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第4章:間引き(8)

 フェイルは眉を顰めつつ、その雑談に耳を傾ける。

 すると――――


「つーか、あんなイイ女が何で剣士なんてやってんだ? 大した腕でもねーのによ」


「目立ちたいんじゃねえの? よくいるじゃん。周りよりちょっと剣が振れるもんだから、煽てられて勘違いするヤツ」


「ああ、そんな感じだな。今日なんてオスバルド副隊長に実戦の直訴だぜ? うっわ何コイツ、身のほど知らず過ぎるだろ……女が何調子乗ってんの? ってつい正直に言いそうになっちまったよ」


「ま、案の定だったな。下手にボロボロにされるより悲惨だろアレ。あそこまで無様だと一周回って笑えるな」


 聞えてくるのは、明らかにフランベルジュと思しき人物を中傷する言葉の数々。

 そして同時に――――


『お前さんも嫌でも理解するだろうよ。自分がどんな立ち位置にいて、どんな惨めな思いをするか……な』


 ハルの先日の言葉。

 おちゃらけているようにも見えるが、決して心ない言葉を自分より弱い人間に向ける真似はしない男の発言だけに、フェイルの心に杭のように打たれていた。


「……」


 一方、ファルシオンの顔に変化はない。

 変化はないが――――明らかに、その右手は何らかの所作をしようと動いていた。


「こんな所で騒ぎを起こすのは、らしくないんじゃない?」


「そうですね。一時の感情に身を委ねて不利益を招き入れるのは、流儀ではありません」


 思わず釘を刺したフェイルに、普段と同じ声で答えるその姿は、完全に怒っている人間のそれだった。


 顔も声も、憤怒を表現する為の必須要素ではない。

 フェイルはこの日、そんな事を知った。


 とはいえ――――実際にその怒りをここで顕にされたら、損をするのは他ならぬ勇者一行であり自分。

 ファルシオンの心中に理解を示す反面、止めるべきだとフェイルの頭の中で警鐘が鳴る。


 彼等が勇者一行である事は、商店街の人々には未だ露呈していない。

 尤も、既に来訪から結構な日時が経過しているので、今更その存在が明るみに出たところで、レカルテ商店街の面々がノートに殴り込みにやってくる事はないだろう。

 ここでファルシオンが勇者一行であるとバラし、先程の言葉を取り消すよう普段の口調で丁寧に訴える程度なら、フェイルに大きなデメリットはない。

 

 ただ、飛び火した火の粉の大きさ次第で状況は変わる。

 ウォレスほどの大規模ギルドの前で、そこに所属している傭兵を相手に明らかなケンカ腰で批難めいた事を叫べば、それはウォレス自体にケンカを売るのと同じ。

、その仲間と見なされれば、最悪この街に居場所がなくなるかもしれない。


 ウォレスはエチェベリア全土にあるギルドであり、影響力も決して小さくはない。

 まして、魔術士が街中で『悪口の報復』という動機で魔術を使用するのは、アランテス教の教えにも背く行為でもある。

 勇者一行としてだけでなく、ファルシオン自身にも大きな損失が生まれるだろう。


「言わせておけばいいよ。他人の落ち度や未熟を笑う人間は、他に歓喜を得る瞬間を持ち合わせていない。その程度の連中に時間を割く理由はない」


「……わかっています」


 フェイルの陳腐な説得は、必ずしもファルシオンの心に届いた訳ではない。

 単に彼女自身の理性が働いただけだ。

 ここでファルシオンが騒ぎを起こせば、それはそのままフランベルジュの恥の上塗りになる。

 

 フェイルはそれを指摘する事も出来たが、その指摘自体がフランベルジュの矜持を傷付けると判断し、別の言葉を選んだ。

 そしてそれは正解だった。


「私達はまだ駆け出しの勇者一行"候補"に過ぎませんから、あの手の誹謗中傷は影で散々言われているんでしょう。それに逐一反応していては身が持ちません」


「その割に、まだ溜飲が下がらないみたいだね。僕も似たようなものだけど」


 ファルシオンの歩行速度が、先程より明らかに速くなっている。

 フェイルは苦笑を浮かべるでもなく、それを踏まえた指摘をした。


「フランも口は悪いです。ですが、決して身のほど知らずではありません。誰よりも自分の現状を知っています。知った上で、格上の相手に好戦的な態度を取ったり、斜に構えて見せたりします。そうする事で……必死に『勇者一行』の旗を掲げてるんです」


「見栄、って言って良いのかな」


「ですね。でも、その動機は虚栄心の充足ではありません。それを知っているので、彼らの言葉には正直……苛立ちを覚えます」


 珍しく、ファルシオンは自己の感情を口にした。

 思わずフェイルは、そんな魔術士の顔を凝視する。


「……何でしょうか」


「いや、別に」


 一度――――フェイルは、攻撃性を有したファルシオンの表情を視認した事がある。

 流通の皇女スティレットの隣にいた、ヴァールと名乗る女性と対峙した際に。


 理由は、アウロス=エルガーデンが開発した『オートルーリング』と呼ばれる技術を貶されたから。

 その時のような激情ではないが、一瞬魔術で実力行使を試みようとしたのは同じだ。


 我慢するだけの自制心は持ち合わせている。

 彼女は総合的には極めて冷静沈着だ。

 けれど、同時に――――


「割と怒りやすいのかなと思って」


 そんな率直なフェイルの感想に、ファルシオンは若干目を細めた。


「……」


 だが特に何を言うでもなく、微かに歩幅を広くし、速度を緩め進んで行く。

 フェイルは心中で苦笑しながら、小さな背中を追った。


 その後は無言でアロンソ通りを移動。

 お互い害した気分を引きずった訳ではなく、単純に二人とも疲れていた。


 そして――――


「……フラン?」


 ノートに着いた二人の視界に、腰まで伸びた金髪を風に棚引かせた女性剣士が映る。


 その姿に負傷している様子は見られない。

 先程のギルド員の話通りなら、オスバルドという名の副隊長に挑み、無残にやられた筈。


 つまり――――負傷するほどの攻撃すら、引き出す事が出来なかった。

 だから失笑を買った。

 そう解釈するしかない。


「ファル。悪いけど先に帰ってて。私はそいつと話があるから」


 フランベルジュの顔は、悲壮感すら漂うほどに切羽詰っていた。

 フェイルより付き合いの長いファルシオンが、その理由と今の心境に気付かない筈もなく――――


「わかりました。私は薬草の在庫を整理しています」


「ゴメンね、そんな事させて」


「それ僕の科白だから」


 半眼でそうツッコんだフェイルを、ファルシオンは真逆の目で見つめる。

 視線に気付いたフェイルは、一つ小さく頷いた。


「……今の何? アイコンタクトってやつ?」


 ファルシオンが店内に入った直後、フランベルジュの口角が上がる。

 ただし笑ってはいない。


「そんな事より、話があるんでしょ?」

 

「ええ。裏庭でいい?」


「了解」


 それから――――お互い無言のまま店内へ入り、売り場を通過し奥へと向かう。

 程なくして、店の裏側にあるスペースへと着いた。


 ノートの裏庭は、最近までフランベルジュの稽古場になっている。

 勿論、そこには打ち込み用の丸太や紐でぶら下げた杭のような修行用の補助具はない。

 フランベルジュはそこで毎日、素振りをしていた。


 素振りは、単なる『誰でも、何処でも出来る稽古』ではない。

 どんな達人であっても、その心技体を鍛える上では決して欠かせない、基本中の基本であり究極の修練。

 実際、デュランダルやガラディーンのような天才でも、毎日毎日飽きもせずに同じ動作を繰り返し行っているのを、フェイルは何度も目撃していた。


 デュランダル曰く――――素振りを毎日やっても飽きない人間だけが剣士に向いているとの事。

 弓使いのフェイルには実感出来ない金言だった。


「……それで、話って何?」


 自分の庭に連れて行かれたフェイルは、一向に目を合わせようとしないフランベルジュに対し、努めて穏やかに問う。

 風の入り込まない裏庭で、暫し音のない時間が流れた。


 そして――――


「貴方、王宮のお抱え弓兵だったのよね?」


 沈黙を切り裂いたフランベルジュの言葉は、余りに唐突だった。


「……お抱えって表現には少し語弊があるけど、宮廷弓兵団に所属してたのは間違いないよ」


「なら、強いのよね」


 言葉短にそう断言する。


 実際には、王族や貴族の血縁だけを理由として騎士となっている者も少なくない為、王宮の兵だから強いとは限らない。

 けれど、フェイルのような庶民が王宮に招かれる場合、事情は全く異なる。

 ほぼ例外なく実力か才能が見込まれての加入だ。


 そこまで考えての発言かどうかはさておき、フランベルジュの粗野な指摘はある意味正解と言えた。

 とはいえ、自分で『僕は強いよ』と言える性格でもないフェイルは、沈黙で応えるしかない。


 それを見透かしているのか、いないのか――――


「私と戦って」


 フランベルジュは、命令とも懇願とも付かない小声でそう告げた。



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