#6「疑心は暗鬼から」
【同日 午前2時2分 / 家庭科室】
僕たちは家庭科室へと集まっていた。
それは7分前に1年HELL組のグループチャットに届いた連絡から。
『クビキリーナ:C班、毒味を発見 @家庭科室』
それは『レディーストロベリー作戦』完了の知らせ。
だが、その終わり方は到底成功と言える代物では無かった…。
家庭科室には既に血夜来たちのB班を除く全メンバーが揃っている。
そして、無言で目の前の”毒味らしき"体を見つめていた。
「こいつは相当な悪趣味だな」
ようやく口を開いたのは蛇邪丸だった。
悪趣味?
そんな言葉では説明できない…。
これは狂っている…人間のまともな思考を遥かに凌駕してしまっている…。
毒味の小さな体は家庭科室の黒板に張り付けられていた。
広げられた両腕、十字架。
何重にも貼られたダクトテープが彼女の小さな体と黒板を支えている。
そして、黒板には彼女の体を中心にして、奇妙な模様の巨大な四つの羽根がチョークで描かれていた。
それはまるで毒蛾。
美しさすら覚えてしまうほど、異常で常軌を逸した光景。
「…毒味で間違いないのか?」
鬼瓦が尋ねると、クビキリ―ナは首を縦に振った。
「ええ、私とデス子さんぐらいしか知らない、腕の痣がこの死体にもありましたわ」
「…そうか」
僕たちがこの眼の前の少女を、”毒味”だと判断しきれない理由は簡単だった。
ーーーそう、彼女の体には頭がついていないからだーーー
真っ赤に染め上がった首。その上にあるはずの頭は消えていた。
頭部は刃物のようなもので切断され、この部屋の中には見当たらない。
そして、彼女の右手には一匹の『コオロギ』の死骸…。
「クククッ…こいつは困ったねー」
黒幕が何かを企んでいるかのように笑い声を響かせた。
「この殺し方、噂に聞いぞ」
「被害者の頭を切断し、頭部だけ持ち帰る。そして死体の側に虫の死骸を…」
「"首無しカッチャン”の殺し方だ…クククッ」
黒幕の言う通り、確かにこれは噂通りの状況ではあった。
だけど、もし本当にそうであれば首無しカッチャンが今この学園の中にいるということになってしまう…。
「誰だッ!!正々堂々白状するのだ!!毒味を殺したのは一体誰だッ!?」
鬼瓦が睨みつけるように家庭科室の中に集まった生徒たちを見回すが、僕は直ぐにそれを否定した。
「いや、僕たちには不可能だ…」
「不可能?」
「あぁ、生きている毒味を最後に見たのは僕とキヨスク。そしてその時刻は1時30分頃」
僕は扉の隙間から、キヨスクは走り去る彼女の姿を目撃している。
「そして、毒味の死体を見つけたのはクビキリ―ナと黒幕。その時刻は2時頃」
「つまり、この30分の間に毒味は殺されたことになる」
「しかしだ…」と鬼瓦が頭を傾げながらそう言った。
「30分もあれば、時間としては十分なんじゃないか…」
「いや、この1時30分から2時までの30分間は『レディーストロベリー作戦』が行われていたんだよ」
そこまで説明すると、鬼瓦も僕が言おうとしていることに気が付き「そうか」と力強く声を上げていた。
「そう、誰一人として単独では行動していなかった」
「だからここにいる全員に完璧なアリバイがあるんだ」
でも逆に言えば、今この学園内には僕たちの他に"首無しカッチャン"が潜んでいるということになる。
「ゾンビに…Mr.パンダ…加えて首無しカッチャンとは…これまさに艱・難・辛・苦!!」
「わ…私達…一体どうなっちゃうんだろう…」
キヨスクの吐露した不安は、ここにいる全員の口を重くさせた。
そう…ただでさえ僕たちにはどうにかしなければならない問題が山積みだというのに、加えてサイコキラーまでこの学園内に潜んでいるとなると…。
『ドンッ!!』
その時だった。
家庭科室の扉が勢いよく開き、血夜来とマーガリートが雪崩込むように中へと入ってきた。
「遅いじゃないか!B班」
でも、そこに同じくB班であるはずのエドガーの姿は見えなかった。
「あれ、エドエドは?」
辺芸子がそう尋ねると、血夜来の悲鳴のような声を上げる。
「エドガーちゃんが…エドガーちゃんが食われたわッ!!」
「…!!」
エドガーが食われた?
そんなことあり得無かった…。だってゾンビ化した者も、感染の疑いがある者も全員どこかしらの部屋の中に隔離していたはずだ。
「食われたって一体誰にだよ!?」
僕の質問に血夜来の顔は曇る。
暗い表情で視線を外す。
誰にしても…誰にしてもだ、エドガーを襲ったのは恐らくこのクラスの誰か。
クラスメイトがクラスメイトを食べるところ目の当たりにした衝撃。
名前を口にすることすら躊躇ってしまうのだろう。
「萌杉だ…」
血夜来の代わりにマーガリートがそう答える。そして二人の視線は当たり前のように黒板に張り付けられた違和感へと向かっていく。
毒味の首の無い死体へと…。
「あれって…あの制服…まさか毒味ちゃん?」
「いや、待て!マーガリート今お前何と言った?」
萌杉に食われた?
なんたる絶望だろうか…。
それは、もはや混沌だった。
事件が次々と起こっていく。
何一つ解決できていないというのに、問題が次々と積み重なっていく。
「萌杉もゾンビ化していた。そしてあいつに食い殺されたんだ…」
萌杉に…。
でも彼は資材室Bに監禁して、外から鍵を確かに掛けたはずだ。
「これは…こんな狂気じみたこと誰の仕業なの…?」
血夜来の声は震えていた。
彼女の質問には黒幕が答える。
「クククッ…見ての通り、首無しカッチャンの仕業さ」
そして、次に口を開いたのは蛇邪丸。
「しかし、エドガーが萌杉に食い殺されたとは可笑しいな」
「乙木、お前は本当に萌杉を監禁したのか?」
疑いの眼差しが僕へと向けられる。確かに彼の監禁作業を行ったのはこの僕だ。
一番怪しまれる存在ではあるかもしれない。
でも、彼を解放しておく必要など僕には全く無かった。
「鍵は締めた、確かに外側から締めたはずだ…」
するとキヨスクも僕の意見に同意してくれる。
「お、乙木君…ちゃんと鍵を締めていたよ…わたし、わたし…横で見ていたから…」
「なるほどねー」
蛇邪丸は邪悪めいた笑みを浮かべる。
「ってか、めっちゃ盛れてんじゃ―ん。問題盛り盛りじゃーん」
隠不流はそう言って混乱と、疑心、そして絶望の縁に立たされた僕たちの様子をスマホで撮影し始める。
『#深夜の学園サバイバル生活、#まさかの「首無しカッチャン」サプライズ、#超ピンチ笑』
「さて、さっきの首無しカッチャンのアリバイの話だが、乙木迷太、君の推理には一つ穴があるんだ」
蛇邪丸はそう言ってナイフのように鋭い目で僕を見つめる。
甘い口ぶりとは裏腹に彼の言葉は悪意と嘲弄で真っ黒に染め上げられている。
「アリバイの無い人間が一人だけいるじゃないか?」
「お前だって分かってるんだろ、それが誰か?」
「意図的にお前はそれを隠した」
「一人っきりで自由に行動できる人間の存在をお前は隠したんだ」
何故いつもこうなるんだ。
何故いつも…。
「たしかにアイツは…"ミカン"は…あの30分の間一人っきりだった」
「でも、アイツの部屋には外側から鍵を掛けていた。だから、ミカンにも犯行は不可能だ」
そこまで言って、僕は蛇邪丸の狙いが何なのかようやく理解した。
彼は僕がその言葉を発するのを待ち構えていたかのように、醜く唇をつりあげた。
「外側から鍵をかけていたか…なるほどな」
「でも萌杉はどうだ?なぁ、萌杉は一体どうだったんだ?」
「あいつの部屋にも鍵を掛けていた。でも実際あいつは部屋の外にいた。そして、エドガーを食い殺したんだ」
そこまで言えば、ここにいる全員がミカンを疑い始めるには十分であった。
毒味を殺すことができたのは1年HELL組の中ではミカンしかいない。
もちろん、この学園内に僕たちの他に”殺人鬼"が潜んでいて、そいつが毒味を殺したという可能性もある。
でも、ここまで問題が積み重なれば、その問題を一つでもいいから解消したい…或いは"解消した気でもいいから"なりたい。
そう思うのが人間の心理だった。
確証が無くても一人の人間を殺し、それで殺人鬼がどこかに潜んでいるかもしれないという恐怖が薄れるのであれば、それは安い選択なのかもしれない。
「しかしです…」
そう言葉を零したのはクビキリーナだった。
彼女は猫を可愛がるような仕草で、いつも持ち歩いている巨大なハサミを指でそっと撫でる。愛撫する。
「萌杉さんがゾンビ化していたということは、それより前に噛まれていたミカンさんも既にゾンビになっていると考えるのが妥当ではありません?」
彼女の言葉にハッとする。
そうだ…僕はどこか”ミカンだけはきっと大丈夫"そう思い込んでいた。
ミカンは大丈夫なのか…!?
今更になって、それは胸の奥底からズリズリと這い上がってきた。
体の中で膨れ上がり、引っ掻き回し、まるで嗚咽。
喉から出ていこうとするように、不安が僕の奥底から這い上がってくる。
「それに萌杉さんが部屋の外にいたということは、"誰かさん"が部屋の鍵を開けたということになります」
「その"誰かさん"はこの中にいるのでしょうか?」
そして、クビキリ―ナは巨大な刃先を全員へと勢いよく突きつけた。
「もし、この中にいるならお仕置きしないといけませんわね♪」
「それにうちのメンバーをデスった、その首無しなんたらっていうヤツもぜってーデスってやるからなぁッ!!」
右手、中央に当たる指を一本立て、デス子がそう叫んだ時だった…。
『ダァアアンッ!!』
その音は唐突に、突然に響き渡った。
金属が弾けるような重たい音と爆発に似た轟音が空気を裂き、耳鳴りを残響させる。
鼻を掠める火薬の匂い。突然のことに静寂。
そして全員の視線がある男へと向けられた。
その男の両手には、握り締めた黒い物体。
その口からは白い煙が、獣の荒い吐息のように吐き出され、天井に向けられていたその口が僕たち全員にゆっくりと向けられる。
「マ、マーガリート!?お前それは…」
マーガリートが握る"それ"には見覚えがった。
二晩が持っていた拳銃…『M360J』。
「私は…このクラスの長…そして次なるこの国の王…私が…高貴な血筋のこの私が…この場を収めなくては…」
マーガリートはまるで自分に言い聞かせるかのように、ぶつぶつと言葉を吐き続けていた。
その目は焦点が定まらず、彼がまともな精神状態で無いことは一目瞭然。
「このままでは全員死ぬ…それだけは…このクラスの長たる私が…なんとかしなければ…」
恐怖に飲み込まれた彼の心は、本能的にその恐怖を乗り越えるため、理性というブレーキを外し、ある種狂気的とも言えるほどの責任感を生み出していた。
『自分がなんとかしなければならない』『自分がなんとかしないと全員が死ぬ』と。
「ねぇーマーガリートちゃん…?それって…あなた勝手に教室から持ってきちゃったの?」
恐る恐ると血夜来がマーガリートに尋ねる。
でも、狂気的な責任感に支配されたマーガリートは、叫び声を上げながら血夜来へと拳銃を突きつけた。
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「私に近寄るなッ!」
「ひぃっ…!?」
マーガリートのその顔は、普段の彼からは到底想像することも出来ないほど酷く変わってしまっていた。
充血した目は大きく見開かれ、獲物を狙う獣のように辺りを注意深くギョロギョロと見回している。
「いいかッ、皆の者!今私達は秩序を失っている!これだけ数多くの問題を目の前にして、混沌と疑心に支配されてしまっている!!」
「このままでは全員死んでしまう!ゾンビになってしまう!」
「だから私が…このクラスの長である私が、このクラスの秩序となろうッ!!」
そしてマーガリートは再び天井に向けて、拳銃の引き金を引いた。
『ダァアアンッ!!』
「っ…!!」
キヨスクが轟音に小さな声を上げる。
「だからマーガリートちゃん!いきなりバンバンしたら驚いちゃうじゃないのッ!!」
「今度からバンバンするときは、事前にバンバンしますって言ってからにしなさいよぉッ!!」
血夜来はまるで女子のような悲鳴を上げながらマーガリートに説教をする。
ただ今のマーガリートにそんな説教をしたところで、言う通りになんかするはずがない。
「いいかッ!ここからは全て私が指示する!誰かが統率しなければ全員が死ぬ!だから私が皆を統率するッ!!」
「言う通りにしないものは…死んでもらおう!秩序崩す者はこのクラスの癌だッ!!」
「秩序無き癌を一人を殺し、秩序が保たれるのであれば、それは仕方の無い決断ッ!!」
「いいかッ、皆の者!これからは高貴な血筋のこの私の指示に従ってもらおうッ!!」
マーガリートはそれが皆の為の”正義"であることを信じ切っていた。
こうなってしまうと止めようは無い。
厄介なことは、彼の言っていることには一理あるというところだ。
ただでさえ正常な精神状態で無い彼を説得して止めることは不可能に近かった。
「そして、最初の秩序をこのクラスにもたらそうではないか…」
マーガリートは僕の方をゆっくりと向く。
そして、その暴力的な正義を口にした。
ーーー秩序の為、私達全員の為…ミカンを処刑するーーー
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【同日 午前2時12分 / 家庭科室】
「待ってくれ!ミカンを処刑するってーーー」
「理由は簡単だ」
そう言って、マーガリートは家庭科室の教卓の前へと向かう。
後ろの黒板には首の無い毒味の死体、そして教卓の前に立った彼の姿は、まるでこの国を支配する暴君のよう。
「ミカンはゾンビウィルスに感染している。否、既にゾンビになっている可能性の方が高いと考えるのが妥当」
「これ以上ゾンビを増やすわけには断じてならない」
「加え、このクラスの中で唯一毒味を殺すことができた…首無しカッチャンの可能性もあるわけだ」
ミカンが首無しカッチャン…?
そんなこと有り得るはずがなかった。
「つまりはどう考えても彼女は脅威。このクラスの秩序を崩す癌なんだ」
「無論、彼女が毒味を殺したという決定的な証拠はない」
「だが、証拠が見つかるまで待っていたらもう遅いのだッ!!」
「私達は決断しなければならない!事が起きるその前に行動を起こさなければ全員が死ぬことになるのだッ!!」
マーガリートの言い分には矛盾がある。
ミカンを殺して一体どうなるって言うんだ!?
「だから待ってくれマーガリート!」
「冷静になって考えてくれ!もし仮にミカンを殺すとしたら、ミカンと誰かが対面しなくちゃいけない!」
「お前も言ったようにミカンは既にゾンビ化しているのかもしれない…」
「それなのに敢えて殺しに行くなんてリスクを踏む必要なんて無いはずだッ!」
「しかしだ…」マーガリートが口篭る。
これはチャンスだった。僕は更に言葉を続ける。
「むしろ僕たちが一番生き残れる方法は、"何もせず"朝の4時30分まで待つことじゃないのか!?」
僕が"何もせず"そう言ったときマーガリートの顔つきがあからさまに変わった。
しまった…、そう思ったときにはもう既に遅かった。
「何もしないままで、本当に生き残れるとでも思っているのかッ!?」
「Mr.パンダ、ゾンビ、首無しカッチャン…何もせずに待っていれば本当に朝が来るとでも思っているのかッ!?」
「乙木、教えてくれッ!?お前もこのクラスの癌なのかッ!!」
そう言ってマーガリートは僕へと銃口を向ける。
引き金にかけられる指。
「バンバンするぞ」
マーガリートは血夜来に言われた通り、事前に引き金を引くことを宣言する。
なんでだよ。
なんでこういうところだけは律儀なんだよ…。
「ちょっ、マーガリートちゃん!事前に言えとは言ったけど、今は絶対バンバンしちゃダメなヤツだからねッ!!」
「分かってるでしょ!絶対にバンバンしちゃダメよッ!!」
血夜来が必死に説得してくれる。
でも、マーガリートがその銃口を僕から外すことは無かった。
僕はようやく理解した。
彼をここまで突き動かしているのは責任感なんて可愛らしいものではなかった。
彼は既に支配されてしまっている。
『何かしらの行動を起こさなければならい』『そうしなければ生き残ることができない』そんな強迫観念に。
行動を起こすこと自体が目的となってしまっている。
「乙木ん…」
辺芸子が心配そうに僕を見つめる。
僕は…僕は…どうしたらいいのか。
この状況をどうすれば変えられるのか…。
でも、そんなときこの状況を変える言葉を発したのは意外にも蛇邪丸だった。
「なぁマーガリート、一つ提案してもいいか?」
無論、マーガリートもこの男が口を開く時は必ず何か企みが合った上でのことということは理解している。
マーガリートは僕に銃口を向けたまま、蛇邪丸を警戒するように睨み付ける。
「まぁまぁ落ち着よけ。俺はお前の考えには共感している」
「いや、むしろ尊敬すらしている。汚れ役に自ら手を挙げ、一人でも多くの人間を生き残らせようとしている、お前のことを」
「流石はこのクラスの長と名乗るだけはある」
まるで蛇だ。
蛇邪丸は言葉巧みにマーガリートの心に入り込んでいく。
「それで…提案とはなんだ?」
「俺が言いたいのは、"使えるコマ"は使っておくべきだということだ」
「使えるコマ…?」
「確かに乙木の言う通りだ。俺たちが生き残るために一番手っ取り早いのは、この家庭科室だとか学食に閉じ込もり朝を待つこと。わざわざゾンビに噛まれに行く必要はない」
「たが…」蛇邪丸はそう付け加える。
「一方で俺たちに足りないのは"情報"。Mr.パンダは誰か?その目的は何か?首無しカッチャンは誰か?その目的は何か?あまりに情報が足りていない」
「その通りだ…それでお前はどうすると?」
「使えるコマは使うんだよッ!俺たちはリスク踏んで外に出て行く必要なんて無い。"秩序"を持って安全な場所で朝日登るのを待ってればいい!その代わり、こいつに学園内を調べさせるんだ」
蛇邪丸は僕のことを指差した。
「乙木に…?」
「あぁ、思い出してみろ?萌杉を監禁したのは誰だ?ミカンを監禁したのは誰だ?その結果、萌杉はどうなった?今一番首無しカッチャンの疑いがかかっているのは一体誰だ?」
蛇邪丸は邪悪めいた笑みを浮かべる。
「乙木も疑うには十分、このクラスの"秩序"を崩そうとしている"癌"だ。だが殺すには勿体無い。"癌"にも使い道はある。使えるコマは使わないとな」
「それで学園内を調べさせると…?」
「その通りだ。そしてその身を潔白させるんだ。Mr.パンダは誰で、首無しカッチャンは誰で、自分とミカンは無実だとッ!」
蛇邪丸の提案は実に巧みだった。
敢えてマーガリートの使っていた『秩序』や『癌』という言葉を多用して、その心につけ入って行く。
「俺たちは安全な場所で待てばいい。情報は乙木が調べてくれる」
「まぁ朝になっても乙木がその身の潔白ができなければ、その時は殺せばいいさ。癌には消えてもらえばな」
全員に銃口を向けているのはマーガリート。だが、その拳銃を握りしめる彼の手を、後ろから操っているのは蛇邪丸と化していた。
「確かに蛇邪丸の言う通りかもしれない…。それが最も妥当な選択かもしれない…」
そしてマーガリートは僕を見据えた。
「いいか乙木迷太!このクラスの長であり、高貴な血筋の私自ら、このクラスの秩序の為お前に命令を下そうッ!!」
「朝が来るまでにMr.パンダ、首無しカッチャン、そしてもしお前で無いと言うのならゾンビ化した萌杉を解放した人物が誰か暴くのだ」
「もしその身の潔白ができなければ、その時はお前もミカンもこのクラスの癌として死んでもらおうッ!!」
なんたる絶望だろうか。
どうして、僕たちはこうなってしまうのだろうか…。
あのまま殺されていたよりかはまだまし、まだましだけど…。
この状況が圧倒的絶望だということに変わりなかった。
それでも僕は諦めるわけにはいかない。
こんな場所でクラスメイトに殺されるわけにはいかない…。
ーーー乙木、そんな暗い顔しないでくれよーーー
ーーーまぁそんなときは俺でも見て元気を出したまえーーー
なんでこんなときに櫂の言葉を思い出すんだろうか…。
今思い出してもアイツの最後の言葉は笑っちゃうぐらいにカッコよくなかった…。
「分かった…」
僕は家庭科室の扉へと向かっていく。
「みんなはどこか安全な場所にいてくれ」
「乙木ちゃん…」
血夜来が心配そうに僕の肩に手を乗せる。
でも、もしかしたらこれでいいのかもしれない。
またみんなが外に出て誰かが死んでしまうよりかは、この方がいいのかもしれない。
「何か分かったらスマホで連絡するよ」
そして僕は廊下へと出ていく。
向かう先は資材室A。ミカンの待つその場所に。
「乙木ん、何かあったら逃げるのも作戦のうちだからね」
部屋から出ていく際、辺芸子がそう言ってくれた。
「"いのちだいじに"だよ」
「あぁ…」
そして僕は月の光に照らされた薄暗い廊下を走り始めた。
どれだけ時間が無くても、どれだけ絶望的でも、どれだけみんなから疑われようと僕はみんなを救いたかった。
僕に出来ることなんてあるのか分からない。
でも、もう誰一人としてこのクラスの人間に死んでほしくは無いんだ。
このクラスのみんなの為に…そしてミカンの為に…僕は走り始めた。
「Mr.パンダの正体ですか…乙木さん、どうか白黒つけてきてくださいね」
家庭科室、クビキリーナはそう呟いて、その顔にはショートケーキのような甘い笑みを浮かべていた。




