2 リオ先生
私の悪口を広めているのは、セイルといつも一緒の二人。
伯爵令嬢のシャロン。
そして、ドロバーナ侯爵令嬢のレジーナ。
レジーナは、セイルのことがお気に入りだ。
嫌がらせをされる理由は、私がセイルの婚約者だから?
──他の理由は思い当たらない。
最初は、高位貴族に逆らえなくて、セイルも言いなりになっているのだと思っていた。
でも……違った。
セイルはレジーナと腕を組み、楽しそうに、恋人のように振舞っている。
つまり――、
セイルは婚約者なのに、私の悪口を黙って見ているのだ。
おまけに、堂々と浮気している。
(ひどい!)
私の心は冷えていく。
そして、せっかく友達になれたダイアナまで、私から距離を取った。
「うちは商売をしていて、ドロバーナ侯爵家を敵に回せないの。ごめんね!」
仕方ない。
そう思おうとした。
でも、寂しい。
レジーナを恐れて、クラスメイトはみんな私を避けている。
どこを歩いても、知らない人たちが私を見てヒソヒソ話す。
そして「ゴミ令嬢」とクスクス笑う。
担任に相談すると
「噂など、すぐに消えるから我慢しなさい」
そう言われた。
私は、多少の嫌なことなら我慢できる。
家畜の世話だって全然平気だし、自分が弱い人間と思ったことはない。
だけど……。
学園でも寮でも、
毎日こんなことが続けば、さすがに耐えられなかった。
◇
週末。
待ちに待った帰宅。
家に帰ると、リビングで母がお茶を用意して待っていた。
「お母さん……」
顔を見た瞬間、我慢していたものが全部こぼれ落ちた。
母に抱きついて、思いっきり泣いた。
「どうしたの? 何があったの?」
「もう……セイルとは結婚しないから!」
泣いて、泣いて、
泣き疲れた私は、そのままソファーで眠ってしまった。
◇
目を覚ますと、目は腫れてパンパンだ。
母が濡れタオルでそっと冷やしてくれる。
リビングにはリオ先生もいた。
リオ先生は国から派遣された、ゴミ処理事業の協力員だ。
私と同じ、魔力が強いせいで髪も目も真っ黒な男性。
私より3歳年上なだけなのに、銀縁メガネのせいか、ずっと大人っぽく見える。
しかも先生は秀才だ。
10歳で学園を卒業していて、私が学園に入るまでの1年間、家庭教師もしてくれた。
だから尊敬の念を込めて、彼を「先生」と呼んでいる。
ブランケットを外して起き上がると、母が心配そうに聞いてきた。
「セイルと喧嘩したの?」
「……私ね」
口にすると、また胸が苦しくなった。
「もう……セイルが……嫌いになったの。婚約は破棄したい」
「ちゃんと説明してくれる?」
「うん……」
私は、学園で起きたことを全部話した。
「ゴミ令嬢」と陰口を叩かれていること。
レジーナとシャロンのこと。
セイルのこと。
クラスメイトに無視され、仲良くなったダイアナまで離れていったこと。
話しているうちに、また涙がこぼれた。
「なんてこと……」
母はタオルで私の涙を拭いながら、自分の目元もそっと拭っている。
リオ先生は、最後まで黙って話を聞いてくれた。
話し終えると先生は──
「セイルとは婚約破棄するべきだ」
低い声で言った。
「ドロバーナ侯爵家には、罰を与える!」
いつも温厚な先生が、珍しく声を荒らげる。
「そんなこと、できるの?」
「ああ、陛下に報告しておくよ」
「そこまではしなくても」
だって相手は侯爵家、きっと先生に迷惑がかかる。
先生は銀縁メガネをクイッと押し上げた。
「ドロバナ侯爵は環境大臣に就任しているんだよ?」
「環境大臣……?」
「その娘が、国のゴミ処理事業を貶しているんだ。絶対に許されない!」
「……!」
「娘がそんな考えを持っているということは、侯爵家そのものがゴミ処理事業を軽んじているということだ」
そういうことだったのね。
知った瞬間――
私の中で、何かが切り替わった。
このままでは終わらせない。
ゴミ処理事業が、どれだけ大切なものなのか、国民に知って欲しい。
そして――セイル。
よくも私に『恥ずかしい』なんて言ったわね。
もう、あなたとは終わりよ!
リオ先生が、じっと私を見つめている。
「その……本当にセイルとは別れるんだね?」
「はい」
迷いなく答えた。
すると。
「うんうん。いいことだ。君はとっても可愛いし美人だ。君の瞳は黒真珠のように輝いて、その笑顔は花のように綺麗だ! 頭も良くて性格も凄く良い。カナンにはもっと相応しい相手がいるはずだ」
先生は一気にまくし立てた。
「先生……褒め過ぎです……」
「いや、これでも足りないくらいだ! 君は魔力も高く《結界》を張ることが出来る。わが国にとっても貴重な存在なんだよ!」
先生の言う通り、私は《結界》を張ることが出来る。
《結界》はスライムが牧場から逃げ出さないように。
それと、害獣から家畜を守るため。
リオ先生は私の手を取った。
「もう、誰にも君の悪口なんて言わせないから!」
……本当に、先生は優しい。
初めて会った時から、私を妹みたいに可愛がってくれた。
見た目は神経質そうで、悪く言えば――冷たい感じ。
中身はまるで違う。
優しくて、温かくて、本当のお兄さんみたいな人。
「セイルが、リオ先生みたいな人だったら良かったのに」
ぽつりと呟くと、先生は寂しそうに笑った。
「私が婚約者であれば、絶対にカナンを泣かせないのに」
先生の言葉がぜんぶ、私の胸にじんと染み込んだ。
「ありがとう、リオ先生」
重かった私の心、ずっと軽くなった。
読んでいただいて、ありがとうございました。




