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合理的


20



あの後、早織さんが部屋に入って来て、話をした。


今ではその時の話はよく覚えていない。


多分、遥希の料理は気分が悪いかもしれないが、悪気はないという内容だった気がする。そして、

「子供が産まれても、俺の事も変わらず本当の子供のように思ってるからね。」

と言ってくれた。


早織さんとは養子縁組をしなかった。俺から断った。独身の早織さんに、俺が足枷にはなりたくなかった。それに、両親に旅行をプレゼントした早織さんに、後悔の気持ちを埋めるために親になって欲しくはなかった。


「遥ちゃんは聡太にいて欲しいと思うし、私も遥ちゃんが気に入ってるの。藍野家とは、お互いに合理的な事があって一緒にいるけど、それだけじゃないんだよ?」


合理的な家族なんて…………寂しい気がした。それは、俺が子供なだけか?


お互いにメリットがあって、同じ屋根の下にいる。それだけじゃないとは言うけど、それ以外に何がある?


その後、早織さんは浩司さんの事も悪い人では無いとフォローしていた。


それでも、何故か早織さんの最後に言った一言は、今でも俺の中に残っていた。


『小難しい理由をつけなきゃ一緒にいられないなんて…………大人って嫌ね……。』


高校生の俺は大人の気持ちなんてわからなかった。わかろうとも思って無かった。


今なら少しわかる気がする。瑞希のためとか、生活費が半分になるとか、それらしい理由をつけなければ一緒にいられなかった。


今思えば、俺がずっと愛が無いと思い込んでいただけで、本当はずっと早織さんは浩司さんが好きだったんじゃないかと今は思う。


それは、俺達が家を出た後も、早織さんは浩司さんと暮らした。俺達のこの3年間を思うと、早織さんの10年も、愛を無くして成せる事じゃない気がした。


あの時も、もう大人だった。


だから、何とかそれらしい理由を絞り出そうとした。ここで遥希を逃してしまえば、また見失ってしまう。遥希は高校の友達とも連絡を断ち、完全に姿を消した。


俺は、バケモノみたいに濃い化粧の遥希と目が合った瞬間、思わず言ってしまった。

「何だ?その化粧は?デーモン閣下か?」

すると、隣にいたスーツ姿の男が吹き出した。


「ちょっと、聡太!それが、久しぶり会った人に言うセリフ?」

何も変わらない。遥希の声だ。

「デーモンじゃなきゃXか?いや、小梅太夫か。」

「全員男じゃん!白い?そんなに白く見えてんの?」


バーの中が少し騒然とした。

「何?知り合い?」

店長が小さな声で訊いてきた。

「親族です。」

「他人です。」


2年の間、音信不通だったから遥希は知らない。早織さんはまだ離婚していなかった。だから、従妹である事は変わりはない。


「今日で最後だから、店閉めた後一緒に飲もうと思ってたけど、もう帰っていいよ。」

4月から就職するから、バイトは今日で辞める事になっていた。


「君が話しかけたって事は、大事な人なんだろう?」

俺はカウンターからお客に話しかける事など絶対にしない。もちろん悪態をついた事も一度もない。それが、遥希に対して発した言葉は全く俺らしくない。表情には全く出ないが、店長が驚いているのを感じた。


「すみません店長。お世話になりました。」

俺は遥希を引っ張って半ば強制に外に出した。


薄暗い店から外に出ると、繁華街のネオンが眩しかった。

「ちょっと!まだ佐伯さんと話終わってないんだけど!」


俺は遥希の首根っ子を掴んで歩き始めた。

「どうせ、お前みたいなバカなんか採用なんかしない。釣られてるだけだ。気づけ。」

「バカじゃないよ!聡太に勉強教わったもん!」

「足りない!お前には全然足りないんだよ!」


勉強が足りてるかどうかなんて、正直わからない。俺だってきっと足りてない。


「頭がダメなら見た目で……この美貌でなんとかするもん!」

「デーモンでか?」

「デーモン言うな!」

遥希は別に化粧が下手とかじゃない。ただ、俺の知ってる遥希とは全くの別人、他人に見えてしまう。それが嫌だった。


「どうしてそんな事言うの?本当に聡太って最低!!」

そう言って遥希は、俺の手を振り払い俺から離れた。


「だったら戻れよ!俺と二度と関わりたくないと思うなら、中に戻ればいいだろ?」

「言われなくても戻るよ!別に、聡太と話するために出て来た訳じゃないもん!これのために外に出ただけだもん。」


遥希は煙草を取り出して、煙草を咥えて、ライターで火をつけようとしていた。


俺は遥希の口から煙草を外した。

「禁煙だ。」

「は?ここ、外。」

「俺の前ではどこでも禁煙だ。」


遥希があの家を出て、何をしていたのか想像はつく。


「別にもう成人したし。私の勝手でしょ?」

「あの子は?子供がいて煙草とか……あり得ないだろ。」

「瑞希の前では吸ってない。」


その時、初めて瑞希の名前を知った。

「名前…………瑞希ってつけたのか。」


俺は約束を破った。

『ずっと同じ屋根の下にいる。』

それでも、針を千本飲まなかったのは、まだその約束を果たしたいと思っていたからだ。


「許して欲しいなんて言わない。でも今度こそ、約束を守る。」

「は?でも聡太は私の事…………」


最後まで言う前に、遥希を抱き締めた。


「ずっと、会いたかった。」

「聡太…………私も……会いたかった。」


人が行き交う中、人目もはばからず、二人で抱き合った。


その時だけは、合理的には考えたく無かった。


合理的…………効率的、有効的、論理的、大人にはそれが必要で、そのために遥希を失うなら、大人になんかなりたくなかった。



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