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074 蒼玉のノア


 ピストン=セクスの様子がおかしい。


 そんな話が出たのは、彼がバーム邸襲撃事件より回復し、元居た宿へと戻った頃だった。


 基本的に会話は上の空。


 時折奇声を発し、所構わず服を脱ぐ。


 場所を選ばず壁という壁に腰を振り出す彼を見て、困惑したリブラ=トレーサーは、仲間であるガステロへと相談をしたのだが――



「それっていつも通りじゃねぇか? 気にする必要ねぇだろ」



 ――と、取り付く島も無し。


 言われてみれば確かに、と――彼女も思わず納得しかけてしまう有様だ。


 けれど「おかしい」と言ったのは、彼と最初に旅をしてきた村娘のアメル=レイテである。



「今のピストンさんは、前と雰囲気が違う感じがするんです。今は何処となく……その、怖い様な……」



 たどたどしく語る彼女。


 アメルもピストンの変わり様を理解していたが、それを上手く言語化出来ない。


 結果として、この問題は先送りとなってしまう。



「しかし、まさか旦那がエリーゼ嬢に手を出すとはなぁ……」



 分からねぇもんだと、ガステロは零す。



『……』


「あ……」



 言った後で、この話題は鬼門だった事を思い出す。


 二人の女性は、ピストン=セクスに異性としての好意を抱いていた。

 尚更に、複雑な気分だろう。



「ピストンさんとエリーゼさんは、好き合っていたんですよね?」


「だからと言って、魔術を使用しての性交なんて爛れている! 現場の事は良く知らないが、シェザラーナの話では酷い有様だったらしいぞ!?」


「酷いって……?」


「部屋中に体液が撒き散らされてて――その……エリーゼも、酷く乱れた感じで……ッ、……ッ、い、言わせないでくれ!」


「は、はい! すいません……!」



 情事が行われた現場を想像し、二人の間からは妙な沈黙が生まれてしまう。


 気を取り直し、咳払いをするリブラ。



「と、とにかく、私は今日は王城へと向かう! 陛下からの呼び出しだ! ピストンは――もう出てしまったのだろう!?」


「はい……宿の人に聞いた所、お城の人が呼びに来たら、すぐに出て行ってしまったとか……」


「少しは此方を待てと言うに――!」



 頭を掻き、溜息を吐くリブラ。

 振り回される彼女に、アメルとガステロは同情してしまう。



「女王陛下からのお呼び出し、一体何の話なんでしょうね?」


「さぁね。私達は此処の所、碌な成果を出していない。お褒めの言葉ではないのは確かだろう」


「……大丈夫かねぇ、旦那」


「それを知る為にも、一刻も早くピストンに追い付かなければな……今の彼から目を離すのは、正直怖いよ……」



 肩を落とし、溜息を吐きながら言うリブラ。

 その言葉には、残りの二人も全面的に同意であった。







 バスティア王国、王城――玉座の間。


 そこでは、国の重鎮達が揃って女王へと平伏していた。


 玉座に座ったバスティア女王――キサラ=フル=バスティアーナは、集まった彼等の姿を見渡しながら、重々しく口を開く。



「良く集まってくれたのぉ。まずは顔を上げ、楽にして欲しい」



 陛下の言葉に従い、顔を上げる彼等。

 その顔には平時とは違う緊張した面持ちが見える。


 皆、独自の情報網を持っている者達だ。

 これから陛下が語る内容も、大凡の想像が付いていた。



「ペタン帝国が我が国の国境へと兵を集結させておる。どうやら連中、本気で戦争を始める気らしいのぉ」


『!!』


「開戦の理由はそうじゃなぁ……ヨルガよ、そちが皆に語ってくれ」


「――ハッ!」



 女王へと振られ、先頭で平伏していたヨルガ=ディン=カードが、青白い顔をしながら口を開く。


 その顔には、強い後悔の念が感じられた。



「――全ては、このヨルガの不徳が致す所!! この場に死して! お詫びを申し上げまするッ!!」


「はぁッ!?」



 胸元から短刀を取り出し、尋常でない様子でそれを掲げるヨルガ。

 玉座へと座っていた女王キサラは、それを見て思わず擦り落ちてしまう。



「しょ、正気かヨルガ卿!?」


「誰かー!! 誰かこの爺を止めろ――ッ!!」


「うわァああああ!!」



 途端に、その場が混乱していく。


 ヨルガと刃物を引き剥がそうと、身を挺して覆い被さる周囲だが、そこは騎士団長。

 非戦闘員が束になろうとも、止める事は出来ない。



「止めんか、馬鹿者――ッ!」


「御免!!」



 堪らずキサラが制止の声を出すも、それも一手遅かった。


 短刀を己の腹へと振り下ろす、ヨルガ。

 その刃先が腹部を抉ろうとした瞬間――彼の手は力を失い、その短刀を掌から取り零す。


 唐突に、うつ伏せに倒れ込むヨルガ。


 口元から聞こえるのは、彼の寝息である。



「……全く、世話を掛けさせるわ。御苦労じゃったな、ノアよ」


「……別に、構いません」



 短く言ったのは、集団の後方にいた白髪の少年であった。


 白い肌に白い髪。白い法衣を纏った彼は、自身の編み込んだ長い横髪を指で弄りつつ、昏倒したヨルガへと視線を向ける。



「ウィンド・スリープは効果時間が短い。今の内にヨルガさんを拘束しておいた方が良いかも……」



 説明する彼の言葉を聞き、付近の者は慌てた様に拘束用の縄を取ってくる。

 残された一部の者は、彼のその鮮やかな手際を褒め称える。



「流石は蒼玉魔術団筆頭、ノア=フローレンッ!」


「いや、今は団長位をメガデス様から受け継いだのでは……?」


「あの英雄ヨルガを一瞬で眠らせるとはな……!」


「うむ。先が楽しみな青年であるっ!」



「……」



 騒ぎ出す周囲を気にしてか、彼は長い前髪で顔を隠し、そっぽを向いてしまう。



 ――やれやれ。こういう所はまだまだじゃな……。



 照れた様子を見せる人見知りのノアを見詰め、キサラは内心で独り言ちる。



 お読み頂きありがとうございます\\٩( 'ω' )و//


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