038:朱珠
爆風が止んで音も収まり、イノが不安げに顔を上げると、半分崩れた城壁が見えた。魔獣の姿は見えない。城壁の残った部分には大量の瓦礫が散乱していた。
その瓦礫の中に、青い鎧の男が倒れていた。先ほどまでの青い光はなく、意識がないようで、動かない。
「アーティス!」
イノが叫んで、走り出した。ショーンやバックも追って走り出す。積みあがった瓦礫を避けながら、倒れて動かない青い騎士に駆け寄った。
イノはアーティスの傍に両膝をついて、その頭を抱える。息はしているようだ。
「アーティス・・」
イノの声にアーティスが眼を開いた。瞳の色は黒に戻っている。だが、焦点が合っていないように目が宙を見ていた。
アーティスが瞬きを2-3度すると、目に光が戻った。
アーティスは視線をくるりと回した。ほとんど空しか見えなかったが、一人の顔が映った。
「イノ・・」
アーティスが乾いた唇を動かした。全身に痛みがあり、動かせなかった。手を上げることすらできない。だが、右手には剣の重さを感じ、聖剣を握っていることは分かった。足の方は感覚がなかった。心臓の音は聞こえるが、耳から入ってくる音はすごく遠くから聞こえているような感じだ。深呼吸すると肺が熱く感じる。肺の中が焼けているようだ。
「げほっ、げほっ」
アーティスはむせ返り、その反動で上半身を起こした。背中と腰が痛む。左手で胸を押さえ、ゆっくりと呼吸を整える。口の中がカラカラに乾いていた。大きく息を吐くと、少し楽になった。
ふと胸を押さえていた左手が何かを握っているのを感じた。手を開くと、赤い光が眼に飛び込んできた。キュリアンが魔獣バルシェットの口に放り込んだ宝玉であった。戦神シルフォルンを象徴する朱い珠。皇都アルルアから盗まれたとされていた6つの宝珠の一つであった。
- 爆炎の中で赤い光が見えた。自身も吹き飛ばされる中、手を伸ばした。赤い光を掴んだのかどうかは覚えていない。だが、意識が遠のく中で何故かそれは取らないといけない気がした。
「アーティス?」
イノがアーティスの顔を覗き込む。
「ああ、済まない・・・」
アーティスはかすれた声で答えた。
が、答えた途端にアーティスは首をがくんと折って、気を失ってしまった。
「救護兵!」
ショーンが崩れた城壁から下に向かって叫んだ。
- 巨大な魔獣が拳を振るう。
- 魔獣の拳に吹き飛ばされ、城壁の壁に打ち付けられる。全身が痛い。
- 魔獣の目から赤い光が放たれる。
- 石床が吹き飛ぶ。
- 拳が左右から飛んでくる。
- 風圧の後、全身に衝撃が走る。
- 痛みというより苦しい。
- 意識が一瞬飛ぶ。
- 目を開くと、魔獣の姿が見えた。
--- ここから視界がおかしい。まるで仮面をかぶって、その仮面越しに外の景色を見ているようだ。体の感覚はあるのに、何か違う肉体の中から見ているような視界だ。
- 腕が青く光っていた。その腕に鱗のような模様が浮かび上がっていた。
- 魔獣の指を切り落とした。
- 魔獣が叫んだ。
- 魔獣の手首を切り落とした。聖力が上がっていた。この力なら魔獣を斬れる!
- が、魔獣は手首をつないで治した。強力な治癒能力。
- 魔獣の腕が細切れに切り落とされていく。
- 斬ることは可能だ。だが、魔獣の腕が再生してく。
- 魔獣を倒す方法は?
- 斬ることはできる。
- 細胞の大きさになるぐらいに破壊できれば。
- 血が、魔獣の血は水?
- 水を一気に沸騰させれば。
- 魔獣に聖剣を突き刺せば、聖力を送り込める。
- 一番弱いのは?
- 眼。
- 何故か、可笑しくなった。
- 勝てる。
- 魔獣の目が迫ってきた。
- 聖剣をその眼に突き立てた。
- 聖剣の力を魔獣に注ぎ込んだ。
- 爆発。
「・・・なるほど、シャリオ・フェードソンはその魔獣の穴の中に落ちて死んだと?」
「多分、その後、魔獣が出てきたから、食われたかな。食われてなくても、あの後だと生きてるとは思えないね」
「そして、怪しげな男は飛んで行った。目的は魔獣を封印から解くことだと?」
「そんな感じだ。詳しい話は、アーティスに聞かないとわからないが・・」
アーティスはうつろな意識の中に、誰かの会話が流れていた。その意味などは分からない。ただ、音として、脳内を通り過ぎていく。
記憶と現実の区別がつかない。夢を見ているような感じ。
「アーティス殿の意識が戻るのを待つしかないか」
自分の名前が聞こえた時、うつらうつらとしていた意識が急に現実に引き戻された。
目を開くと、丸く白い天井が見えた。建物の中らしい。声が聞こえた方に首を傾けると、何人かが椅子に座っているのが見えた。動かしたせいで首が痛む。聞こえていた声のほかに、慌ただしい足音や声が聞こえてきた。多くの人がいるらしい。
「アーティス! 気が付いた?!」
イノの声が頭に響いた。
椅子から立ち上がり、イノが近づいてくるのが見える。
それを見て、アーティスはほっとした。どうやら、自分もイノも生きているらしい。
イノの後に、バック・リージェンやダフの顔も見えた。
あと1話で第1章は完結です。
この後、そのまま第2章に行くか、エピソードをはさむか、悩んでいます。




