019 キンダーバインの巣
急に静かになった大男――ガステロの背を眺めながら、僕は林道の外れを進んで行く。
此処からは道無き道を行くのだろう。
藪をかき分けながら奥へと進むと、やがて目当てであった穴とやらに行き着いた。
「これが魔物の巣か……」
思った以上に大きい。
地面へと垂直に空いた穴は、此処からではどの位の深さがあるのか窺う事も出来ない。入り口は大人二人が同時に入れる程の大きさで、子供であれば間違って転落する危険もありそうだ。
「穴の円周に蔦が巻き付いてるのが分かるか?」
「あぁ」
「アレがキンダーバインだ。蔦を辿れば本体へと行き着く。俺達のお目当てはそこだぜ」
――間違っても蔦には触るな。
と言うのが、ガステロの忠告であった。
接触に反応して、神経ガスや棘を飛ばすらしい。
逆に言えば、それさえ気を付ければキンダーバインは無害であるという話らしい。
「ま、言っても植物だからな」
「Bランクの魔物と言ってなかったか?」
「完全に駆除すんのは確かに大変だぜ? 剣や槍で攻撃しようもんなら手痛いカウンターを貰うしな。生命力も高い。火属性が扱える魔術師が必須って話だ」
「ほう……」
「オチオチしてたら近くの水源が毒塗れにされちまうしな。近隣に住む連中には死活問題だろう。そういった評価を含めてキンダーバインはBランクって言われてんだよ」
成程な。
説明を聞いて、納得した。
「本体までは俺が案内する。兄ちゃんは余計なもんを触らねぇように注意してくれや」
「……分かった」
こっちは右も左も分からない素人だしな。
此処は素直に経験者の言う事を聞く事にしよう。
キンダーバインの穴へと近付いたガステロは、握り締めた手頃な石を穴の中へと静かに落とす。
間を置いて響いたのは、石の反響音だ。
恐らくは穴の深さを測っているのだろう。
単細胞な男だと思っていたが、意外にも博識だ。
人は見た目では無いと言う事か?
Cランクと言うのもダテじゃないらしい。
外から眺めているだけでも、勉強になるなぁ。
そうこうしている内に、ガステロは樹に結び付けたロープを辿って、穴の中へと侵入していく。
「大して深くはねぇ! お前も来い!!」
穴の中の暗がりからそんな事を言われ、僕は恐る恐る真似をする様にロープで巣穴を降っていく。
「蔦を踏むんじゃねぇぞ!!」
「はいはい……」
口煩く感じるが、それくらい危険な事なのだと思い直す。
「暗いな」
光源が無いから仕方が無いとは言え、穴の中の暗さに思わず声を漏らしてしまう。
「ランタンは必須だぜ? 冒険者になるんだったら覚えとけ」
「ん。あぁ、悪い」
手渡されたランタンを目の前にして、固まる僕。
「どうした? マッチ持ってねぇのか?」
「いや、使い方がちょっとな……」
「はぁ?」
「……」
「チッ! もういい! 貸せ!!」
「あ、ああ」
僕の手からランタンを引っ手繰ると、ガステロは「何でこんな奴が……」と、ぶつくさ言いながら手際良く灯りを着ける。
今まで感じた事は無かったが、一般人と比べ、元貴族である僕は知識が偏っているのかも知れない。
大事な事故を起こす前に、何とかしないといけないな。
「ほらよ、坊ちゃん」
「……」
……あからさまな嫌味だが、今は甘んじて受け入れよう。
僕は灯りの付いたランタンをガステロから受け取ると、今度こそ暗がりの先へと進むのだった。
◆
壁に張り巡った蔦を辿り、巣穴の奥へと進む僕達。
蔦を踏まぬ様、慎重に牛歩の様な歩みをしていると、やがて巣穴の中でも開けた場所へと到着する。
「あった! アレだ!!」
喜び勇んで、その場から駆け出すガステロ。
見れば、確かに部屋の中央には実の様な物が存在していた。
血管の様に壁中に張り巡らされた蔦は、全て中央の実の周辺に集合しており、実の台座となっている。
極彩色とは、実際に実物を見ると禍々しい。
実と言うからには食用なのかと考えていたが、この様な色をした代物を口に運ぶ度胸は僕には無い。
「荷物持ちと言ってたけど、この大きさなら僕が来る必要はなかったんじゃないか?」
「ん? あーいや。そんな事はねぇぞ? 来て貰って助かるっつーか。何つーか……なぁ?」
なぁ? っと言われてもな。
今の所、僕は足を引っ張る事しかしてないぞ。
こんなので取引が成立するのだろうか?
「んな細けぇ事はどうでも良いんだよ! まずは実だ! 目の前の実を採取しねぇとな!!」
「ん」
確かにその通りだ。
挙動不審なガステロは気になるが、今は置いておこう。
「周囲を警戒する為、俺は一旦離れておくぜ。実の採取は任せるから、お前は俺が合図をしたら実を採って、こっちに投げて寄越すんだ。――いいな?」
――え? 合図をしたら……?
「あの、これ……」
「……?」
恐る恐ると言った体で、僕は手に取ってしまった実を見せる。
ソレを見た瞬間、表情が固まるガステロ。
――馬鹿野郎ぉッ!!
大きく開いた口が声を発する前に、地中から浮き出た壁が僕達をすっぽりと飲み込むのだった。
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