愛哀傘 七
最終章 不完全燃焼
その男は外見の中で唯一、眼だけは生きており、燃えるような瞳で家を見つめていた。そう、復讐を今果たそうとしている染谷省吾に他ならないと私は確信した。私は今すぐ警察を呼びに行くように姫子に伝えた後、暴れるかもしれないので、ゴールド君と一緒に今まさに家に乗り込もうとしている彼にゆっくり近づいて話しかけた。
「ここの家今留守みたいですよ。僕たちも三木さんに用事があるんですが、帰って来るまでまだ時間かかるみたいですし、近くの喫茶店でご一緒しませんか?」家の中の灯りがついていることに目がいっている彼を、半ば強引に喫茶店に連れていくことに成功した。コーヒーを一杯ずつ頼んで話をしようとしたとき、辺りが騒がしくなったので、私とゴールド君は三木の実家に警察を連れた姫子が着いたのだなと確信した。すると途端に目の前の彼の顔が真っ青になり、さっきまでいた家の前へと走り出したのだ。疲れ果てた様子の彼の一体どこにそんな力があるのかと思うほどの速さであった。
我々が着いた時にはちょうど三木達也が家から連行されるところだった。その男は怒りに震える彼を見て微笑した。私とゴールド君は全然反省の様子が見られない犯人を見てさらに怒りが増して、とうとう暴れだした彼を止めるのにしばらくの間奮闘した。彼の体力と精神が持たなくなったのでしばらくの戦闘は終わった。
「あなたたち、私が何のためにここに来たのか知ってたんですね」彼は憔悴しきった様子で口を開いた。
「よくも見事に邪魔をしてくれましたね」
「あなたもあいつと一緒の行為をしてしまうところだったんです。あなたがあいつの犯した罪と同じ罪を犯せば天国の英理さんは悲しむと思いますよ」
「私はあなたたちに邪魔をされなければ確かにあいつを殺したでしょう。ですがそれがあいつと同じ罪だとは思いません。私の殺人と奴の殺人とは天と地ほどの差があると思います」
「殺人は絶対にやってはいけないことなんです。たとえそれがどんな理由だろうと正義の殺人なんて存在しませんよ」そう彼に言うとともに、自分自身に言い聞かせていた自分がいた。
その後の裁判で三木達也に死刑の判決が出た。私は死刑と言う判決には反対だ。罪を償うのに死を選ぶというのは何か簡単で、逃がしているように感じるからだ。
こうして我々への初めての事件と呼べる依頼は幕を閉じた。この事件によって我々の探偵事務所は広く名前を知られることになり、多くの事件の依頼を受けることになる。しかし、この事件で一目見た犯人の顔と被害者の彼の怒りは今になっても忘れることができない。私は今まで一度しか自分の信念が揺らいだことはない。それほどこの事件は私に大きな印象を与え、愛する人が殺された時の怒りと、自分の行動に対して自信がなくなるという己の力不足をまざまざと見せつけられた結果となった。