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もうあの店も必要ない

 オレは駅に着くとタクシーの運転手に料金を払った。今度は釣り銭が出るまで待って、車を出る。去り際に忠告しておく。

「運転ありがとうございました。あと、あんまり、顔に出すのはよろしくないと思いますよ?」

 運転手は引きつった顔で「あざまーす」と返し、すぐにドアを閉めて車を出して駅から遠のいていった。我ながら底意地の悪い発言だった。が、まあ、このぐらいは言っても構うまい。

 オレは駅前でミサキの姿を探した。待ち合わせとくれば、まともな神経をしているなら、駅前に設置されているものすごく目立つ噴水の近くに居ると思うんだが。あ、居た。オレはミサキに手を振ってみた。そうすると向こうも気づいたようで恐ろしい剣幕でこっちに近づいてきた。怖えよ。

「セっ、センパイ!」

「おお、悪いな? いきなり会おうだなんてな」

「悪いわけないでしょお、このー、色男めっ」

「おい、恥ずかしいからそれは止めろ。どんだけ周りに人居ると思ってんだよ」

 オレはミサキの手を取って、とりあえず噴水周りの人垣から出た。出来るだけ人が少なそうな方面へ抜け、結果として駅前喫茶店の前に出た。もうとっくに営業時間を過ぎているので、見事に人が居なくなっていた。

 ミサキがそわそわして、オレの肩をつついてきた。

「そ、それでっ、今夜のご予定はどんな感じなんでしょうか?」

 言われて、なんも考えていないことに気がついた。オレはその場しのぎで、適当なことを言ってみた。

「あァ、そうだな。ラブホでも行くか」

 言ってから、なにを言ってるんだ? と顔の表情筋がバキバキに固まっていくのが自分でも分かった。ちらっとミサキを見たら、赤面したまま硬直していた。

「悪い、妙なこと言っちまって」

「えええええー! ちょっと! 違うんです! 驚いただけなんです! まさかセンパイから誘われるとはっみたいな! だからー! 見捨てないでー!」

「やかましいやつは駅に置いていくぞ」

「ああーやめてー私もホテルに連れて行ってーくださーい」

 そんなこんなで徒歩でホテル街まで行った。

 それで、熱烈にセックスした。


 オレはコトが終わってベッドの上で横たわりながら呆然としていた。なにをやってんだオレは。あまりにも勢い任せではないか。オレはなんなんだ。サルか。性欲に従う獣なのか。

 そんなことで煩悶していると、ミサキの脳天気な声が聞こえてきた。シャワールームから出てきたらしい。

「センパーイ、お風呂いただきましたー」

「おお」

 オレは冴えない頭を引きずりながらベッドに腰掛ける形で起き上がった。ミサキはバスローブ一枚で下になにも着ていなかった。痴女かよ。おっぱいでけえな。いや、そうじゃない。それは今問題とすべきことじゃないぞ。

 ミサキはオレの隣に座ると、横からオレに抱きついてきた。体格差の問題で抱きつくというか覆い被さる感じになってしまっているが、ミサキは「でゅふふふ」とか言っているので満足しているのだろう。いや、だからそこは今言及すべき問題じゃないって。

「あー、ご満悦のところ悪いんだが」

「はっ、なんでしょう」

「いや、そんなに背筋を正さなくていい。ちょっと思っただけだからさ」

 オレはミサキを見上げる。いい女だと思う。美人だとかおっぱいでかいとかそういう外見だけじゃ無くて、人に尽くす根性があると思う。

 だから、気になってしまう。

「あのさ、オレはお前の性癖に合致してるんだよな」

「はい!? い、いや、それはそうなんですがそんな言われかたをされますとちょっと、私が脳みそからっぽみたいじゃないですかやめてくださいよ」

 オレはミサキの言い訳を手で制し、かねてから聞きたかったことを聞いた。

「オレはチビなだけで、少年ではないだろ。それにさ、これからオレは、もっとジジイになっていくぜ。正確に言うとお前の趣味とは違うんじゃないか?」

 ミサキはそれを聞くと固まって、その硬直が解けてからにやにやしだした。顔面が溶けてんじゃないかってぐらい、にまにましている。

「な、なんだよ」

「あーっ! かわいいー! 私はですねえ、センパイのそういうところコミコミで好きなんですよねっ! そういう、繊細なガラス細工のごときハートをひっくるめてラブなんですよ! 分かりました!?」

「はあ」

 あまりの勢いに、気のない返事しか出来なかった。というかこれ、褒められているのだろうか。褒められていない気がするんだが。

「それじゃ、もう一戦しますか?」

 食い気味に聞かれた。なにが「それじゃ」なのか意味が分からなかった。が、なんとなく「ああ」と言ってしまった。オレはミサキに押し倒された。なんでやねん。


 するコトが済んでから、オレは布団の上で膝を曲げて座り込んだ。

「せ、センパイ、どうされましたか」

「いや、なんでもない」

 ミサキは大きな目を何度か揺らして、上体を起こした。その体で、オレを後ろから抱きしめてきた。

「センパイ」

「なんだよ」

「そんなにね、考えすぎること、無いと思いますよ」

 オレは、黙っていた。

「ぶっちゃけ、センパイがショタっぽいというのはきっかけに過ぎないんですよ。私はなんて言ったって、センパイが好きなんですから。センパイが「無理だ」と言うところを見たことが無いし、傷ついてるそぶりを見せたこともないですよね。でもそれが「抱え込んでる」ってことぐらい、私にも分かってるつもりはありますよ。私は、あなたのそういうところが好きなんです。だから、その、とにかく。私はセンパイが丸ごと全部好きだってことだけ知っておいて下さい、ってことです!」

 最後だけ、いつもの調子だった。無理矢理元気よく言ってるのがよく分かった。オレは、素直に感謝した。

「そっか、ありがとな」

 オレは、今までの女性遍歴を思い出した。高校時代に五回ほど気になる子に告白したが全部断られたこと、そのお断りの言葉には全てオレへの嫌悪感がつきまとっていたこと。十八歳になって、童貞を捨てに行ったソープで気持ち悪がられたこと、童貞は捨てられたけど、どこか敗北感が残ったこと。大学に入って出会い系アプリで何人も食ったけど、ほとんどの場合珍獣を見る目で見られたこと、やることをやっても虚無感しか残らなかったこと。

 そんな具合だったもんで、正直言ってオレは、女が怖かった。

「オレさあ、お前と向き合うの、ちょっと怖かったんだよ」

 ミサキが心底びっくりしように、「え?」とつぶやく。

「振られるのが怖いだなんて、今さらなのにな。はは。ありがとう。オレも好きだぜ。お前のこと。って言ったって、お前はオレが強がってるとこが好きなんだよな。早速こんな弱いとこ見せたんじゃ、幻滅されたかな」

 オレは言うだけ言ってミサキの顔を見上げてみて、ぎょっとした。泣いてやがる。

 涙の粒がオレの顔に滴ってきた。おい、やめろよそういうの、馬鹿。

「なにを言ってるんですか、そんなの、もっと好きになるに決まってるじゃないですか」

「だからって、泣くなよ。おい、オレが悪かったって」

「センパイは悪くないです」

「どうしろってんだよ、なあ」

 オレはそのまましばらくミサキと小規模な問答を続けて、なんとかなだめた。


 オレはミサキが落ち着いたのを確認してから、気になっていたことを聞いてみた。

「それにしても、占いってものはなかなか馬鹿に出来たもんじゃねえんだな」

「ほへ?」

「いや、言ってただろ、一丁目の母」

「ああ。一丁目の母こと、「占いもにゃあ」さんですね!」

「なんだその気の抜けた屋号は」

「はい?」

 意味の分かっていなさそうなミサキの顔を見ると、なんとなくカラクリが分かってきた。

「なあミサキ、お前「運命館」ってところは知ってるか?」

「いえ、聞いたことないですね」

 オレは黙って頬に手を当てた。オレの勘違いだったということだ。オレはたまたま街で目撃した占いの館をミサキの言う一丁目の母だと誤解して、まんまと入店してしまったというわけだ。

 ただ、まだオレの疑問が全て解けたわけではなかった。オレは一度ベッドから降り、傍のテーブルに置いておいたスマホを起動する。ミサキもなぜか一緒に降りてきた。オレが急に降りたから気になったんだろう。

 オレは地図アプリを立ち上げ、実写モードに切り替える。そのまま、オレが入った「運命館」のあるはずの位置まで地図を移動させる。地図上に、「運命館」の表記はない。実写の地図をいくら探しても、昼夜の画像を切り替えても、路地裏の中にあるはずの店の姿は見当たらない。

 オレは地図を閉じ、「ははは」と乾いた笑いを漏らした。

「占い師じゃなくて、悪魔の類いだったようだな」

 自分で言っていて、寒気がしてきた。ミサキはなにがなんだかわかっていない様子で、なんとなく思いつきであろうことを述べた。

「うーん、よく分かりませんが、ミステリーってことですね!」

「そうかもな、おお! ミステリーか、それもいいな」

「ええ?」

 オレはミサキの発言からヒラメキを得て、今度はスマホのメモ帳を起動した。

「次の舞台はそれでいくぞ。キーワードは路地裏に現れた謎の女、だ」

「ええっ? なんだかわかんないですけど、えっと、センパイが元気になったのでもうそれでいいです!」

 オレは思いついた単語をフリック入力で並べ立てながら、ぶつぶつと言う。

「明日からの空き時間は資料集めだな」

「はい! 頑張って下さい!」

「ガンバレ、じゃねーよ。お前も来るんだよ」

「えっ、いつも私が着いていくと追い払うじゃないですかー」

 オレはいつもの自分の言動を思い出し、ミサキから目を逸らす。

「今度からは、着いてきていい」

「はあい! わっかりましたー!」

 ミサキがオレに抱きついてきた。その影響でスマホの操作が乱れる。

「おい、手元が狂うから控えめにしてくれ」

「はーい!」



 翌日。

 オレとミサキは五限が片付いたあと、揃ってあのショーウインドーのあるビルの前に立っていた。

「たく、なんで五限まで入れたんだろうな。オレもお前も」

「はいはーい、それは私がセンパイとスケジュールを揃えたかったからでーす」

 オレはミサキの発言を無視し、例の路地裏に向かった。後ろから「待ってくださーい」という声がするが、無視だ。

 オレは突き当たりまで歩いていったが、やはりというか、そこにあるのはビルの壁だけだった。

「なにもありませんねえ」

「だろうと思った」

「ええー」

 オレはなにも言い返さず、その場を立ち去ろうとした。

「あらあら、うふふー。ご用命の際は、いつでもお待ちしておりまーす」

 あのうさんくさい声がどこかから聞こえた。オレはばっと振り向いたが、あるのはコンクリートの壁ばかりだった。オレは小さく返してやった。

「誰が行くかよ」

「どうかしたんですか?」

 ミサキの心配そうな声に、オレは首を振って答えた。

「なんでもないさ。さ、次はこの辺の地理を調べよう」

「はい!」


 オレはミサキと連れ添って路地裏をあとにした。

 路地裏から出ると、強い風がオレたちの近くを通った。あの店に行くことはもう二度と無いだろう。風と一緒にそんな確信がオレの胸を通り抜けていった。

 

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