愛哀傘 五
第五章 傘専門店三木
朝になり、我々三人はある傘専門店へ向かった。川本親子がここに引っ越して来てからお世話になっているお店だ。
「いらっしゃい。あれまぁ、外人さんかい?じっくり見て行ってね」入るなり店主の奥さんらしき人物が珍しそうにそう言った。姫子は何本か日傘を見た後で、
「英理さんはいつもどんな傘を購入されますの?」と彼女に話しかけた。流暢な日本語を披露したので、少し驚いた様子だったが、
「白い日傘を買っていくわ、お父さんは黒い日傘をね。何か名前も聞いたことないような病気らしいわよ。だから買うのは毎回日傘。一年に一回来てくれるのよ」そう彼女が言うと、奥から不機嫌そうな男が出てきた。
「こら、お客のことべらべらとしゃべるんじゃない!あんたがたも傘を見たらさっさと帰ったらどうだ」どうやら店の主人らしい。だが私と姫子は負けじと質問を続けた。
「お子さんはいらっしゃいますか?」
「達也なら三日前にしばらく出かけるって言って出て行ったよ」
「もういいだろ!さっさと出て行きやがれ」店主の様子から、これ以上店にいることはできなかったので我々は外に出た。
「思っていた通りだったけど欲しかった情報は得られなかったわね」
「あぁ、まずいぞ」
私たちがあまりにも落胆していたのでゴールド君は今日初めて口を開いた。
「まだ何かあるようだね。君たちはもうある程度犯人が誰かを絞ってるようだけど、その落ち込む様子を見る限りきっとまだ事件は終わってないんだね」
「その通りよ。まず、この事件について説明するわ。私たちのところに助けを求めに来た川本さんのことをレオン君は光線過敏症だと判断したわ。その理由は夕方であまり日差しが強いわけではないのに日傘をさしていたから。これは後々の推理に影響するわ。そして事件の詳細を聞いているうちに英理さんの彼が、事件翌日にいつも来ないのに朝、家に英理さんの様子を知りに来て、事件を知った途端に飛び出していったことがわかった。それが何を意味するのかすぐ推測できたわ。英理さんの彼は事件が起こりそうだということを予測していて、英理さんが被害にあったと分かると、犯人に復讐するために家を飛び出した……と。それで警部さんから話を聞いたらそれが証拠になったの。彼は何かあったら近くの居酒屋に逃げて来るように英理さんに言ってたのよ。彼はきっと犯人を殺すつもりよ。その犯人は傘のお店の三木さんの息子さん。彼はきっと三木さんの息子が英理さんにしつこく付きまとっていることを危惧していたの。英理さんはそうじゃなかったようだけどね」
「なぜだい?」
「事件現場を見たでしょう?英理さんは深夜にやって来た犯人と争うわけでもなく殺害現場まで付いて行ったのよ?」
「あ、そうだったね」そこで僕も会話に混じった。
「なぜ僕が三木の息子を犯人だと断定したか。これは僕の推測だが、彼もまた染谷省吾とともに英理さんの幼馴染だった。そして彼はソメイヨシノを川本邸に植えた張本人だと思う」
「それがどうしたんだい?」
「ソメイヨシノの花言葉は優れた美人なんだ。植えた少年の頃にそれを知っていたかはわからないが、殺す現場にそこを選んだところが何とも言えないね。さらに犯人は英理さんの傘まで持って帰った。犯人はすごく被害者を愛していたとともに英理さんの傘に思い入れがある人物なんだ。これで、引っ越して来てからずっと通い続けている傘の店の人間で、被害者と幼馴染であると推理したんだ」
「なんで幼馴染なんだい?」
「この事件は恋愛感情の嫉妬からなんだよ。それにソメイヨシノだ。これはここに引っ越して来たころに植えられたもので、ソメイヨシノは成長するとものすごく大きくなるんだ。家に植えるような木じゃないということぐらい大人なら分かる。これを植えたのは子供。そして家に招かれたことのある人物。これはなかなか親しかった幼馴染を意味するんだ」