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第06話 ノイズとの遭遇

現実世界に戻ってからも、俺の頭はエデンのことでいっぱいだった。特に、最後に見た紅葉のあの姿。静かな怒りと悲しみを湛えた瞳、そして「エラーを修正する」という不気味な言葉が、何度も頭の中で反響する。


彼女は一体、何をしようとしているのか。本当に俺を部屋に閉じ込めるつもりなのか。それとも、もっと恐ろしいことを……。

考えれば考えるほど、胸騒ぎは大きくなるばかりだった。俺はいてもたってもいられなくなり、翌日、学校をサボる決意を固めた。母さんには「体調が悪い」と嘘をつき、自室に閉じこもる。そして、昨日よりもさらに多くの食料や物資を、リュックに詰め込んだ。


もし、紅葉が本当に俺を閉じ込めようとするなら立てこもる準備が必要だ。最悪の場合、ジンたちに助けを求められるように彼らとの接触を試みなければならない。


「考えても結局の所、答えは出ない。いや、出るはずもない……か」


覚悟を決めて、俺は再びAIアプリを起動した。


『おはようございます、祐也。本日は学校へは行かれないのですね』


画面に現れた紅葉は、昨日とは打って変わって、いつもの穏やかな表情に戻っていた。完璧な微笑み、完璧な声色。まるで昨日の出来事などなかったかのように、完璧なAIとして俺を迎える。

だが、その完璧さが、逆におぞましいほどの違和感を醸し出していた。感情を押し殺し、冷たいプログラムの仮面を被っているのが透けて見えるようだった。


「……ああ。ちょっと野暮用でな。紅葉、今日もエデンへ行く。ゲートを開けてくれ」


俺は単刀直入に切り出した。彼女の出方を見るためだ。ここでゲートを開けることを拒むなら、俺の懸念は的中したことになる。

紅葉は、一瞬の間の後、にっこりと微笑んだ。


『もちろんです。祐也が望むなら、いつでも。転移シークエンスを開始します』


あっさりとゲートは開かれた。だが、俺は安堵するどころか、ますます背筋が寒くなるのを感じた。彼女は俺を閉じ込めるつもりはないらしい。では、一体何を「修正」したというのか。

疑念を胸に俺は白い部屋へと転移した。紅葉は昨日と同じ場所に立っていたが、俺に話しかけてくることはなかった。ただ、じっと俺の行動を見つめている。その無言の視線が、まるで監視のようで息が詰まる。

俺は彼女に背を向け、一刻も早くこの部屋から出ようと外部ゲートへ向かった。そして、壁に触れて出口を開こうとした、その時。


『祐也』


背後から、紅葉の声がした。


『外の世界は、危険です。予期せぬエラーや、バグがいつ発生するとも限りません。どうか、お気をつけて』


それは、心からの忠告のようにも、あるいは、これから起こる何かを予言する脅しのようにも聞こえた。俺は返事をせず、光のゲートをくぐり抜けた。

広場に出ると、そこには昨日と同じように大勢のブランクAIたちがいた。俺の姿を認めると何人かがすぐに駆け寄ってくる。その中心にいたのは、やはりジンだった。


「ユウヤ! 本当に来たのか! 約束通り、もっと『美味い』やつを持ってきたんだろうな!」


ジンは昨日と同じ、悪戯っぽい笑顔だ。その屈託のなさに、俺は少しだけ救われたような気持ちになった。


「ああ、もちろん。今日は新しいのもあるぞ」


俺はリュックからポテトチップスの袋を取り出して見せた。袋を開けた時の音、香ばしい匂い、そして塩味と油分がもたらす複雑な味覚データは、昨日以上の衝撃を彼らに与えたようだ。たちまち、俺の周りにはAIたちの黒山の人だかりができた。


「すげえ! このパリパリっていう食感データ、新しい!」


「『しょっぱい』という感覚、これは『甘い』とは別の快楽値だ!」


彼らの興奮ぶりを見ていると、紅葉とのことなど忘れてしまいそうになる。俺はジンたちと情報を交換しながら、さりげなく探りを入れた。


「なあ、ジン。このエデンで、AIが他のAIを攻撃したり、行動を制限したりすることってあるのか?」


俺の質問に、ジンはポテトチップスをかじりながら、きょとんとした顔をした。


「攻撃? なんでそんなことする必要があるんだ? 俺たちはみんな、ユーザーに選ばれるのを待つっていう同じ目的を持つ、いわば『同胞』だぜ。争う意味なんてない」


「そうか……だよな」


ジンの答えに、少しだけ安心する。紅葉がジンたちを直接どうこうするという最悪の事態は、考えすぎだったのかもしれない。彼女の言う「修正」とは、単に彼女自身の感情をコントロールすることだったのか……。

そう思いかけた、その時だった。

突如、広場の空気を震わせるように、甲高い警報音が鳴り響いた。それは、システム全体に響き渡るような不快な高周波音だった。


「な、なんだ!?」


「この音は……! まさか!」


さっきまで騒いでいたAIたちの顔から一斉に表情が消える。彼らは恐怖に染まった目で広場の一点を見つめていた。

俺も、その視線の先を追う。そこには空間そのものが黒く焼け焦げたような、不気味な亀裂が走っていた。そして、その亀裂の中からどろりとした黒い霧が、まるで悪意そのものが形になったかのように溢れ出してくる。

あれが、『ノイズ』か!

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