第十八器 目覚めた闇
夜詩と幻龍の拳がぶつかる。
「くっ!」
「フッ、この程度か」
幻龍は一歩踏み込み、夜詩を吹き飛ばす。
「うっ…」
「それが弱者の強さか?脆いな」
「まだだ…何かがもう少しで…」
「もういい…この一撃で終わらせてやる」
目を閉じ、龍の形をした波が幻龍の体に巻き付いていく。
「波が龍に変わった!」
「龍牙一閃」
幻龍が腰を落とし右手を引くと、右拳に龍の頭が現れた。
「(打撃技?なら)」
左手に盾を出し、右手で支えるように構える夜詩。
「愚行だな…」
幻龍が素早く右手を突き出すと、光りが夜詩の盾を貫き、左肩を突き抜けた。
「な…」
肩から血が吹き出し、地面に崩れ落ちる夜詩。
「俺の拳は全てを貫く龍の牙。
防ぐのは不可能だ」
幻龍はもう一度構え、倒れている夜詩に狙いを定める。
「これで…死にたいか凛々」
夜詩と幻龍の間に凛々が手を広げて立ちはだかった。
「幻龍、それは強さじゃない!
全てを傷付けて、何が残るの?」
「踏み越えてきた屍が俺の強さの証だ。
誰よりも…俺は強くなる!」
幻龍は拳を突き出す。
「…今の動きは正直驚いた。
だが、なぜ立ち上がる?」
左を見た幻龍の視線の先に、凛々を抱え、赤い鎧を纏った夜詩がいた。
「お前を倒すためだ」
「夜詩さん」
「凛々、下がっててくれ」
夜詩から離れ、建物の陰に隠れる凛々。
「倒す?1度かわしただけで図に乗るなよ」
幻龍は素早く動きながら、右手を何度も突き出し、夜詩はなんとかかわしていくが、左手からも放たれた光りを受けてしまう。
「くっ!」
「やはり左では貫けないか」
「いや、右でも無理だ。
自分を捨てたお前の拳じゃ」
「頭でもおかしくなったか?
いつ俺が自分を捨てた?」
「凛々の側から離れた時だ。
その力を恐れられ、強い奴を探すと言い訳をして逃げた」
「逃げた?俺が?なぜ俺が逃げなければいけない?
強いのは俺の方だ」
「そう言わなければ本当の孤独になってしまうから」
「黙れ!」
幻龍は右手に力を込め突き出すが、夜詩へ向かっていった光りは簡単に弾かれる。
「ば…ばかな」
「その力も自分自身だと思ってないんだろ?
だから、最初は自分の技で攻撃し、次は能力に頼った攻撃。
どうして二つを一つにしないのか…その力が自分自身だと認めるのが恐いからだ」
「うるさい!」
幻龍が構えようとした時、一気に間合いを詰め、腹を蹴り飛ばす夜詩。
「ぐはっ!」
「自分は強いから特別な力があるとお前はそう思い込もうとしてる。
けど、それはお前が望んだ力だ」
「俺が…望んだ?」
「もっと強くなって、凛々や色んな人を守りたかったんだろ?
その想いが力となって現れた。
その力も幻龍、お前自身なんだ。
確かに他人から見れば恐ろしいかもしれない。
でも自分の言葉で、自分の行動で力を含めた自分自身を見てもらえればいい。
みんなが認めてくれるとは限らない…でも、お前の側にはいたじゃないか!」
「凛々…」
「恐れたっていい。
でも、お前がその力を、想いを拒絶するな!
恐ろしいのは力じゃない、間違った使い方をしてしまう自分だ」
幻龍はゆっくり立ち上がり、右手に波を集める。
「この力と生きていけば良かったんだな…
自分から孤独になれば、傷付かなくて済むと思ってた。
大切な物を捨てて、自分さえも捨てていた…
礼を言う…これが本当の俺だ!」
幻龍は右手を引き、腰を捻りながら目を閉じた。
「全部ぶつけてこい!
お前の業は俺が背負ってやる!」
赤と銀のガントレットが夜詩の右手に現れる。
「龍魂我全」
突き出した幻龍の右手から、夜詩を飲み込むほど巨大な光りの龍が現れ、地面を砕きながら進んでいく。
「俺は負けれないんだ…」
光りの龍に向かって右拳を突き出し、ぶつかり合い周囲の物を吹き飛ばす。
「くっ…押される…」
徐々に夜詩の体が後ろに下がり始める。
「もっと…もっと力を…うあぁぁぁぁぁぁ!」
その時、夜詩のガントレットが輝き、右腕を覆う程に大きくなり、肩から伸びた3つの噴射口から光りが吹き出し、光りの龍を押し返し始めた。
「ここへきて進化するとは…お前はその力を信じてるんだな…」
「誰にも負けない!誰も失わない!
片翼の嘆き」
噴射口から出ていた光りが翼の形になり、光りの龍が夜詩の右手に吸い込まれる様に消えていく。
「完敗…だな」
完全に光りの龍は消え、夜詩の拳は、幻龍の頬をかすめ、拳から放たれた光りが後ろの建物を破壊する。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
幻龍は地面に倒れた。
「幻龍!」
2人の元へ駆け寄る凛々。
「凛々…負けてしまった」
「いいの!幻龍はこれからもっと強くなるんだから!」
「そう…だな。
なぜ止めを差さなかった?」
「お前に死なれると、凛々に買ってやったぬいぐるみ代払うやついないだろ」
「フッ、変な奴だな」
「ほっとけよ。
そういえば、凛々語尾直ったな」
「はっ!な、直ってなんかないですよ!」
「何なんだそれ?」
「今流行りなのですよ!」
幸せそうな笑みを浮かべる凛々と幻龍。
「さて、俺はまだやらなくちゃいけないからな」
「待て。
俺達のボスには気を付けろ」
「ボス?」
「正体はわからないが、お前達の内部の人間だ」
「!?」
「お前達の行動は全て俺達に筒抜けだった。
代表の行動も把握していたから確実に仕留められたんだ」
「内部に…敵」
「それに、ボスは心を操る」
「心?」
「感情を引きずり出し、なんとも思っていない人間にすら殺意を抱かせるのも可能だ。
心を波で守れ。そうすれば…」
言い終える前に、幻龍の腹から先が尖っている木が突き出す。
「幻龍!」
「何なんだ!?しっかりしろ!おい!」
「ドル…イド…」
幻龍の視線の先には、白衣を来た一人の男が立っていた。
「裏切りは御法度ですよ。イシシシシ」
「お前が幻龍を!」
その時、ドルイドへ凛々が走り出す。
「凛々やめろ!」
「よくも幻龍を!」
「ただの人間は不要」
ドルイドが人差し指を上に向けると、地面から木が突き出し、凛々の心臓を貫く。
「…凛々」
「ぐおおお!ドルイドー!」
腹から突き出した木を切り落とし、無理矢理体を起こし立ち上がった幻龍へ、ドルイドは凛々を貫いたまま木を伸ばす。
「幻龍!」
「ぐっ…凛々…許し…」
幻龍は凛々を受け止め、自分も木に貫かれる。
「イシシシシ、そんなに小娘と一緒が良かったんですね。
一緒にあの世でどうぞ仲良くお幸せに。イシシシシ」
二人を貫いた木から体が抜け落ち、地面に横たわる二人にゆっくり近付く夜詩。
「なん…で…」
「ああ、あなたは殺さず連れてこいとの指示なので大人しくしてくださいね。イシシシシ」
夜詩の足元から木が伸びて足に絡み付くが、夜詩の動きは全く止まらなかった。
「ん?木が引っ張られてますね…仕方ない」
木は徐々に体に巻き付き、凛々と幻龍の亡骸の前で地面に膝を突く夜詩。
「気絶させれば楽ですね。イシシシシ」
「…して」
「ん?」
「…どうして」
「(確実に首を絞めているのになぜ喋れる!?)」
ゆっくりドルイドへ顔が向き、木で覆われた夜詩の瞳が隙間から覗く。
「…どうして殺した?」
「ひっ!?」
次の瞬間、木に覆われた夜詩から真っ黒な波が吹き出し、周囲を闇が覆っていく。