69話・欲と憎しみの終焉 2
戦場になってしまった平民街の中を、廃屋の陰から戦況を見定めつつ、ファミーナさんを先頭に駆け抜ける。
廃墟なだけにどちらの勢も憚ることなく攻撃しあい、次々と無人の家屋が瓦礫の山に変えられてゆく。多勢に無勢な戦力を不安を感じていたけれど、私の目には特殊部隊側が圧倒しているように見えた。
ことに、ショーティーの活躍が凄まじい。
広範囲に広がる土煙の中から黒い巨体が飛び出してきたかと思うと、並ぶ屋根の上を疾走し、後方で援護魔法を飛ばす集団に襲いかかる。
振り上げる前足の鋭い爪と、真っ黒な口内に浮かぶ白い大牙が高速で突っ込んでくるのだ。混乱だけじゃすまない惨状だろう。
魔獣というだけでも帝国側には脅威だというのに、そこに並み以上の強さを誇る特殊部隊の追撃が加わえられる。数だけ揃えた帝国側は、たまったもんじゃないだろうね。
旧トゥーリオ領土に押し込まれてしまっては、敗走しようにも逃げ道は魔獣と特殊部隊の背後になる。一か八かで突破しようと企んでも、そう易々と見逃してくれるような相手じゃないと身をもって思い知ることになる。
「この地は、大昔にガラ山の頂上が魔素の大噴出で吹き飛んで、できた噴出口跡なんです。ですから、残った山の外側斜面が天然の外壁となってぐるりと囲み、谷側に二ヶ所の洞穴通路を通して要塞国家を造り上げました」
「じゃあ、通路以外から逃げようにも……」
「ええ。空を飛ぶか、高い天然外壁を登らなければ逃れられません。さもなくば、リンカさんたちが見つけたような隠された通路か……」
私は走りながら、遠くを見やった。薄くなった靄の向こうに、ぼんやりと低い山並みが見える。でも、それがガラ山の外殻だったとは……。
小国とはいえ、広大な皇家貴族が住む敷地や平民街、自給自足をのための農耕地や森林がすっぽりと入っているのだ。山の中腹の小国という説明で想像するような狭い領土ではなかったらしい。
今はもう、荒廃しきった石造りの建物や、手入れがなされず自然に戻った農耕地と森しかないけれど。
ふと、よからぬ考えが浮かぶ。
密かに隠れて通路を目指したら? 時間はかかるけれど、これだけの広さがあれば大回りで逃げることもできるはず。少数精鋭のギルたちだって、隅から隅まで目を光らせることは無理なんじゃ?
それに、『闇の』や『黒の』異名持ちには、気配を消して姿を見えなくする【隠形】や【迷彩】の能力がある。そんな連中が帝国側に存在していたら?
私の問いかけに、ファミーナさんはそれはそれは美しく微笑んで答えてくれた。
「それほどの異名持ちがいるなら、リンカは早い段階で攫われてるわよ」
まあね、たしかに。
でも、並みの兵士だって逃げようと思えば?
「雑兵の取り逃がしは想定内かと。皆様の目的は、リンカさんの護衛と『光の魔法士』捕縛ですから」
上がる息を物陰で整えつつ、私ごときが考えつくことなんて彼らもすでに考慮済なことに納得した。
「疑問も晴れたようだしぃ、先を急ぎましょ? もうすぐ現場後方にでるわよー」
励ますように私たちに告げたファミーナさんの後ろにぴったりと着き、身をかがめて小走りに先へと進んだ。
激戦地は奥に移動し、後方へと遠ざかっている。耳を塞ぎたくなるような音は消え、あとは安全な場所に走り込むだけだ、と気持ちを前向きに持っていった。
その時だ。
まさにほっと心が緩んだ瞬間。
「ようやく見つけました」
場違いなほど優雅な余韻を残す男の声がした。
ファミーナさんの背が私を庇い、エマさんが横で身構える。
「ちっ、隊長は何してんのよっ」
ファミーナさんは舌打ちと共に低くぼやいた。
ふたりの女性戦士から、ふわりと緊張と殺気が舞い上がる。青白い魔力の威圧はファミーナさん。灼熱の炎のような殺気はエマさん。
私はふたりの間から顔を覗かせ、震えと緊張を押し殺して立ち塞がる相手を睨みつけた。
「どこに消えたのかと焦りましたが、生きていてくださって良かった」
男は黒に近い濃紺のローブを羽織り、深くかぶっていたフードを払いのけてその美貌を晒した。
中央政府庁の一室で出会い、でも、初めて耳にする声。シーラの横でずっと黙したまま座っていた『光の魔法士』だ。
あの時は、なぜこの場に同席しているのかと不思議に思ったけれど、それもシーラの騒ぎに紛れて立ち消えた。美貌の異名持ちでありながら、気配を消し去って……私を確認に来ていたのかもしれない。
「ええ。お陰様で助かったわ! でも、あなたに捕まるためじゃないから!」
「そうですか……。あなたから投降してくだされば、護衛の方々は見逃すつもりだったのですが、抵抗するなら」
「精王樹よ、この地を穢す者に罰を!【活性】」
何を悠長に宣言してんのかしら?
こっちだって異名持ちなんだ。大勢の兵に囲まれたのなら怯えもするけれど、今は『光の魔法士』ひとり。だからって油断する気はない。
先手必勝!
「リンカ!?」
ファミーナさんが鋭い声を上げた。
攻撃魔法を持たない私が、いきなり詠唱し出したのだ。何事かと思うのも仕方ない。
「みんなに迷惑をかけちゃって、ごめん! 特に副隊長さんとジャル!」
残しておいた最後の一掴みを空中に放り散らす。小さな蝶の群れは、すぐに発芽して私たちの周辺に根づきだした。
魔素の噴口を閉ざし、貴石を使いはしたが大量の精王樹を高速で急成長させた今、この辺りにどれだけの魔素が残っているかしら。それすら、たった今蒔いた種子が吸収を始めている。
「ギルと戦っていたあなたに、どれほど体内魔力が残っているかしら――ねぇ?」




