その9 星神の声
その9
オークジェネラルを視認できるほどの高度まで降りてくると、ヤツも私の姿を認めたのか再び石を投げ付けてきた。
私は天人装備を発動させて羽衣を身に纏うと、羽衣が自動で動いて飛んでくる石を弾いたり、柔らかく受け止めて投げ返したりと本来の機能を発揮した。
これ、仕組みは分からないけどかなり伸縮性凄いんだよね。
どうやっても石が当てられない事が分かったのか、それとも剣の有効射程範囲に入った為か、オークジェネラルは投石をやめて大剣を構えた。
魔力が剣へと集まっていくのが分かる。
「散れ」
ヤツが斬撃を放とうとする直前、私が言霊を放つと剣に集まっていた魔力が霧散した。
オークジェネラルの顔が何事かと驚いているのが分かる。
言霊はそれなりの代償が必要なので下手な言葉を放てないし、連発もキツい。
だから代償の低い事限定で使わないといけない。
遠距離攻撃は無駄だと悟ったのか、ヤツは大剣を構えて私を見詰めた。
花妖精の涙を取り出して飲み、疲労やMPを一気に回復させる。
一時的に耐久性と魔力値が倍増するのを感じた。
この霊薬は春の精霊達に命じられ、涙しながら働き続ける花の妖精たちの、その過酷な物語から名付けられた品だ。
馬車馬の様に働ける様に耐久値が、花を咲かせる魔法がいつもの倍は使える様に魔力値が倍増するのだ。
耐久が増えれば防御力とHPが、魔力が増えれば魔法の威力とMPが増え、それぞれの回復速度もそれぞれに上昇する。
まだまだ足りないかもしれない。
それでも私は逃げない。
身体強化と魔力操作を使い、より自分を強化しつつ、私はオークジェネラルへ向けて風と氷の矢を複数、僅かな時間差をつけて放った。
その数はそれぞれ30ずつ。
槍や刃よりは威力が下がるけど、魔力の上がった私から放たれたそれは、生身で受けて平気でいられるほど生ぬるくもない。
オークジェネラルもそれは感じ取ったのか、次々に飛来する矢を剣を振るい時には大きく避ける事で避ける。
私は浮き上がると足元にあった岩に触れて収納魔法を発動させる。
げ、見た目以上に大き過ぎる!
足元にあった岩は氷山の一角で、地下に40〜50倍にもなる巨大な本体があったのだ。
下手したら岩というより小さい山とか丘みたいな地形レベルの物体だった。
収納魔法が一気に圧迫されるのが分かる。
まぁ仕組みは不明だけど収納した物は仕切りでもあるのか、汚れや臭いが移ったりしないし今入れている品々はきっと無事だろう。
本当はこれを使って攻撃しようと思ったけど、無理だね。
高高度から落としでもしたら災害レベルの惨状になるよ。
魔法をほぼ回避し終えたオークのジェネラルは、私に向けて駆け寄ろうとしたけど、何かを感じ取ったのかそのまま立ち止まって足元をジッと見詰めた。
ズズズスズ…
ゴゴゴゴ…
地鳴りが足元から鳴り響き、一見硬そうな、森の木々の根でしっかりと支えられているはずの地面が崩れ落ちた。
その範囲は直径で300メートル近い規模の地面が木々や30以上あるオークの死体、そしてオークジェネラルどころか地にあるもの全てを巻き込み飲み込んでゆく。
飛んでて良かった。
巻き込まれたら一溜まりもなかったね、これ。
辺りには土煙が舞うけど、私を守る風がそれを遮った。
あれ?落とさなくても大惨事じゃん?!
何?何なの?
空の上での葛藤的なアレとか全然必要なかったじゃんか!
言霊すらも今ひとつ無意味な感じになってない?
と言うかこれどーすんの?!
「風よ!大地よ!土煙を治めよ!」
魔法を発動させて視界を開かせると眼下に広がる巨大な穴が見えた。
広さは直径約300メートル、深さは200メートル近いだろう。
土や岩、木々がグチャグチャになっていて、倒したオークたちの体や手足がそこかしこから飛び出している。
うん、居る。
魔力感知に一体だけ引っ掛る存在があった。
私は魔力の発生源へゆっくりと舞い降りる。
ヤツはまだ生きていた。
腰から下は地に埋まり、右腕は肘や前腕あらぬ方向へと曲がっていて、左腕は肩の少し先が完全に潰れている。
でも、またその目は死んで居なかった。
死んでは居なかったが、私を見る目が怯えていた。
まるでグリフォンに出会ってしまった馬のように。
ドラゴンに睨まれた人間の子供の様に。
その目は完全に戦意を喪失していて、狩られる時を待っている様にすら見えた。
「オ前ハ何ダ?魔王ナノカ?」
オークジェネラルは人語を話し難い構造なはずのその口から、聞き取りづらいもののかなり流暢な西大陸共通語で語り掛けてきた。
「いいえ、単なる人間…天人よ」
私は変身を解いて光すら魅了しその身に纏う天女の姿を現した。
人種ではあるけれど、エルフやドワーフがやはり人間とは違う存在や容貌なのど同じ様に、私達天人も別のものだ。
何となくヤツには本来の姿を見せた方が良い気がしてその姿を見せると、単に天人だと知っただけとは思えないほどの、先程までの怯えとは全く次元の違う驚愕の表情を浮かべた。
「アウゥッ、災禍ノ天女…」
いや、災禍の天女ってその辺の魔王より恐ろしそうな名前じゃない?
オークジェネラルは生まれたての子豚のようにぷるぷるとしている。
先程まではあれ程に恐ろしい存在だったのに、今では可愛いとすら思えてしまうから不思議だ。
そうだ!
肉体的にも、そして精神的にもかなり弱っている今なら出来るかも知れない!
「このままではお前は死ぬ事になる。
お前はそれを受け入れてるけど、私はそれを否定する。
お前は単なるオークじゃなかった。
戦士の中の戦士だった。
だからこそ…」
先程までの全能感や高揚感はすでに何処かへ行っちゃったけど、そんなモノは関係ない。
私には力があり、それを叶える事が出来る。
ただそれだけを信じて言霊を放った。
「この言の葉を受け入れ、私の眷属となりなさい!」
それまで怯え震えていたオークジェネラルは、まるで悟ったかの様な表情を浮かべた。
「敗者ハ勝者ニ従ウモノダ…
我ハ厄災ニシテ禍津妃タル災禍ノ天女ニ従イ、殺生与奪ヲ含ム存在ノ全テヲ捧ゲル」
いやいやいやいや。
なんかすっげー色々足されてるんですけど?!
過去の天女ってばオークたちにどんだけ酷い事したの?
いや、さっきの地盤沈下だって事故みたいなものだしね?!
本人ならぬ本オークが抵抗の一つも見せずにすんなりと受け入れたので、言霊は残存MPの9割消費という殆ど代償なしな格好で眷属化する事に成功した。
一気にMPを失った私は激しい目眩を覚えて地べたに座り込み、収納魔法を発動させて中級MP回復薬を4本取り出して一気に飲み干す。
オェッ。胃がムカつくけど仕方ない。
MPが8割ほど回復したので、今度は死にかけたオークジェネラルへ世界樹の朝露を与えようとすると、私の頭の中に声ならぬ声が響いた。
〈解放条件が達成された為、封印中のギフト、【千里の道を翔る者】が開放されました。
ベースレベルが12上がりました。
ベースレベルの上昇によりHP、MPが全回復しました。
能力値ポイント、スキルポイントが12ずつ加算されました。
熟練度上昇により、特殊戦闘:羽衣4、回避2、召喚魔法5、属性魔法水6、風6、地4、 精霊魔法4、収納魔法6、飛行練度4、魔力感知6、魔力操作6、斥候術4へスキルレベルが上がりました。
種族成熟度の上昇により、飛行6、変身3 飛行適正6の種族特性が上りました。
契約精霊にフラナヴァータを、契約魔物にオークジェネラルを獲得しました。
眷属を得た事により、スキル眷属魔法レベル1を習得しました〉
天の声、別名星神様の声だ。
神殿いわく、この世界を創造した天の神と冥の神、その二神が最初に成した子が、太陽神、月神、星神だ。
その後、地水火風木の神々も生まれ、この10神とその神々が生み出した無数の精霊たちが季節や地水火風などを司る事で動いているとされている。
それぞれの神々には名前はない、もしくは秘された物であるとされ、何人たりともその秘密を暴く事は許されていない。
星神は星の巡り、つまり運命を司るとされる神であり、声の感じから女神さまなのではないかと言われている。
また星の光や夜、その他いろいろと司っていて旅人の神でもあると言う。
勿論月神様や太陽神様も居て、それぞれ光とか昼と夜とか司っているし、地水火風や天空そのものの神様も居たりして、風神様も旅人の神と呼ばれている。
神殿ですら「よく分からないからそれっぽい事はその神様担当ね?」みたいな扱いらしい。
神官にそんな事言ったら殴られそうだけどもね。
有り難い啓示を受けた気もするけど、今はそれどころじゃない。
折角眷属契約出来たオークジェネラルの目が虚ろになり、段々体の力が抜けて来ていた。
「はい、これ飲みなさい」
両手が使える状態ではないので私が口元へ世界樹の朝露が並々と入った小瓶を近付け飲ませた。
MPの上下が激し過ぎてすぐに大きな魔法を使いたくなかったのと、初級や中級どころか上級のHP回復系のポーションでは骨折は兎も角潰れてボロ雑巾の様になった腕までは元に戻らないし、戦闘で減ったMPは回復しない。
最上級の物なら簡単な部位欠損まで治るらしいけど。
あぁ、5レベルある私の祈願魔法でなら腕は治せるよ?
今はちょっと高位魔法を使いたくないだけで。
地面に埋まった下半身がどうなっているのか不明だからその辺も怖いので、ゆっくりと世界樹の朝露を飲ませつつ、地魔法を発動させてオークジェネラルの体を土の中から持ち上げる。
消費的には地魔法で大地の一部をほんの少し動かす方が、高位の祈念魔法よりかなり楽なのだ。
両足は明後日の方向に曲がったり裂傷があって血塗れで、下腹部からもドクドクと血が流れているけど、若草色の光が体を包み込んで怪我や傷を癒して行く。
アムリタやソーマは薬だけど強いお酒だし、花妖精の涙の様な極端な効果もない世界樹の朝露は、比較的マイルドな感じで全回復させる薬なのだ。
「厄災ノ天女様、カタジケナイ」
「いや、主様とかご主人様とかもっと普通のがあるでしょ?!
あぁ、でもどうせならサラ様辺りがいいかな?」
オークジェネラルは何故か納得がいかない様子だったけど、渋々と言った感じで
「サラ様、アリガトウゴザイマシタ」
と言い直したのだった。