079 ヨルガとリブラと腰振りと
帝国との戦争が始まる。
リブラ=トレーサーがその事を知ったのは、玉座の間での会議が終わった後であった。完全に出遅れてしまった彼女は、招集されていた者の一人に事のあらましを聞くと、愕然とした。
総指揮は、女王陛下自らが執ると言う。
バスティア国境にて兵を集めると決まった後は、各地の貴族がその対応に追われる事となる。
たかが百年、されど百年である。
長年の平和に浸かった為、実戦経験のある貴族などは少なくなっている。
故に、彼等は何処か気分が浮き足立っていた。
戦争という言葉に、血気盛んに流行る者もいたが、内実を見ると威勢の良い連中は戦地よりも後方となる領地持ちである。
東の辺境伯などは、気が気でないだろう。
何せ、自身の領地のすぐ側で帝国側が兵を集結させているのだ。辺境伯と言う役所から、有事の際はこうなると言う事を理解していたとは思うが、まさか自身の代で戦争が起こるとは夢にも思っていなかっただろう。
平和とは、儚いものなのだ。
前線に立つ将が足りず、その役目を外様である帝国人が担当すると耳にした時、リブラはその場を後にして、消えたピストンを探すのであった。
「……そこにいるのは、リブラ君か?」
「ヨルガ様!?」
城の通路を歩いていると、背後から紅玉騎士団、団長・ヨルガ=ディン=カードに呼び止められてしまう。
先を急いでいたリブラであったが、流石に此処は足を止める。
見知った老人は、憔悴しきった面持ちをしていた。その姿は、とても英雄と呼ばれた方とは思えない。
「今回の件については、もう聞いたかね?」
「ハッ! 知り合いより、それとなく……」
「情けないものじゃ……」
言って、ヨルガは肩を落とす。
「英雄と担ぎ上げられてきたが、有事の際に剣を振るう事も出来ぬとは……騎士団長の名が泣くわい……」
「ヨルガ様……」
「陛下より聞いたんじゃが、君はあの帝国人の部隊へと配属される様じゃのぉ?」
「事後報告でしたが、考案したのはボロン宰相です。体の良い厄介払いをするつもりなのでしょう。あの方とはそれなりにやり合っても来ましたからね。私が邪魔なのだと思います」
「それは、なんと言ったら――」
きっぱりと言い切るリブラに、思わずヨルガは口篭る。
「気にしないで下さい。元より私はピストンと共に戦地へと赴くつもりでした。幾ら剣の腕が立とうとも、彼は軍の指揮は未経験です。経験者が教えてやる必要があるでしょう?」
「それを、君がやると……? 死ぬかも知れぬのじゃぞ?」
「死ぬ、か……」
ヨルガの言葉を聞きながら、リブラは今一度自分の感情へと向き合ってみる。
思考に費やした時間は、数十秒。
彼女には、それで十分だった。
「決して楽観的になっている訳では無いのですが……私は彼が簡単に死ぬとは思えぬのです。彼に付いて行く私も、きっと死にはしない。そう思わせる何かかが、ピストン=セクスという男にはあるんですよ」
「――」
――これでも、何度か彼の戦いを見ているので。
「そうか――」
苦笑するリブラを見て、ヨルガは何かを決意をする。
「リブラ君! 勝手な事を言う様ですまないが、この儂も君の部隊へと入れて貰えんだろうか!?」
「え!? よ、ヨルガさんがッ!?」
「頼む!! 歳やアガリを理由に外されたが、戦力としてはまだまだ活躍出来る筈なのじゃ!! このまま手を拱いていたくはないッ!! どうか、儂も仲間に入れてくれぃ!!」
「あ――」
頭を下げ、リブラへと頼み込むヨルガ。
「頭を、上げてください……」
「……ッ」
「三英雄の一人。ヨルガ=ディン=カードが部隊に入ってくれると言うのなら、これほど心強い事はない……此方から、是非にとお誘い致しますよ」
「そ、それでは……!」
「ええ。貴方の気持ちは受け取りました。共に、生きる為に戦いましょう!」
「――ッ! かたじけない……ッ!!」
ひしっ。と、手を取り合う二人。
しかし、それはそれとして部隊長であるピストンへと報告はしないといけないだろう。
思ったリブラは、ヨルガへと提案し、何処かへと消えてしまったピストン=セクスの捜索を開始するのだった。
そうして――彼等は、見付けた。
「あん! あ、あ、あっ!! んあぁぁぁぁ――ッ!!」
「ははは。はっはっは! はーっはっはっはっは――ッ!!」
破壊された地下牢の中で、囚人であるセネル=アンヴァサダーの鎖を解き、その肢体を存分に貪り尽くすピストンの姿を。
「……どうして、こうなったのじゃ……?」
「さぁ……」
呆然とその場に立ち尽くす、ヨルガとリブラ。
二人は少しだけ、自身の決意が揺らいだとかなんとか。
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