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083 ヘルゲンの戦 その①


「三英雄の旗が無ぇ」



 遠くに見える王国軍の軍勢を目にしながら、右翼前衛の将グンジェム=パルパレアは呟く。他の兵士が徒歩であるにも関わらず、彼は白馬へと騎乗していた。特注品である破魔の馬具は例え王国の魔術団であろうとも彼の愛馬を怯ませられない。落馬の危険性は低く、何より見栄えを重視するグンジェムという男は他の雑兵と共に己が大地を歩く事を嫌っていた。



「あの蒼い旗は蒼玉魔術団のものじゃなくて?」



 グンジェムの傍らに黒毛の馬を寄せながら、薔薇の様な女性マルガリーテは訊ねる。王国三英雄の所在と言うのは分かり易い。紅・黄・蒼の三色の旗の下に彼等は軍勢を率いている。王国軍と交戦経験の無いマルガリーテであったが、彼等の武威は良く聞き及んでいるし、目の前の旦那がそれ故に万全の彼等と戦えぬ事を残念がっている事も理解していた。


 故に、慰めの様にその様な事を口にしたのだが――



「魔術団のみぃ? 冗談じゃねぇ……冗談じゃねぇよ、マルガリーテ! 俺はよぉ、三英雄とか言うクソ共を全員この手でぶっ殺したかったんだ! 冠英貴族と対を成すとか言われて、逆上せ上がったあの勘違い集団に現実を教えてやりたかったんだよォッ!」


「存在自体が虫唾が走るって、前に言ってたものね?」



 マルガリーテの言葉に、グンジェムは応と答える。



「奴等はただ俺達の先祖と当たら無かっただけだ! そんで偶々生き残った。それなのに勝手に同格面されちゃぁ、俺達の世代は溜まったもんじゃねぇだろう!?」


「けれど、現実に旗は一つしか無いのよ? 今更それを言っても仕方が無いじゃない」


「……だからよぉ、残念なんだよなぁ……マジで」


「噂によれば、戦争前に賊に殺されたとか」


「チッ、死ぬのは別に良いけどよォ、せめて俺の手柄になってから死んでくれっつーんだよ、クソがッ!」



 馬上で頭を掻き毟りながら、嘆息するグンジェム。言ってから少し落ち着いたのか、彼は王国軍を見据えながら、マルガリーテに向けて溜息混じりに口を開く。



「……仕方ねえ。蒼の首と女王の首を貰うかぁ」


「結局、総取りじゃない?」


「ったりめーだ。負け犬の息子やションベン臭ぇ女に手柄を取られて堪るかよ! 冠英貴族が四家ってとこも、俺は気に入っちゃいねぇんだ!!」


「そうね……特別なのは貴方一人。でしょう?」


「ハッ――そういうこった!」



 歯を剥き出しにして笑いながら、グンジェムは背負っていた巨大な戦斧を真上へと掲げて見せる。片手で扱うにはあまりにも大きいソレを難なく振るい、敵陣へと向けるグンジェム。日の光に照らされた戦斧の輝きは、見る者にとっては神々しくも感じられた。


 背後に控える己が軍勢を一瞥すると、冠英貴族が一人、斧のグンジェム=パルパレアは号令を上げた。



「――行くぜ雑魚共!! 蹂躙だッ!!」







「伝令!! フィオナ様、右翼の軍が動き出しました!」


「……此方への伝達は無しに、か。グンジェム=パルパレア……あくまでも勝手にやる気か。戦場は貴様の遊び場では無いと言うのにな」



 嘆く様に。呆れる様に。左翼前衛の将フィオナ=ゼオールムは呟いた。元より協調など不可能だと感じていた彼女だったが、それでも女帝の手前協力する姿勢は見せていた。それを無残に裏切られた事は、落胆こそすれ、怒る事ではない。むしろ想定通りの事柄であった。



「小狡い男だ」



 突出した右翼軍を見詰めながら、フィオナは言う。将であるグンジェムは発破を掛けながらもその位置は後方にある。前方の兵を囮にして、敵の出方を見るつもりだろう。此方が動かぬと見ての暴挙か。多少削られようとも、部隊を立て直す自信があるのだろう。どちらにせよ、人を人とも思わぬ悪辣なやり方であり、フィオナは大変好かなかった。



「後衛の将はあの弟と、弓のサンサーラ家当主か。些か心配ではあるが、グンジェムの部隊を孤立させる訳にもいかないな」


「と、言いますと?」



 問い返す兵達に振り返りつつ、フィオナは己が槍を頭上に掲げ、激する声を張り上げる。



「左翼! 前進する!! 皆の者はこのゼオールム家当主、フィオナ=ゼオールムに着いて参れ!! 敵魔術師の攻撃の際には、散開して防御せよ!!」



 意気を上げながら陣頭を駆けるフィオナ。彼女に連れられ、歩兵隊は唸りを上げて戦場を走る。初の戦争。大規模な集団戦に彼女自身昂りを感じているのを自覚していた。逸る気持ちを抑えつつ、己の精神の若さを恥じながら、それでもフィオナは思わずにはいられない。


 私の隣に、彼が居てくれたならばーー。

 もっと素直に、この状況を楽しめたのかもーーと。



「貴方はどうして、此処にいないのか……」



 幼少より天才と謳われた己を完膚なきまでに打ちのめした剣の家の少年の姿を思い浮かべながら、フィオナは接敵した王国軍雑兵を槍の一撃で斬り伏せる。HPが0になったのだろう。斬られた者は身体から淡い光を発すると、地面へと崩れ落ちてしまう。気絶状態だが、加護の無い者など踏まれるだけで命を落とす。戦場下でソレは命取りだろう。直接的であろうが間接的であろうがフィオナは己が所業を誤魔化さない。明確に彼の兵の命を己が奪ったのだと、強く認識する。


 しかして、後悔はない。その様な覚悟ならば初めからこの戦場に立ってはいなかった。冠英貴族に生まれた己が宿命を思いつつ、フィオナはあらん限りの力で吠えるのだった。


 お読み頂きありがとうございます\\٩( 'ω' )و//


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