入学式
3
引っ越しの次の日は、高校の入学式だった。
浩司さんは仕事が休めないという事で、有給を取った早織さんと遥希と俺の三人で高校の入学式へ行った。
遥希は、朝からほとんど何も話さなかった。
「遥希ちゃん大丈夫?緊張してる?」
「…………大丈夫。」
全然大丈夫に見えない。
早織さんが気を使って話かけても、遥希は無視ばかりだった。俺が話かけても、ほとんど空返事だった。まるで、俺と早織が存在していないかのような扱いだ。その態度に、俺は少しイラついていた。
学校の校門の前で二人で並んで写真を撮った。
「聡太の高校の制服姿、お姉ちゃんと村山さんにも見せてあげたかった……。」
早織さんはそう言って泣いていた。それを見た遥希は、嫌な顔をしていた。
「ごめんなさい。こんなハレの日にこんなに泣いて。」
早織さんはハンカチで目頭を押さえながら、何故か謝っていた。
早織さんは、僕のために泣いてくれてるんだ。僕と、僕の両親のために。生きてこの場に来る事の出来なかった両親の代わりに、泣いてくれた。
「早織さん、いつもありがとう。でも、そんなに泣かないでよ。」
そんな早織さんを見て、遥希が俺に言った。
「すまん、お前のおばさん、好かんわ。」
「お前…………」
「私、人前で泣く女は嫌いなんよ。」
遥希がそう言った瞬間、俺は一気に頭に血が登って、遥希の長い髪の毛を掴んだ。
「何?殴る?ええよ?」
「謝れ。早織さんにちゃんと謝れ。」
「聡太、やめて。いいの。」
逃げようとする遥希の後を、髪を掴んだまま追った。その後に早織さんが小走りでついてきた。
校門から玄関まで、とうとう体育館前の受付の所まで来てしまった。
「もういい加減、離せ。」
「ダメだ。ちゃんと謝るまで離さない。」
「ほうか。じゃあ、しゃーない。あ、これ借りるわ。」
すると、受付に置いてあったハサミで、遥希は自分の髪を切った。
そして、テーブルの上にハサミを投げるように置いた。
その場にいた全員が驚愕した。入学式の直前に、謝りたくないからって…………ここで髪を切るか?
髪を切ってまで…………俺から離れたかったか?
何の迷いもなく、いとも簡単にその長い髪を切り落とした。
俺との縁まで…………切られた気分だった。
俺は自分の手に残された髪の毛を見て呆然とした。
「そんなに…………謝りたくないのかよ。」
そんな俺達に遥希はこう言い放った。
「謝るかボケ!勘違いすんな!お前らなんか、ただ同じ屋根の下にいるだけじゃ!」
そう言って、遥希は体育館には入らずどこかへ行ってしまった。早織さんが、その後を追った。
腹が立った。腹が立って立って、何かが心にストンと落ちた。それは多分…………諦めだ。
そうだ。何を勘違いしていたんだ?
別に縁を切られた訳じゃない。元々こうだった。一緒に住み始めたからと言って、繋がった訳じゃない。
何を期待してたんだ?
遥希は家族じゃない。だだの他人だ。俺の大事な家族が泣いていても、笑っていても、当然のように理解のできる、俺の家族じゃない。
『ただ、同じ屋根の下にいるだけじゃ!』
その通りだ。
手のひらに残された、遥希の髪を見て思った。
気持ちが悪い……。
あるべき場所にあれば何とも思わない髪が、あるべきではない場所にあると…………こんなにも気持ちが悪い。ただの異物だ。
この異物を無理やり繋げろって方が…………無理だろ。
髪をゴミ箱に捨てていると、後ろから話しかけられた。
「聡太!その髪どうした?…………心霊現象か!?」
「違う。」
ヨシだ。ヨシは義弘のヨシ。中学からの友達だ。髪型が七三になっていた。相変わらず気合いを入れる所がオカシイ。
同中の友達が俺を見つけて口々に言った。
「入学式にその仕込みはえげつねーな。」
オグが言った。オグは小倉のオグ。オグはツンツン頭にユルユルのネクタイで、だらけた格好でポケットに手を入れて立っていた。
「だから違うって!」
「お前…………もしかして、女子の髪を狙う変態!?」
「んな訳ねーだろ!」
そして、さっきからニヤニヤ薄ら笑いの黒渕眼鏡、智輝だ。
「知ってるし。さっきの全部見た。やっばいな~!お前の初恋相手!」
智輝だけは小学校からの付き合いだ。遥希の事を知っている。
「あれが同棲してる女か~!」
「貞子みたいで怖っ~!」
みんな、言いたい放題だな。ゴミ捨て場でそんな話をしていると、早織さんが探しに来た。
「ほらほらみんな、急がないとそろそろ式が始まるよ~?」
「あ、やべっ!」
みんなは足早に体育館に走って行った。
「聡太、遥希ちゃんの事、怒らないであげて。」
「どうして?」
「ああ見えて可哀想な子なのよ。」
可哀想だから…………許せって?そんなのオカシイだろ。
「可哀想なら何をしても許されるの?あいつは可哀想で俺は可哀想じゃないから、俺が許さなきゃいけないの?」
「そうじゃないの!そうゆう意味じゃないの!」
じゃあ、どうゆう意味なんだよ?
「だったら…………」
その続きを言う前に、智輝の声が聞こえた。
「おーい!聡太!!お前が最後だぞ~?急げ~!」
「もう、行くよ。」
俺は早織さんを置いて先に体育館に入った。
体育館に入る前に、早織さんの方を振り返った。早織さんはまだそこに立ち尽くしていた。
早織さん越しに、あいつの髪を捨てたゴミ箱が目に入った。
大丈夫だ…………。俺は気持ち悪くない。
俺は異物じゃない。
ここには同じ中学からの友達もいる。早織さんもいる。近所にはじいちゃんもばあちゃんもいる。大丈夫だ。ここにはちゃんと、俺の居場所がある。
俺はこのまま普通に高校生活を送って、このまま平和に暮らそう。
だったら…………俺はあいつを許せない。
今の俺には…………
別にアイツは必要無い。
あいつの髪と一緒に、あいつの事は
ゴミ箱に捨てた。




