第十三器 神の手
ミストとの戦いから、ひと月の時間が経った頃、夜詩、刀磨、游、アリスはアルガード管理中央施設にあるハートネスの自室に呼ばれていた。
「夜詩君、怪我の具合はどうかな?」
「波のお陰で治りが早いみたいで、もう大丈夫です」
「それは良かった!改めてフィラル代表のハートネスだ。
よろしく!」
イスから立ち上がり、夜詩の前まで歩き、笑顔を見せながら手を差し出すハートネス。
「神塚夜詩です」
差し出された手を握り、笑顔を返す夜詩。
ハートネスは再びイスに戻り、話を続ける。
「ルーティー君の事は非常に残念だ…ミストの事を見抜けなかった私の責任でもある」
ハートネスの言葉に、部屋にいる全員の顔が曇った。
イスから立ち上がり、窓の外を見つめながら、話を続けるハートネス。
「幸いにも涼子君が一命を取り留めたのは救いだ。
だが、これからの戦いは激しくなる…負傷者も増えるだろう。
そこで君達にある人物に力を貸して貰えるように動いてもらいたい」
机の引き出しから1枚の写真を取りだし、机の上に置くハートネス。
刀磨は、その写真を手に取り、他の三人も覗き込む。
「彼の名はブラッド・リーフ。
世界一の外科医で神の手と呼ばれている。
彼も能力者だ」
「任務は理解した…だが、この程度の任務に何故俺達四人が必要なんだ?」
写真を机に置きながら質問する刀磨。
「彼の力はどこの組織も狙っている。
最悪の場合、戦闘になるかもしれない」
「なるほど。
支度が出来次第すぐに出る」
そう言って刀磨は部屋を後にし、夜詩達も後に続く。
「夜詩君!」
呼び止めるハートネスの言葉に振り向く夜詩。
「君とはもう少し話たかったが、私も忙しい身でね。
君の力を信じてるよ」
「はい!」
力強く返事をし、部屋を出ていく夜詩の後ろ姿を見つめ続けるハートネス。
「(君が救世主になってくれると願うよ)」
それから身支度を終え、ブラッドがいるセントラル病院へ夜詩達は向かった。
出発して3時間程でセントラル病院に到着し、夜詩達は病院内へ向かう。
「でっかい病院だなぁ」
「アメリカで一番大きな病院よ。
受付でブラッド先生にアポを取ってくるわ」
「游お姉ちゃん、私も行く!」
游とアリスは受付へ向かい、夜詩と刀磨は近くのイスに腰を掛ける。
「なぁ刀磨…もしあの時、俺にもっと力が」
「自惚れるな」
夜詩の言葉を遮るように刀磨が話始めた。
「ミストをどうにか出来たと思ってるのか?
下らない」
「下らない?」
「俺ですら手も足も出なかった。
お前がどうこう出来るレベルじゃない。
もう終わった事をいちいち考えるな」
夜詩は刀磨の胸ぐらを掴み立ち上がる。
「終わった事?何も終わってない!
俺達はルーの命と引き換えにここにいる!
それをたった一言で終わらせるな!」
「馬鹿か?俺達は死を常に考えて戦ってる。
誰かが死ぬ度にウジウジしてられないんだよ」
「そんなの分かってる!だからって死ぬのは当たり前みたいに考えるのは違うだろ!
それにウジウジしてるのはお前だろ?
自分が勝てなかったからって、平静ぶって手当たり次第に任務ばかり。
自分の弱さが分かって悔しいんだろ?」
「なんだと!」
夜詩の胸ぐらを掴み、睨み付ける刀磨。
二人は受付から戻ってきた游とアリスに引き離される。
「ちょ、ちょっと何揉めてるの!みんなが見てるじゃない!刀磨!」
「お兄ちゃん、喧嘩はダメ!病院なんだよ!」
二人の言葉に落ち着きを取り戻す夜詩と刀磨。
「悪いアリス、游もごめん」
「全くもう。いつも冷静な刀磨までどうしたの?」
「…」
「とりあえずブラッド先生に会えるから、付いてきて」
歩き出す游とアリスに夜詩と刀磨は目線を反らしたまま動かない。
「本気で怒るわよ?」
游の言葉に渋々歩き始める二人。
しばらくして夜詩達は会議室と書かれた部屋に着き、中に入ってブラッドを待っていた。
それから少しして、ドアをノックする音がし、ゆっくりドアが開くと、白衣にコーヒーを片手に持ったブラッドが顔を覗かせる。
「私に会いたいってのは君達?」
游とアリスはイスから立ち上がり、ブラッドに一礼した。
「そうです。実は…」
游がブラッドに事情を伝え、ゆっくりコーヒーを口に運ぶブラッド。
「大体は分かった。だが返事はノーだ」
「どうしてですか?」
ブラッドはコーヒーを飲み終え、足を組ながら話始めた。
「私は医者だからだ。
確かに君達と同じ能力者…特別な力を持っている。
だが私の力は命を救う為にある。
同じ特別な力を持っているからといって、君達だけを特別扱いできない」
「それはわかっています。
ですが、能力を悪用する人達をなんとかしなければ、能力を持たない人もいずれ犠牲に…」
「それは君達の都合だろ?能力者の戦いがどうであれ、ただの人も戦争を起こす。
戦いがあるから優先しろなんて身勝手だ。
私は平等に助けを求める人に手を差しのべる。
そんなに私に治して欲しいなら、ここへ連れて来ればいい。
話はそれだけかな?」
ブラッドはイスから立ち上がり、ドアを開けようと手を伸ばした時、夜詩が立ち上がる。
「身勝手なのはわかってます!でも…でも俺達は戦う力しか持っていない…
誰かを守っても、傷付いた人は救えない…仲間だって救えない…
俺達を特別扱いして欲しいなんて思ってません!
能力者が勝手に戦ってるのは事実だけど、望まない力を持ってしまったから…」
「お兄ちゃん…」
「俺はこの力のせいで大切な友達を失いました…
家族とも離れて、戦いの中にいる。
でも、戦う力があるなら俺は戦います!
今の俺に出来る唯一の事だから!」
ブラッドは伸ばした手をポケットに入れ、ドアに寄り掛かる。
「君の言いたいことはわかるよ。
だが、私には人を救う力がある。
だからここで戦っているんだ」
「じゃあ何故能力を使わない?」
黙っていた刀磨が口を開き、ブラッドを見る。
「ここに来る前に手術してたんだろ?だが波が高まるのを感じなかった。
あんたは能力を使わず手術している」
「フッ…それがどうしたんだ?能力を使おうが使わないが私の勝手だ」
「じゃあ手抜きって事か」
「なんだと」
「そうだろ?能力を使えばもっと多くの人間を救える。
なのに能力を使わない。それでよく医者だって言えるな」
「確かに能力を使えば多くの人を救える。
だが、私の能力は一般人には理解できない。
そうなれば人は離れ、誰も私に頼らない」
「それが本音だ。
お前は神の手と呼ばれる事に快感を覚え、頼られることに酔ってる。
お前は患者じゃなく、自分が大事なんだよ」
「違う!私は本当に人を救いたいんだ!」
「なら能力を使って救え!世間に恐れられても治し続けろ。
お前なら能力者もただの人間も救える。
自分の全てをかけて戦え。
今のお前に俺達を批判する権利はない」
「…少し考えさせてくれないか」
「わかった」
夜詩達は病院を後にし、タクシーでホテルへ向かった。
刀磨は部屋に着くと、すぐにベッドに横になり、夜詩は一人ロビーに向かう。
「游游一人?」
夜詩は一人でロビーにいた游を見つけ近付いた。
「ええ、アリスは買い物に行くって」
「一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。何かあればすぐ駆けつけるし。
刀磨は?」
「寝てる」
「まだ喧嘩してるの?原因は?」
「…実は」
游は一部始終を聞き、呆れた顔でため息を吐く。
「ほんとに子供ね」
「なっ!」
「どっちもルーの事を引きずってるって事でしょ。
そんなの私だって、アリスだって一緒」
「…」
「あの時、みんな何も出来なかった。
それが悔しくて、悲しくて辛い…
でも、ルーは未来を私達に託した。
だから私達は受け止めて、しっかり前に進まないと」
「そう…だな」
「それに私は…
ま、さっさと仲直りして、ちゃんと任務に集中しなさい!」
「わかりました」
「よろしい!」
游はそう言って自分の部屋へ戻り、夜詩は一人ロビーの天井を見つめていた。
一方、ブラッドは自問自答を繰り返す。
「私は…確かに全てを出しきっていない…救えた命も沢山あったはず…けど恐れられれば…私は…」
その時、部屋をノックする音がした。
「ん?誰だ?」
ブラッドはドアを開け、立っていたフードコートの男に一瞬身をこわばらせるも、顔を確認して胸を撫で下ろす。
「驚いた。
貴方みたいな有名人が何か用か?
よく病院内で騒がれなかったね」
フードコートの男はブラッドの胸に手を当てる。
「ん?なんの真似…うっ…何…を」
ブラッドはふらつき、床に倒れこみ、フードコートの男は去っていく。
翌朝、夜詩達は再び病院に向かった。
「すみません、ブラッド先生に会いたいのですが」
「…実は」
受付から戻ってきた游游が血相を変えて話始める。
「…んだ」
「なんて?」
「ブラッド先生が死んだ!」
「なっ!どういう事なんだ?」
「詳しくは教えてもらえなかった…」
一同が沈黙し、刀磨が口を開く。
「とにかくお前達はホテルに戻れ。
俺は少し調べてくる」
「わ、わかった」
3人は頷き、刀磨を残してホテルに戻っていく。
一時間程して、刀磨が戻ってきた。
「どうだったんだ?」
「自殺だ」
刀磨の言葉に3人は言葉を失う。
「病院の部屋で倒れているのを看護師が気付き、何度か呼び掛けたら意識を取り戻したらしい。
その後、看護師の顔を見るなり、突然怯えだしてポケットにあった薬を飲んで死んだそうだ」
「看護師の仕業とか?」
「いや、薬を飲む瞬間は他の看護師も見ていた。
看護師とトラブルがあった訳でも無いのに怯えだしたのが引っ掛かる…」
「能力者の仕業!」
「その可能性もある。
ポケットにたまたま薬があるのは不自然だ」
「じゃあ、敵がまだ何処かに?」
「それはない。敵の目的はブラッドだろうからな(謎なのは何故すぐに殺さなかったかだ…自殺にする必要性はなんだ?
犯人の美学?もしくは直接殺せない能力…)
とりあえず俺は報告してくるから、帰る準備をしとけ」
「わかった…」
刀磨と一緒に游とアリスは部屋を出ていき、夜詩はベッドに倒れこんだ。
それから夜詩達は車に乗り込み、アルガードへ向かう道中、口を開く者はいなかった。