031 趣味嗜好の事なので……
――私の右腕となれ。
リブラ=トレーサーは、僕に対してそう言った。
バスティア王国の将軍である彼女に付くという事は、ペタン帝国へと明確な離反を行うという事になるだろう。
祖国を追放されたこの身なれど、裏切るという事は考えていなかった僕だ。自身の価値を認めて貰ったのは素直に嬉しく思ったが、彼女の提案をそのまま承諾するのは抵抗がある。
「迷うなら、黒霊死団の討伐の手伝いだけでも良い」
躊躇する僕に対し、彼女は次善の策を提案する。
ピストン=セクスは戦争の火種として連中から狙われているフシがあると、リブラは言った。
このまま連中を放置するのは、僕にとっても良い事が無い。
リブラ=トレーサーと行動を共にする限り、王国内にて一定の信用が出来るのも大きい。何かあった時に、問答無用で国賊として逮捕される可能性が減るのだ。
此処までのメリットを提示された僕は、悩みに悩みながらどうしても聞いておきたい事を彼女へと訊ねた。
「……報酬は、出るのか?」
先立つものが無ければ、生活もままならない。
目を丸くして此方を見詰めるリブラ。
ぷっくらとした唇から「プっ」と言った呼気が漏れると、彼女は腰に手をやり、堂々した態度で返答を口にした。
「無事、連中を捕まえられたなら――1000万エーロを出そう」
その言葉が決定的だった。
その日、僕はリブラ=トレーサーの配下となった。
◆
「それにしても、凄い熱気でしたね……」
「ああ。流石は首都ブルボン。ピストンの旦那が銅像相手に腰を振り出した時はどうしようかと思ったが……何とか誰にも見咎められずに済んだみてぇだな」
「……スマン、つい」
「ピストンさんは、もう少し堪える事を覚えた方が良いです! いくらその……も、催してしまったとしても! 人のいる場所でそう言う事をするのはどうかと思います!!」
……返す言葉もない。
アメル君の痛烈な説教を受け、僕は思わず肩を落とす。
「まぁ、そんなに怒りなさんな。アメルの嬢ちゃんよ。こういった所も旦那の魅力の一つってな!」
「もう! ガステロさんはピストンさんに甘過ぎますよっ!」
ははは。と、言って笑うガステロ。
そんな奴の態度にプリプリと怒るアメル君を見ていると、随分とこの道中で仲良くなったものだと実感してしまう。
リブラの配下になった僕は、彼女と共に首都ブルボンを目指す事となった。急過ぎる話にアメル君がどう思うか心配していたが、彼女はそのまま僕に付いて来ると言ってくれた。
そのまま三人で二プルを出立しようという時に、現れたのがこのガステロだ。
奴はキンダーバインの実を換金した金を持ち、首都へと同行すると言ってきたのだ。
「巣の中で、ある程度事情は聞いちまいやした! 黒霊死団……国を脅かす危険な奴等だって話だ。旦那が連中と戦うってんなら、俺も黙ってられねぇぜ!!」
鼻の下を指で擦りながら「てへへ」と呟くガステロ。
金だけ貰って追い返すのもちょっと……と思った僕達は、奴の希望を受け入れ、四人で都市を出立した。
ガステロの奴はパッと見、盗賊と大して変わらない容姿をしているので、強面な男にトラウマのあるアメル君は、道中で随分と奴の事を警戒していたと思う。
馬車による旅だったが、ブルボンまでは三日が掛かった。
今ではこの通り――仲が良い。
「リブラの姉ちゃんと合流したら、夜は娼館にでも行きましょうか? ブルボンの女はレベルが高いって話ですぜ?」
「ちょっと! 女子の前でそんな話、普通しますっ!?」
「ふむ。ブルボンの女か……」
「ピストンさん!?」
「あぁ、いや……」
怒った様なアメル君の剣幕に、僕は言葉を濁す。
バスティアの信仰は大尊教だったよな?
ペタン帝国の信仰は小尊教だ。
帝国生まれの僕は、当然後者を信仰している。
女性の"大きさ"を尊ぶ大尊教の信仰国。そこの娼館に出て来る女というのは、つまりはそういう事なのだろう?
小尊教の過激な原理主義者とは違い、僕自身はそういった"大きい"女性を否定はしないけれど、趣味が合うかと言われれば「違う」と言わねばならぬだろう。
故に、ガステロが語る様な娼館に、僕自身は微塵も魅力を感じていないのであった。
そういった事がアメル君にも説明出来れば良いのだが――
「……」
僕はチラリと彼女の胸元に視線を落とす。
彼女に気取られない様、一瞬だ。
……恐らくは、Eカップ。
シャツの上から主張するその膨らみは、無知のままムチムチと育った純心田舎っぱいである事が想像に難しくない。
小尊教のカーストに置いては、最も低ランクなカップである。
――胸の大きな女には、魅力を感じないんだ。
そんな一言を、彼女の前で口に出す勇気はなかった。
さて、どうしようか……。
「おや、何かあったのかな?」
考え込む僕の前に、別行動中であったリブラ=トレーサー(Fカップ)が姿を現した。
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