073 戦争準備~オルガの決意~
「テメエは――ハッ、誰かと思えばゼオールムの次期当主様かよ! いや、今は当主になったんだっけか……? 確か、前当主が盗賊団に破れたとか……揃いも揃って親父が無能だと大変だなぁ!? 同情するぜぇ……? ええ、フィオナ=ゼオールムさんよォ――!」
フィオナ=ゼオールム。
その名は俺も聞いた事がある。
冠英貴族が一人、マルス=ゼオールムの一人娘。
立場が俺と――ってか、兄貴と似ている事から、家でも良くその名は上がっていた。
とんでもねぇ優等生らしい。
おかげで、親父殿からは良く比較されていたよ。
会うのは初めてだったが――ふぅん、成程……。
すげえ、美人。
外跳ねした癖のある紅い髪。身に着けた軽装の鎧は緑色に輝いており、その隙間からは身体にピッタリとフィットする様な黒い肌着が見え隠れしている。燃える様な深紅の瞳は、男でも怯んじまう様なガラの悪いグンジェムを捉えて離さない。そこにはこの女の意思の強さが感じられた。
己の正義を、信じて疑わない様な目だ。
グンジェムの野郎よりは格段にマシだが、平時なら近付きたくぇ相手だな。
何せ俺、不真面目だし……。
「――言いたい事はそれだけか? グンジェム=パルパレアよ。父が敗れたのは事実だ。私に対してそれを言うのは構わないが、不慮により命を落としたものを貶める行為は見過ごせん。冠英貴族の品位に関わる」
「品位だぁ? 人殺しに何を言ってやがる!? 戦場で立てた功績で俺達はこんな地位を貰ってるんだぜ!? お利口さんにして、誰かが喜ぶのかよ!?」
「……少なくとも、下品な口を噤むのならば、私は喜ぶさ」
「あぁ!?」
「ちょっと、グンジェム……!」
「んだよ、マルガリーテ!?」
「人目に付いている。此処で暴れるのは流石に不味いわ」
「く……ッ!」
マルガリーテに窘められ、周囲を見渡すグンジェム。
これだけ騒いでりゃ、そりゃ周りも注目するわな。
冠英貴族が三家も集結。
新聞記者の人間なら、良い特ダネだろう。
やってられねぇ。
「どうせまた、城の中で会うんだから。此処は我慢……ね?」
「チッ! わーったよ! ……命拾いしたなぁ、フィオナ!」
捨て台詞を吐きながら、グンジェムの奴はマルガリーテと共に城の方へと歩いていく。
マジで、最悪な連中だったな。
その場に残されたのは、俺とアステリカとフィオナの三人。
「あれが、帝国最強の鮮血の令嬢騎士か。……男選びは最悪の様だな。憧れが一転してしまったよ」
「……」
「失礼、君の母上だったな」
「構わねぇよ。あんな奴、親とも思ってねぇ」
「セクス家の当主か。正直、君の方も良い噂は聞いていない」
「……だから?」
「彼の弟だと言うのなら――失望させるなよ?」
言うだけ言って、フィオナという女はその場から去っていく。
「失望させるな、だって」
揶揄う様に此方へと哂って見せるアステリカ。
「どいつもこいつも、鬱陶しいぜ……ッ」
吐き捨てながら、俺達も奴等の後を追う様に帝国城へと歩き出す。億劫な事この上ねぇが、仕方が無ぇ……。
◆
ペタン帝国、帝国城――玉座の間。
そこには、先に到着していたグンジェムとマルガリーテ、フィオナの姿があった。
他にはもう一人、影の薄そうな細目の男がいる。ひょろ長い体格をした幸薄そうな青年だ。背負った大弓から、恐らくはアレが弓のサンサーラ家、当主なのだろう。
蛇の様な男だと噂されていたが――成程、それは外見の話か。
確かに、細長い。
蛇と言われれば蛇にも似ているかも……?
逆に言うと、それしか特徴のない様な男だった。
まぁいっか。
多分、そんなに俺と関わったりはしねぇだろう。
「――揃ったわね」
声は玉座の奥より掛けられた。
反射的に、床に膝を着き、頭を垂れる俺達。
現れたのは女王陛下・リゼル=エトワール=ツルリッピーナ三世である。彼女は数人の傍人を伴いながら、玉座へと腰を下ろす。
幼女の様な風貌だが、その実年齢は大人と同じ。
妖魔族の血が混じった陛下は、人間とは寿命が違う。
子供の様な容姿も、それが原因らしい。
決して侮ってはいけないと、親父殿から口酸っぱく言われたっけなぁ。
にしても――美しい。
幼女趣味は無いが、リゼル女性は帝国人の男の心を鷲掴む様な妖しい魅力を持った女であった。
流石は妖魔族と言った所か。
不思議と、彼女に支配されたくなってしまう。
最大の魅力は、直線を描くその平坦な乳房だろう。
アレがペタン人を、馬鹿にさせるのだ。
……陛下と一夜を共に出来れば、一生もんの宝になるかも知れねぇな。
思わず、そんなことを思っちまう。
「頭を上げなさい」
陛下の言葉により、俺達はゆっくりとその顔を上げた。
改めて顔を拝見するが、その表情は冷たい。
今から話す内容の事を思えば、それも当然か。
「文で知らせた通り、セクス家の前当主・シェイク=セクスが襲撃を受けたわ。結果として彼は死亡した――襲撃者は王国の手の者と聞いたけれど、証拠は持ってきたのでしょうね?」
言われ、俺は慌てて腰の剣の紐を解き、献上する様にソレを陛下へと掲げて見せた。
「この剣が、屋敷に落ちてました」
失礼が無い様、簡潔に言葉を発する。
あんまり喋ると、敬語が苦手なのバレちまうしな。
こういう改まった場所は、背中が痒くなっちまうぜ。
「これは――確かに」
掲げた剣を受け取り「ふむふむ」と呟きながら、女王陛下はその剣を観察する。
「本物ね。これは確かに赫灼葬剣。王国三英雄が一人、ヨルガ=ディン=カードが持つ宝剣よ」
「! では――ッ!」
「間違いなく、この件はバスティアが絡んでいる様ね」
『おお!!』
傍らにいた大臣達がどよめく。
訝しむ者もいれば、決起逸る者もいる。
三者三様の反応だ。
「帝国領へと潜み、冠英貴族を殺害するとは許せぬ事。陛下、此処はご決断をなさるべきかと……!」
「待て! そう決まった話ではないであろう!?」
「証拠は出ている!!」
「理由が無い!」
「陛下の考察に意を挟むのか!? 理由など、先の大戦の恨みで十分であろう!?」
「英雄が死んだ! 今はその事実が一番重い!!」
「そうだ、そうだ!」
玉座の間は、一瞬で荒れた。
大の大人が見苦しい言い合いを続けやがる。
反戦派と好戦派か。
見た感じ、数が多いのは好戦派の様だが――
「五月蠅いわ――豚。 口を噤みなさい」
女王がそう言うと、その場がピタリと静まりを見せる。
すげぇ、カリスマ……!
配下から心酔されてなきゃ、これは出来ねえぜ。
「――バスティアの国境付近に、兵を集めなさい」
『!』
「期限は七日。それまでに各大臣は調整をする様に」
「それは、つまり――」
「……バスティアに、宣戦布告をする」
『!!』
「陛下、それは……ッ!」
「舐められるのは嫌いなの。総指揮は私が執るわ。折角だから、あのチビの顔も拝みたいしね……♪」
『――』
「オルガ=セクス」
「は、はッ!!」
いきなり名前を呼ばれた。
何なんだ? 緊張するっつーの……。
「フィオナ=ゼオールム」
「ハッ!」
「ナーガ=サンサーラ」
「はいっ!」
「グンジェム=パルパレア」
「うっす!」
「貴方達の活躍にも期待をしているわ。冠英貴族。先の大戦を終わらせた血筋の者。今度は王国を滅ぼすのに尽力して頂戴」
女王の言葉に「はい!!」と頷く俺達。
やべぇなと、俺は内心で思う。
完全に黒霊死団の企み通りになっちまった。
この流れは、変えられねえ。
「……仕方ねぇか」
俺は顔を伏せながら、引いた様な笑みを浮かべる。
お前らが止まらねぇなら、もう知らねぇ。
俺も――止まらねえからよ。
剣神の加護。
人を殺す度に、増す力。
いいさ、それならそれで――構わねえ。
「成り上がってやる……」
ぼそりと、俺は呟く。
フィオナよりも、グンジェムの糞よりも!
俺はこの戦争で成り上がる――!!
「見てろよ、クソ兄貴……」
何をしてんのかは知らねえが、生き残って王国に行ってる事は知ってんだ。
俺はアンタよりも確実に成功してやるッ!!
戻って来て欲しいだなんて、欠片も思わねえッ!!
決意を新たにした俺は、武者震いをする肩を右手で押さえながら、壮絶な笑みを浮かべるのだった。
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