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68話・欲と憎しみの終焉 1

「さすがに魔素が薄いと辛いものね……」


 太古の昔から樹海の王や精霊が宿る樹木と尊ばれてきた精王樹は、実は魔物の部類に属している。ただ、縄張りを侵した者を排除する以外、積極的に襲ってきたり捕食したりはしない。その上、地下から魔素を吸い上げて魔力を溜め、残った魔素を空中に放ったりもする。

 そんな生態を持つゆえに、樹海の王だの精霊の宿り木だのと呼ばれているらしい。

 古代種である魔樹をいっきに成長させたせいか、植物と相性が良い属性魔力の結晶を媒体にしても体内貯蔵の魔力のほとんどを使い果たしてしまった。魔力欠乏にまでは至らないものの、半端ない疲労が蓄積した時のように怠さや眩暈に襲われて足元が危うくなりつつある。

 地震が完全に収まったのに私自身がゆらゆらしている不甲斐なさに、仕方なしに足を止めて座り込み、魔力回復のポーションを取り出して一気に飲み干した。

 甘苦いねっとりとした液体が喉を通ってゆく。魔力残量が少なければ少ないほど不味く感じる副作用。噎せて咳込みながら水筒を出して水を飲む。


「回復剤依存にならないように味は不味くするって……ほんと嫌な決まり事よね」


 治療師や『光の』異名持ちがいても、薬師の補助は必要だ。目に見える怪我や炎症などを治しても、毒を早急に解毒しても、患者の肉体が以前のように快癒したとはいえない。傷口を塞いだからといって、失った血液や繋がったばかりの筋肉や皮膚が元に戻ったわけじゃない。

 ゆっくり造血剤でと増血し、回復薬で新たな筋や皮膚を強くする。折れた骨だって、繋げれば終わりじゃないのだ。

 薬と食事と安静。この三つで養生してもらう。

 でも、料理は美味しく、薬は苦く。

 ……どうせなら、美味しいって言ってもらえる生産職に転職しようかなー。

 などと、ぼんやり気味の頭で先の人生設計に思いを馳せていたところに、崩壊とは違う震動と爆炎に気づいて急ぎ立ち上がった。

 魔力欠乏で思考が鈍り、緊張感が薄らいでいたようだ。回復と共に現実に引き戻され、ぶるりと身体が震える。

 

 ――どうしよう。


 ギルたちの中に私がいないと気づいたら、捜索の手をこちらに向けるかもしれない。発見される前に精王樹の陰に隠れてしまえば、そうは簡単に見つかりはしないだろうけれど。

 小さな領土の出入口から宮殿に向かって緩やかな上り坂が続き、私がいる地点からは整然と並ぶ灰色の屋根の群れが見下ろせる。その狭間から土煙や火花が舞い上がり、だんだんと近づいてくるのがわかる。

 やはり内部に入られたかと焦りを感じ、ギルたちとの合流を諦めて来た道を足早に戻った。

 人質にでもされたら目も当てられない。殺されはしないだろうが、ギルたちの本来の任務である『光の魔法士』捕縛の邪魔になること間違いない。

 魔樹の木立はいまだ急成長を続け、すでに長い石段は伸びかけの精王樹に占領されていた。流れ出ていた靄も木々が抑えになったらしく、薄暗い木立は輪郭を曖昧にしている。

 私はいまだ石や岩からピシピシと音を立てている魔樹の林に駆け込み、幹の陰から戦場になった平民街を覗き見た。

 どちらかの攻撃によって破壊された白壁の建屋から粉塵がもうもうと舞い立ち、ショーティーらしき魔獣の咆哮が威圧を伴って辺りを揺るがした。

 今になって震えが止まらなくなる。

 手を見れば、血の気が引いて冷たくなった指先が小刻みに震えている。

 ここに来る間に何度も襲撃に遭い、私を護りながら迎え撃つギルたちの戦闘を見てきたのに、独り取り残されて寄る辺ない状況下で初めて感じる心細さだった。

 震える手を握り込み、大樹の根元にしゃがんで身を縮める。先ほどまで余裕は消し飛び、ひしひしと感じる身の危険に怯えるしかない。

 心の中でギルの名を呼び、助けを求める。でも、声にだけは出すまいと歯を食いしばって漏れそうになる泣き言を堪えた。


「リンカ! どこ!?」

「この辺りにいるはずだって……リンカァー!」


 涙が零れそうになった時、馴染んだ声が耳に届いた。

 あれはエマさんとファミーナさんだ。

 脳が認識した途端、私は周りの警戒なんて放り、木立から駆け出した。


「エマさん! ファミーナさん!」

「いたいた! よかったぁ~」

「無事ね!? どこも痛めたりして――きゃっ!」


 たった数日のことなのに、なんだか長く離ればなれになっていたかのような慕わしさを感じさせた。

 無我夢中で走ってエマさんの胸に飛び込んで抱きつく。


「やっと会えたわねぇ。心配してたのよぅ?」

「ごめんなさいっ。私の不注意で手を煩わせてしまって……」

「そぅれはこっちの台詞。リンカ……本当にごめんなさいね」


 よろめいたエマさんをファミーナさんが支え、私ごと抱き留めてくれる。戦闘グローブ越しに私の頬に残った涙の跡をそっと拭いながら、目を優しく細めて詫びてくれる。

 たぶん、ロイの所業を含め、護衛でありながら対処できなかったことに対する謝罪だ。


「もういいんです。ギルが助けてくれたし……依頼もどうにか完了できましたし」

「んふふっ。隊長とのドキドキ逃走は、どうだったぁん?」

「え!? ドドドドキドキって!」


 いきなりなファミーナさんの冷やかしに、私は一瞬現状を忘れて赤面し、あわあわと手を振り焦る。


「さあ、落ち着いたことだし~? さっさと避難しましょう?」


 私を無事に保護できたことを喜んでいる様子だけれど、ふたり共に視線と気配だけはピリピリとした緊張をはらんでいる。のんびりと長話をしている場合じゃないと気を引き締め、私も自分の足に気力をこめた。


「カークベル隊長とローデン副隊長は異名持ちを追い、他の隊員は黒猫ちゃんを先頭に帝国兵を蹴散らしてるわ」


 ファミーナさんの後を駆け足で従いながら、エマさんの状況説明を聞く。ショーティーが連絡係をしてくれていた時に、副隊長さんから届けられた報告を聞いたけれど、山道に陣を置く兵士の数に驚いた覚えがある。それを少数で撃退しているのだと話されても、俄かに信じられない。


「だっ、大丈夫なの?」

「心配な~い。なんたってショーティーちゃんがいるからね~。それに、隊長がなんだかとっても凄いのよぅ」


 凄いって……。


「今まで見せたことのない魔法をバシバシ撃ちまくってて、いったいどうしたのかしらねぇ?」

「確かに。私もたくさんの魔法使いを見てきましたが、遠目ですがあんな魔法は初めて見ました」


 え?? 


「リンカちゃーん。いきなり魔法使いに転身した隊長の事情、何か知らない?」


 ええ??


平成の内に終わらせたいー(願望)

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