6話:第二王子ファロン・クリムシフォー
グロくはないですが、バイオにおけるTウイルスみたいなのを作ろうとしています。
セマへの復讐を終え、拠点に帰ってきました。次は第二王子ファロンの元へ、と思っているのですが…。
手間がかかる。
いちいち帰ってきて、空間の壁を通して誰かを探す。誰がどこにいるのか、は全て見ることが出来ますが、一目瞭然ではないのです。
たくさんの砂つぶから、目当ての砂つぶを見つけるように。
セマはたまたま目立つところにいたので見つけることが出来ましたが、日々の習慣から全く外れたことをされると、見つけるのはかなり難しい。例えばいつもある街のパン屋にいる男が、今は全然違う街にいて魚釣りをしている、という場合などは頭を抱えます。
こういう時は、探したい人物に縁のある物を使い、その縁を辿ると見つけやすいのですが、残念ながらそういったものは何も持っていません。
…困りました。なぜならファロンは今、普段いるはずのどこにもいないからです。習慣通りに生きていればわかりやすいのに、人間というのはどうしてこう面倒なのでしょう。
ファロンは王族の人間ですから、城の中にある彼の持ち物などが縁のある物として最適ですが、いくら女神といえど、人の似姿を取った私が城の中に現れれば、城の警備術式が発動し、面倒なことになりかねません。城に入ったはいいが出るのに時間がかかる、たくさんの警備兵を相手にしなければならない、など。
手間、あまりにも手間です。
30分ほどかけて、ようやく見つけました。
本来城や城下町から殆ど出ることのない彼が、何故か郊外の村の教会にいます。
教会というのはいくつかの役割を持っているものがあり、この教会は医療所の役割を持っています。
この村は、教会のために作られたもので、村そのものが教会の一部となっています。
そんな場所にいるということは、彼は何か異常を抱えている?
もうすぐ死ぬような病であれば大変です。復讐をする前に逃げられてしまう。
すぐにでも向かいたいところですが…。
目が…しょぼしょぼして…。
人の似姿といえど、女神ですから人間などよりはるかに優れた身体であるはずですが、こうも疲労が溜まるとは…。
疲れ知らず、というものではないようです。復讐の際、戦闘に発展するようであれば、疲労というものを頭に入れておかなければ。
何か状況の改善策が必要ですね。人間の捜索であれば、手分けをしたり物を取って来させたりするためのしもべなどが欲しいところ。
…少し目を休めてから向かいましょう。
夕暮れ時になって、ようやく教会へと赴きました。
医療所であるので、死体である勇者は置いてきました。教会に強い保護の術式があれば、歩く死体が建物内、今回であれば村の中に入れないようになっているからです。私が教会に着いたら、術式に弾かれた勇者がどこかへ行ってしまう、というのは避けたいのです。解除することは可能ですが、目的はファロンへの復讐なので、勇者と共に来ないというだけで問題が解決するならその方が良い。
さて、私は今ファロンのいる病室の前にいますが、ファロンの様子がおかしいです。
ベッドに拘束され、呻き声を上げている。身体に病気は見られませんが、首の刺し傷を治療した跡、頭を強く打った跡が見られました。彼が最近どこかで戦闘をしたという記録はないのですが…。
修道女が彼の看護をしています。彼が時折暴れ出し、涙を流しながら「殺してくれ」と嘆願するのをなだめ、涙を拭き、彼の上体を起こし食事を食べさせています。
その食事も、彼は吐き出してしまうので、修道女は困った様子を見せました。なんとか食べさせて、飲み込ませて、食事を全て食べさせることが出来たら、汚れてしまったところを丁寧に拭いてやり、彼を寝かせ、後片付けをして、この病室を離れました。
何故、このようなことに?
修道女とすれ違い、私は病室に入りました。彼の前に立ったところで、彼が私に気がつきました。
「…女神様、僕を殺しにいらしたのですね…?」
かすれ、疲れ切った声。しかし、先程より少し明るい声で彼は言う。
「僕を、どうか殺してください…。シェリエのいない世界は、耐えられない…」
不可解。あなたが姫シェリエを殺したのでしょうに、まるで被害者のよう。
彼の頭に手をかざし、一つの魔法をかける。
「あなたに魔法をかけました。嘘がつけなくなる魔法です。私は人の心がわかりませんが、これはあなたがあなた自身に審判を下すもの。審判を掻い潜ることが不可能な呪いです。…尋ねます。あなたはなぜ、愛していた姫を殺したのですか?」
「…わから、ないのです。最近の記憶が、すっぽりと抜けていて…。一月ほど前の、式典…。年に一度、あなた様を讃えるあの式典までは、かろうじて覚えているのです、が…。気がつけば、シェリエも、勇者ラゼルも、いなくなっていて…」
嘘は言ってないようですね。嘘をつこうとすれば、割れるほどの頭の痛みと共に、口が勝手に真実を告げる呪い。最早彼は真実しか口に出せませんが、苦しむ様子のないところを見ると、彼自身に偽るそぶりがないようです。
「周りの声が、城の様子が、全て告げていました。僕が、愛すべき者達を、殺したのだと…。そしてそれは、紛れもない真実であると。…であれば、僕は…生きている資格など、ないのです…。シェリエ…。僕の、愛する人…。彼女のいない世界は…あまりにも、つらい…」
悲痛な声です。あなたは、本当に記憶を無くし、それでもなお犯したであろう罪から逃げようとはしないのですね。
「僕は、剣で喉を突いて死のうとしました、が、誰も死なせてはくれませんでした…。ここに来るまで、頭を打ち付けたりもしましたが、死ねませんでした…」
今までただ口を動かすだけだった彼の表情が、少し笑顔になりました。
「そうしたら、あなた様が僕を殺しにいらしたという…!…これで、やっと。…やっと、シェリエの元に行ける…死ねるんだ、僕は…!」
…彼を殺すことは、彼にとって救いとなる。であるならば。
記憶を失ってもなお、言い逃れをする事もなく自らの罪を自覚し、その裁きを受けようというならば。
姫無きこの世界が、あまりにも苦痛であるならば。
「…あなたの罪は、死ぬことでは償えない」
私は彼に触れ、共に消えた。
拠点への転送中、私はファロンの精神と繋がります。話をするために。
「ファロン、あなたにこれから魔法をかけます。どのような傷を負っても、たちどころに治る祝福を。あなたに死ぬことは許されません」
濁流のように、彼の心が流れてくる。深く暗い悲しみが、彼から伝わってくる。
「…記憶を取り戻すのです。あなたの罪を、全て私にさらけ出すのです。それまでは、あなたを不死にし、しもべとして飼うことにします」
深い悲しみの中で、少し、明るく光る感情がありました。あぁ、あなたはこんな状態でも、誠実です。罪を許されたいのではなく、罪を白日の下に晒し、完全な形で裁かれたいのですね。罪の全てを理解し、それによって得られる死を、小さな希望として胸に秘めたのですね。
あぁ、やはりあなたは愛おしい。誠実さと優しさ。姫ほどの才能には恵まれずとも、国を照らす光の一つとして民に愛されていたあなた。自暴自棄ではなく、自らの罪を自らの手で暴くという決意を抱くその誇り高き心を持つあなた。愛おしきあなた。憎らしいあなた。…まだ裁かれるべきではないあなた。
あなたの罪は、あなたが裁く。大切な者のいない世界で、死ねず漂う。記憶を取り戻し、真実に絶望し、私に無惨に殺されるか。清らかな真実で、気休めにもならない赦しを得るか。
それまでは側に置くことにします。
転送が終わり、私達は今、拠点にいます。
勇者は動かしていなかったので、寝室に転がっています。
王子ファロンはというと、こちらもまた勇者とは別の寝室に寝かせています。不死にするためには必要な処置です。不死にするのは簡単ですが、身体中余すところなく魔力を行き渡らせるので、全てに行き渡るまでは痛みと熱に苦しめられることになります。急いでやってもいいのですが、痛みと熱の総量がかなり大きい魔法なので、不死にする前に精神が崩壊、発火して死んでしまうことは避けたいので、2日ほど時間をかけて不死にしていきます。
…そういえば、ファロンを寝かせる時に、彼が妙なものを握りしめていたのに気がつきました。
小瓶に入った薬剤。これは確か、上手く動くことが難しい人間や、暴れたりする人間に飲ませ、薬に魔力を流すことで飲んだ人間を意のままに操るものだったと記憶しています。医療の現場や罪人の輸送時などで、患者や囚人、その周りの人間を傷つけないようにする人道的な薬ですが、効き目が強く、体内に残りやすいことから劇薬とされているものです。
小瓶にはごく少量入っています。おそらくファロンに使われたもので、修道女が置きっ放しにしていたのを握りしめていたのでしょう。
これは特殊なもので、私では複製することが難しい。魔物が持つ従魔の技術、それと、おそらく厄災の力が関わっている。
これをどうにか複製、改良したいものです。
なぜなら。
これは国王への復讐。国、そして人間を崩壊させるのに使えるかもしれないからです。
心残りだった従魔のスライム種で試したいことがあります。
スライムは死ぬと液状化してしまうなら。
生きたまま死体にする事が出来ないか、と。
手駒は多い方がいい。しかし、生きているものを操作するのは難しい。死んでいる方が都合がいい。
もし、人間が生きたまま死体に出来るなら、死体全てを改造し耐久力を高める、といった事はせずに済む。もしかしたら、もっといろいろな事が出来るようになるかもしれない。
復讐の手立ては多い方がいい。
ファロンが記憶を失った、ということは、自己の罪に耐えきれず自ら記憶を消したか、誰かが消した、ということ。
あるいは、誰かに催眠をかけられ、意のままに操られていたか。催眠を受けている間は意識が曖昧になり、記憶を失うことも多いと聞きます。
セマの言葉では、ある時を境に豹変した。
ファロンの言葉では、式典を境に記憶がない。
であれば、催眠を受けた可能性が高いでしょう。
勇者を殺した者達の中で、そのようなことが可能なのは三人。魔術師ミレーヌと、高名な魔術師を雇うことの出来る国王ヴァルディンと大臣トック。
しかし、国王が魔術師を雇い入れた、という話は聞かないので、詳しく調べてみなければなりません。
であれば、まずは魔術師ミレーヌを当たってみましょう。
いくつか思惑もありますしね。
ですが彼女の元へ行く前に、実験をしてみましょう。
本当に薬剤が量産に値するのかを。
次回からようやっとゾンビですよ!!!