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カナリア物語 × 閑話と外伝   作者: 鹿邑鳩子
炎上のイフリータ閑話 
12/14

マイ・ファミリー 1

「炎上のイフリータ」終盤の、書き飛ばした空白の一年間の出来事をなるべく愉快に綴ります。

 シーラ王国での戦後、ルビーが例の組織を立ち上げるまでの物語。

 


 老人というものは妙な生き物だ。渡り鳥の群れと共にソドムへ向かいながら、ルビーはぼんやりと考えていた。

 歳の離れた血縁者──実際には彼らは使用人であって直接的な血の繋がりはないのだが、長らく血族に仕えていた彼らはまるで孫のようにルビーを可愛がっている。

 人となりも知らずに無警戒に好意を向けてくる老人たちが、ルビーには不思議でならない。



 ・・・


「では、ヴォドニークたちとは問題なく共生できているのですね。それはなによりである」

「ええ。ですが周辺領土より金品の出所を不審がられておりまして、少しばかり軋轢が」

「ふむ」


 それはよろしくない。ルビーは腕を組み、しばし黙考する。

 カエルナマズ男こと妖精ヴォドニーク。土地の妖精たちとの取引は果たして法に触れるのだろうか。ここはひとつ、知り合いの魔道官に探りをいれてみるとしよう。


「わかりました。ヴォドニークの件については、いったん持ち帰って知り合いの魔道官に確認してみます。それまでは取引は続けていてください。搾れる時に搾っておくのです。バターとかミルクとか、妖精は喜ぶみたいです」

「承知いたしました、お館様」

「お館様じゃないです。しかし……むう」


 屋敷の所有権については、うやむやにしておくわけにはいくまい。一応仮にも一族の末裔であるからには、ルビーもこの使用人たちの生活を守らなくてはいけないだろう。

 来た空を風に乗って帰りながら、ルビーは仰向けに目を閉じる。


「一斉解雇してしまうという手もあるのだが、それは師匠の教えに反する気がするのであった」

『ぼくはお前がいまだに人間の決まりごとなんかを律儀に守っていることが馬鹿馬鹿しくて仕方ないよ』

「あのねプーカ。私、まだ人間を学習中なの。だからズルはギリギリまで無し」

『いざとなったらするんだ、ズル』

「不利を簡単に飲むわけにはいかない。ソドムの人たちはたくさん苦労しているから、もうそんな思いはさせたくないの」

『他人なのに?』

「他人。いえ、でも」


 プーカの言葉は事実ではあるがルビーには飲み込みにくい。訪ねれば喜んでくれる、嘘偽りのない好意を向けてくれる──多少の打算はあれ、ルビーという異端な存在を受け入れてくれることには変わりがない。


「生きていくための算段はうたなければ愚かというもの。いつか私の行き場が無くなった時に、役立つこともあるかもしれないですし」


 なにやら言い訳めいた理屈を聞き、プーカはふうんと呟いた。




 戦騒動がひとまず沈静化して以来、ルビーは王宮の一棟で寝泊まりをしている。

 本心では学友たちのように城門の砦で眠りたかったが、病み上がりの魔道の師、西大陸の貴人である王弟オリビア・ウォルグリス──ブレスから離れることは不安だった。


 とりあえず魔道の師に帰還を伝え、ルビーは顔見知りの魔道官を探し城内を歩く。

 もはやこの城にルビーの自由を妨げるものはない。


 ルビーは人々が端に避けることなどさっぱり気にしていない。城の住人や訪問者たちが異国の王弟の付き人であることを覚えたのだと思いこんでいたし、単に、目立つ容姿の為に他者から避けられることには幼少から慣れきっていた。

 もちろん、人々がひそひそと「救国の天使様だ」と囁く声は、都合良く聞こえないことにしている。


「トルマリス様に会いに来ました」


 言い放ち、ばんと開けた扉は議会の間。

 王国の今後について議論を重ね続ける重役と、人面獅子の謀反を見逃した王家の罪を裁くために集った魔道官たちが、毎日のように入れ替わり立ち替わりやってくる。

 指名された胡桃くるみ色の髪をした男が、ぎょっとした様子でルビーを見やる。ルビーにとって彼は魔道試験の試験官のひとりだったが、その正体は大国シーラの大貴族である。もっとも、現在は下積みの身だ。


「き、機会を改めて頂けないか。見ての通り現在我々は審議のさなかであって」

「あら構いませんよトルマリス。魔術師が精霊様のお呼びに参じないとは不敬の極みではありませんか」

「しかし母上……!」

「行っておいでなさいな。これは上官としての命令です」

「……はあ」


 実の母親と言えども、トルマリスと彼女の間柄は対等ではない。国境を越えてその名を馳せる法の番人ウェーハスハール家──もはやその威光も先の一件の為に陰り始めていたが、とにかく一族の者達は血縁よりも何よりも己の職務に重きを置く。


 上下関係によって追い出される形となったトルマリスは、まっすぐに、少しばかり渋いおももちで己を見上げる少女を途方に暮れた様子で見つめ返した。

 これが精霊、人ならざる者であるとは彼には未だに信じがたい。


「私、まだ人間ですので」


 ルビーは淡々と一言述べると、そのままくるりと手を返して重い扉を閉めた。トルマリスはその有様に深々とため息を吐く。


「……人間は、そんなふうにやすやすと風を操りはしないものだ。印も用いずに」

「そうなのですか? でも師匠は、もっといろいろ」

「あのお方は例外だろう。なにしろ神々の寵愛を賜った希有な存在なのだから」

「ちょうあい。それはなんか違う気がする」

「なんかとはなんだ」

「なんかはなんかです。じゃなくて。用事が、というか相談がありまして。ソドムの人たちのことなのですが、お話を聞いてもらっても大丈夫でしょうか?」


 トルマリスはまたしても情けない思いでため息を吐いた。その問いは母に議会室を追い出される前に、一族みなの前で問われて然るべきではないだろうか。


「というわけでして。土地の妖精たちとの取引って、合法ですか? ソドムの人たちとカエルナマズ男たちはうまいことやっているのです。でもそこに他の土地の人たちが介入するとどうなるかわからないので、バレた時に違法だったらまずいのです。一生むしょぐらしです。もしそうなったら、さすがに責任を感じます。妖精たちにそう命じたのは私なので」


 ルビーは大まじめに話しているが、トルマリスは魔道官である。バレた時もなにも、いままさに自ら状況を暴露している自覚がないあたりが、なんとも間が抜けている。


「……取引の内容に寄るが……」


 くたびれたトルマリスの言い分を一通り聞き終え、ルビーはふむと頷いた。



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