037:撃砕
バルシェットは、何が起こったのか、しばらく理解できなかった。一瞬の間に肘から先が無くなっていた。しかも両腕ともにだ。肘から血が流れ出ていたが、その痛みも忘れたかのように、魔獣は茫然と立ち尽くしていた。
「ゴオオォォォォ」
魔獣は天に向かって咆哮を上げる。一度、その一つ目を閉じると、カッと目を開いた。その巨大な目からアーティスに向かって、赤い光が伸びる。赤光は狙いを外れ、アーティスが立っている少し手前の床に当たった。石の床が破裂したように爆発し、瓦礫を飛散させる。爆風でアーティスも後方へ飛ばされる。風や煙と共に城壁の壁に打ち付けられる。
「がはっ!」
したたかに背中を石壁に打ち付けられ、アーティスは口から血の塊を吐いた。凹んだ石壁に背中を付けたまま、ズルズルと滑り落ちる。だが、倒れはしなかった。打ちつけられた形のままで、両足で石床に立つ。右手は聖剣をしっかり握り放していなかった。
風が止み、埃立ちが収まると、目の前の石床が無くなっているのが見えた。城壁の床に穴が開いている。人が4人は入れるほどの大きな穴が穿れていた。
「おぉっ!」
その穴をちらりと見て、アーティスは走り出し、その穴を飛び越えた。その先に魔獣バルシェットがいる。
魔獣の切り落とされた腕の先が何か盛り上がっている。失くしたはずの肘から先に雲が沸きあがるように肉が盛り上がってきていた。ぶくぶくと膨れ上がるように伸びていて、腕が再生していた。だが、まだ再生の途中で、前腕の半分ほどができているだけだった。
「何!? あれ?!」
イノが魔獣の腕を指差して叫んだ。
「再生できるとは・・・」
バックが驚いたようにつぶやいた。魔獣に再生能力があるとは知らなかった。手首を繋げられるのは先ほど見たが、何も無くても再生できるとは。不死身と言われる所以か。目の当たりにすると驚愕するしかなかった。
「・・・あんなの、倒せるのかよ」
ダフがつぶやく。体が丈夫で再生もできるというと不死身の体だ。アーティスの斬撃は腕を切り落としたが、その程度で倒せるとは思えなかった。
ショーンは無言で魔獣バルシェットを見つめていた。再生するには時間がかかるようだが、どの程度まで再生可能なのか。頭を切り落とされても再生するのだろうか。疑問は色々沸き上がるが、いずれにせよ、倒すのは容易ではないだろう。かつて、フェリアス・カナーンが「退治」せずに「封印」したのはそういう理由からだろうか。
アーティスは瓦礫の山を踏み台にして、飛び上がった。青く輝く聖剣を頭上高く振り上げる。
一つ目の魔獣は、向かってくる青い光の騎士を睨んだ。魔獣は百年ぶりに地上に出たが、現れたのは強敵だった。だが、地中にいる間に積み上げた魔力は地下に閉じ込められる前よりも多いぐらいだ。
魔獣は巨大な目を一瞬閉じてすぐに開いた。またもその眼から赤い光が放たれた。光束は真っ直ぐに飛び上がったアーティスに向かって行く。アーティスは剣を前に突き出した。赤い光と青い光がぶつかり、閃光が辺りを包んだ。
ドガン!
次の瞬間、アーティスの体は城壁の床に落ちていた。アーティスが落ちた辺りの石床が凹んでいる。だが、アーティスはすぐに身体を起こし、ゆっくり立ち上がった。アーティスの体は青い光に包まれており、その体には傷一つ付いてなかった。
アーティスは金色の目を輝かせ、ニヤリと笑って舌で唇を舐めた。両手で聖剣を握ると、魔獣の大きな目を睨んだ。
「はぁぁぁー」
アーティスが口を開け、息を吐いた。アーティスの青い光が輝きを増す。昼間でも眩い光がアーティスを包む。
アーティスは膝を折り身を低くすると、体を伸ばすように飛び上がった。しかもその跳躍は常人をはるかに超えていた。アーティスの体は巨大な魔獣の頭をさらに越えて、10リルク(注:約8メートル)以上も飛び上がっている。空中で剣を振り上げ、魔獣の頭めがけて落下していく。
魔獣は自分より高く飛び上がった青い剣士を見上げた。その体を掴もうとするように両手を上げたが、再生途中の腕はまだ手首までしかなかった。アーティスが跳躍の頂点に達し、剣を下に向けて落下してくる。
魔獣バルシェットは、一つ目を瞬きするように閉じて開いた。赤い光束が宙に向かって放たれる。その先には落下してくるアーティスがいた。
アーティスは剣先を下に向け、頭から落下していた。そこへ赤い光が上昇してくる。アーティスは剣先に聖力を集中させた。全身の光が剣先に移動して青光が増す。
「うおおおぉぉぉぉぉー!」
アーティスは叫び声を上げ、魔獣バルシェットが放った赤い光に向かって行く。聖剣の青い光を赤い光束に突き立てる。ゴーッと力と力がぶつかる音が渦巻いた。青く光る剣先が赤い光に突き刺さり、赤い光を捻じ曲げて切り裂いてゆく。
バルシェットは慌てて、瞬きをした。赤い光が再びアーティスを襲う。だが、その光束も聖剣の光に切り裂かれ霧散した。短時間で放たれる赤光は弱いのか、アーティスの青い勢力が増しているせいか、2度目の攻撃は簡単に突破された。
次にバルシェットが瞬きして眼を開いた瞬間、青い剣先がその眼に飛び込んできた。巨大な瞳の中央に青い聖剣が突き立てられる。魔獣の体で最も柔らかいはずの眼球に聖剣が突き刺さる。アーティスはバルシェットの頭の上に着地すると、剣の握りを逆手に持ち替え、さらに目の奥へと押し込んだ。
「オオオォォォーン」
バルシェットは声を上げて、手のない腕でアーティスの体を捕らえようと腕を頭上で振り回す。アーティスはその腕を避けつつ、揺れる魔獣の頭上で突き刺した剣を掴んで振り落とされないように踏ん張った。そして、さらにその剣を押し込んでいく。
「終わりだ」
アーティスが呟いて、聖剣に聖力を込めていった。水を操ることができる聖剣はその力をバルシェットの身体の中を流れる赤い血に注ぎ込んだ。魔獣であっても血が流れていることは指を切り落としたときに分かっていた。魔獣も血が流れていればそれを利用することができるはずだった。だが、魔獣の身体を包む魔力の壁がそれを阻んでいた。だが、その体内に聖剣を押し込むことができれば・・・。
アーティスは聖剣にさらに聖力を込めていく。青い光が魔獣の中で暴れまわっていた。すると魔獣の赤銅色の顔にひびが走った。ひびは顔から首、胸と伸びていく。ひび割れが全身に広がり、そこから青い光りが漏れ出した。
「おおおおぉぉぉぉーーーん!」
魔獣が断末魔の咆哮を上げる。
次の瞬間。
バッガーーーーン。
魔獣バルシェットの体が内部から弾けるように爆発した。大音響が耳を襲い、青と赤の光が辺り一面に広がった。城壁が衝撃で崩れ、石や塵が飛び散る。爆風が石造りの城壁を揺らし、大地を抉った。
魔獣バルシェットの体は粉々に砕け散った。風が止み、塵埃が収まると、半分以上吹き飛んだ城壁があった。魔獣が立っていた辺りは地面が円形に抉れており、まるで巨大な神の手が大地に突き立てられた跡のように衝撃が周囲を破壊していた。
ついに決着です。長い戦いにお付き合いいただきありがとうございました。
あと少しで第1章がおわりです。




