティラミス。」
「はい?」
リアが首をかしげる。
「ティラミスが食べたい。」
「…えっ?」
予想外の言葉に、リアは目を丸くした。
「お、お嬢様……? ティラミスは太るから、といつも召し上がらなかったではありませんか。」
その言葉に、イリアは思わず笑ってしまう。
そうだった。
王妃になるために、「太ってはいけません」「甘いものは控えなさい」と何度も言われ続けた。
誕生日のケーキも半分。
お茶会のデザートも一口だけ。
食べたいと思っても、ずっと我慢してきた。
「王妃は常に完璧でなければならない。」
その言葉に縛られ、自分の気持ちを後回しにして生きてきた。
けれど、その先に待っていたのは裏切りと死だった。
「…もういい。」
イリアは小さく笑う。
(王妃になったって殺されるなら、ティラミスくらい食べても変わらないでしょ?)
「好きなことをして、好きなものを食べて、大切な人たちと笑って生きる。」
イリアは悪戯っぽく微笑む。
「その記念すべきファーストステップが―」
一拍置いて、堂々と言い放った。
「ティラミス!」
「…はい?」
リアはぽかんと口を開ける。
「ティラミスです。」
「…ティラミス、ですか?」
「ティラミスよ。」
真剣な顔で何度も頷くイリアに、リアは耐えきれず吹き出した。
イリアもつられて笑う。
二人の笑い声が、朝日が差し込む部屋に優しく響いた。
その笑顔は、前世では決して見ることのできなかった、本当の笑顔だった。
(そう。)
(二度目の人生は、誰かのためだけじゃない。)
(今度は、自分の幸せもちゃんと選ぶ。)




