第141話 帝国皇子エルンストの来訪
※今回は途中までエルンスト皇子の視点です。
「殿下のご期待に沿えず、申し訳ありませんでした」
私の前でトリーア伯爵令嬢シャルロッテは頭を下げた。
彼女は帝国から使節団に参加した少女たちのリーダーだ。
悔しそうに唇を噛んでいる。
「いや、頭を上げてくれ、伯爵令嬢。皆はよくやってくれた」
上手くいかなかったのはシャルロッテたちのせいではない。
「事前の情報が間違っていて、また王国が思った以上にウィリアム殿を重要視していたから上手くいかなかったのだ」
シャルロッテが退出すると、私はため息まじりに外務卿に話した。
「才色兼備の少女たちから帝国では生産スキルが高く評価されると伝えれば、王国より居心地が良いと考えてくれるというのは甘かったな」
「そうですな。ウィリアム殿の周囲は美貌の優秀な少女たちが固めているようです。想定外でした」
「まったくだな。その中に王女殿下まで含まれているとは」
フローラ殿下とウィリアム殿の親密さは演技とは思えなかった。
「それに王国貴族は剣と魔法しか眼中にないと聞いていたが、どうやらエドガー二世は開明的な考えを持っているようだ」
「御意にございます。我らはもっとアルビオン王国の動きを知っておくべきでした」
「ああ。こうなれば正攻法でこちらの誠意を伝えるしかないだろう。フェアチャイルド辺境伯とウィリアム殿に面会を申し込んでくれるか」
「承知いたしました」
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帝国のエルンスト皇子から面談の申入れがあった。
「あり得るとは思ったが、こんなに早いとは」
父上も驚いている。
「断ることはできないな。陛下に報告して、皇子殿下にお会いすることにしよう」
「分かりました」
数日後、エルンスト皇子は帝国の外務卿と護衛の騎士たちと一緒に、王都のフェアチャイルド辺境伯家の屋敷にいらっしゃった。
「急にお邪魔して申し訳ない。フェアチャイルド辺境伯殿、ウィリアム殿」
「いいえ、帝国の皇子殿下とお会いする機会を得たことに感謝いたします。本日は当家の屋敷まで足をお運び頂き、恐縮に存じます」
挨拶のあとに儀礼的な会話を多少すると、皇子はすぐに本題に入ってきた。
「私はまどろっこしいのは苦手なのだ。こうして訪問した理由を率直に話そうと思う」
どんな理由だろう。緊張して手のひらが汗ばむ。
「乾燥に強い小麦を作って王国を旱魃から救ったのも、結核の特効薬を作ったのもウィリアム殿だと聞いた。貴殿の生産スキルは素晴らしい」
「ありがとうございます」
「実は帝国は異常な寒さに見舞われ、小麦もライ麦も不作だ。そして結核の流行に苦しんでいる」
ああ、帝国も異常気象と感染症に苦しんでいるのか。
考えてみれば、世界樹の弱体化の影響に国境は関係ない。
「だからウィリアム殿を帝国に招きたいのだ。もしウィリアム殿が帝国に来てくれるなら、皇族として迎える用意がある」
皇族とは? 帝国の爵位ならともかく。
エルンスト皇子は真っすぐに僕の目を見た。
「どうか帝国に来て、貴殿の卓越した生産スキルで我々を助けてくれないか。このとおりだ」
驚いたことにエルンスト皇子は頭を下げた。
こんなに率直に話してこられるとは思ってもみなかった。
もしかしたら帝国に来てほしいと言われるかもしれないとは思っていた。
だけど、王侯貴族というものは手練手管を使おうとするのが普通だ。
僕を招くとしても、なるべく帝国にとって有利な条件で僕を取り込もうとするものだと考えていた。
エルンスト皇子の真っすぐな態度には好感を持てる。
でも王国には大切な人たちがいるし、世界樹とエルフたちのもとを離れることもできない。
どうやってお断りすればいいんだろう?
返答に困っていると、また父上が僕の代わりに話してくれた。
「殿下、どうか頭をお上げください。息子をそこまで評価して頂いたことは本当に有難く存じます」
そう言って父上は頭を下げる。
なるほど、皇子にだけ頭を下げさせてはいけない。僕も慌てて頭を下げた。
「大変有難いお申し出ですが、息子は既に子爵に叙すと陛下から約束されておりますし、我が家は長くアルビオン王家に仕えて参りました。急に帝国に鞍替えすることは、なかなか難しゅうございます」
そうか、貴族の論理で断れば良いのか。
さすが父上だ。
「なるほど、フェアチャイルド辺境伯の王家への忠誠心は好ましいと思う。だが伝え聞くところでは、ウィリアム殿は子爵に叙されても南の未開地が領地となるそうではないか」
そんな話まで皇子殿下は知っておられるのか。
「帝国に来てくれれば首都の近くに広大な領地を用意しよう」
「皇子殿下の息子へのご厚情には、深く感謝を申し上げます。ただ南の未開地を領地とするのは、決して王家から不便な土地を押し付けられるわけではございません」
「未開地の開発は難事業だ。それが左遷ではないと?」
「はい。皇子殿下のお誘いは本当に有難く名誉なことですが、私には王国の西部を離れられない事情がございます」
「実は国王陛下からは王都の近くの領地を打診して頂いたのですが、息子が未開地を領地に望みました」
「なんと、それは真なのか?」
「はい。父の申し上げたとおりです」
「どんな事情なのだろうか?」
殿下に世界樹のことを話していいものだろうか?
迷っていると、また父上が代わりに答えてくれた。
「特殊な事情がございますが、国の機密とされております。大変恐縮ながら、私どもの一存では殿下にお話しできないことをどうかお許しください」
父上は深く頭を下げた。
僕も頭を下げる。
事情を話せないことに皇子は怒るだろうか?
「どうか頭を上げられよ。国の機密とあらば致し方ない。何か重要な事情があるようだな。簡単には帝国に移住できないことは分かった」
ああ、エルンスト皇子は良い人みたいだ。
帝国に行ってこの人に協力できないのは残念だと思う。
このとき僕は、どうにか話がついたと安心していた。
でも、そう簡単にこの件は終わらなかった。




