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引っ越し




話はそのままトントン拍子に進み、早織さんと遥希の父親の浩司さんは、駅から少し遠い所に中古の戸建てを購入した。


マジか……!!


家の話を聞いて、同居の話が現実味を増して来た事に少し怖じ気づいた。


早織さんと空っぽの家を見に行くと、本当に少し駅から遠かった。バスで10分。歩くと少しだるい距離だ。駅から遠い事もあって、俺の部屋と遥希の部屋、夫婦の寝室、書斎、四人で住むには十分過ぎる家だった。


あまりに普通の普通過ぎる家に、何か罠があるのかと警戒してしまうほどだ。


それでも、家の近くには公園があって、商店街もある。環境的には良さそうだ。何より、以前住んでいた所とさほど離れていない。高校も予定の場所に通える。


不安だ…………。あまりに万全な環境を目の前にすると、期待より不安が越えて来る。


それでも、早織さんのためだ。早織さんももう36だし、一生結婚しないと言っていた早織さんにとってはラストチャンスかもしれない。


早織さんには幸せになってもらいたい。そう、早織さんのためだ。それに、自分にとっても好条件じゃないか。


そんな風に、自分自身に言い聞かせた。


そして、春休みに日にちを決めて、引っ越しをした。


それでも淡い期待は抱くもので、少し深呼吸をして家のドアを開けた。


すると、奥から声が聞こえた。


「親父、私のピンクのクマちゃん知らん?」


…………遥希?


「さぁ?それより、早織さんと聡太君が来たみたいだ。先に出迎えてくれ。ここ、手が離せないんだ。」

「了解~!」

そんな会話を聞いた後、パタパタとスリッパをはためかせて、遥希が玄関にやって来た。


こうゆう場合、6年もの時間に、遥希も今や高校生になって、とてつもない美少女になったりして……………………


…………ない!!


まんま!!小学生の時とほぼほぼ同じ!!全然変わってねぇ!!


「なんだ、やっぱり聡太か。お前、なんも変わらんな。もっと年上のイケメン兄ちゃんとかが良かったわ。」

「悪かったな!!」


ちょ、ちょっと待て?遥希ってこんな感じだっけ?なんか違うような…………?


落ち着いて、落ち着いてもう一度思い出してみよう。


えーと…………


そうやって、昔の遥希を思い出そうとしていたら、後ろから早織さんが荷物を抱えて入って来た。

「こんにちは~」

「あれ?聡太の母ちゃん?母ちゃん違くね?離婚して母ちゃんって変わる?」

しかもガサツ!!ガサツに輪をかけてガサツ!!


早織さんは思わず、手に持っていたボウルをひっくり返した。

「ああっ!お蕎麦がっ!!」

早織さんは慌てて玄関の床に散らばった蕎麦を拾った。


せっかくじいちゃんが打った蕎麦が…………


それを手伝いながら、俺は遥希に文句を言った。

「母ちゃん違うとか……もっとオブラートに包めねーのかよ!」

「すまん!つい……。」

何がつい……。だよ!!


落ちた蕎麦の汚れを払いながら、早織さんは冷静にゆっくりと、事実を遥希に説明した。

「聡太の両親は事故で亡くなったの。だから、私は聡太のお母さんの妹。聡太のおばさんなの。」

「そうなんだ……。いつ?」

「え…………?」

遥希はしかめっ面に変わった。なんだか悔しそうに見えた。何で悔しいんだよ。


「中1の秋くらい……。」

「知らんかった。何で誰も教えてくれんかった?何で親父教えてくれんかったん?」

遥希は奥へ行って、自分の父親を何やら責め始めた。

「ホンマにあんたは嘘つきや!」

「こんな時にやめなさい遥希。それより、挨拶、ちゃんとしたか?」


しばらくすると、浩司さんが遥希を連れて玄関へやって来た。

「遥希が申し訳ない。」

「いいえ。大丈夫ですよ。」

「玄関で立ち話も何だから、中で話そう。」


案内されてリビングに入ると、早織さんは感激した。

「わぁ~!もう、全部設置してくれたんですね。ありがとうございます!」

大きな家具や家電はもう全てが設置されていた。


「洗濯機も設置したよ。緩衝材下に置いたから。多分、夜に洗濯して大丈夫だよ。」

「ありがとう!浩司さん!」


そう話す二人の目は、まるでお互いにお互いの事しか目に入っていなかった。


うわっ距離近っ!!二人は抱き合うまではいかないものの、至近距離で見つめ合っていた。


いやしかし……いつまで見つめ合ってんの?


そりゃ結婚するんだもんな……。当たり前だけど……実際に二人の仲の良さを見せつけられると複雑というか……。


その後、それぞれダイニングテーブルに座って、お互いに挨拶をしたり、他愛もない世間話をした。


その間、遥希は一言も喋らずに下を向いて、落ち着きのない自分の足を眺めていた。


荷物を自分の部屋へ運び、あちこち掃除やら荷物の移動やら、早織さんと浩司さんの手伝いをして、みんなで昼に蕎麦を食べた。


午後になると、浩司さんは仕事に戻り、早織さんは買い物へ行ってしまった。その間、俺と遥希は二人きりで取り残された。


「お前さ…………」

「お前にお前呼ばわりされる筋合いないわ!」

それは…………そうかもしれないけど…………


少し迷って…………名前を呼んだ。

「じゃあ、遥希……」

「何?」


呼び捨てで呼ぶのもおかしい。何を話していいかわからない。


「あの…………久しぶり。」

「あぁ。久しぶり。」

挨拶の時と、同じ会話が繰り返された。

「これから…………よろしく。」

「よろしゅう頼むわ……。」

「その、訛り…………何なんだ?」

エセ関西弁というか、何というか…………あちこちの訛りや方言がごちゃごちゃだ。


「ああ、中学は長野の全寮制の中学に入ったんよ。」

全寮制…………?

「同じ部屋の子らが、大阪やら群馬やら、あちこちから来ててな、あちこちのしゃべり方が混ざってもうたわ。」

こりゃ、マジで混ざってんな。

「なるほど……。」

「あとは、これ!」

リビングには遥希の任侠映画やヤンキー漫画が散乱していた。


なるほど、これでガラが悪くなったのか…………!!確かに、栗色の髪は当時からヤンキーみたいだとからかわれていた。


しかし、その栗色の髪は、今やカラスのような異常な黒さだった。

「髪の色…………」

「うるさい!黒の方がカッコいいんじゃボケ!」

そう言って遥希は2階へ行ってしまった。


髪の事は地雷だった…………?


6年ぶりに再会した初恋の相手は、何だか…………思い描いていた感じとは少し違った。


小学生の頃の遥希がどんな子だったか思い出そうとしても、何故かなかなか思い出せない。そこへ早織さんが帰って来た。


「ただいま~!聡太、遥希ちゃんは?」

「自分の部屋へ行った。」

「呼んで来てよ。お茶にしよう!シュークリーム買って来たの。」


万全だと思われた環境が、必ずしも当たりとは限らない。それは、関わる人が違うから。


俺は遥希の部屋の前に立つと、少し緊張した。思い切って、ドアをノックしようとすると、ドアの向こうからこんな声が聞こえて来た。


「話と違う!やっぱりあんたは自分勝手だよ!!だからママが愛想尽かしたんだ!!私やママは、いつもいつも騙されて……」

電話?電話の相手は…………父親か?

「何で勝手に切るの!?最低!!最低親父!!大人って本当に大っ嫌い!!」


どうやら遥希は、父親に一方的に電話を切られて不機嫌らしい。少し後に来た方がいいか……。俺がドアの前を離れようとすると、ドアが開いた。

「何?あんた立ち聞きが趣味か?」

「いや、たまたま。あの、早織さんが呼んで来いって……。シュークリームあるから……お茶にしようって…………」

「いらん。甘いもんは嫌いじゃ。」

そう遥希が言うと、すぐに部屋のドアが閉まった。


俺は、遥希の部屋のドアの前に1人取り残された。


…………嫌われている?まぁ、好かれてはいないとは解っていたけど……


これは…………暗雲が立ち込めるってやつか?



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