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67話・『翠』の能力 『漆黒』の真実

 自然の砦に変えろと、フェルデは言い残して消えた。

 立っているのだって困難な状況の中、私は必死の思いで両足を踏ん張って平民街にあたる地区まで走る。

 任された後始末は、私の事情に関わるものだ。

 長く長く続いてきたトゥーリオと帝国の因縁は、とうとう私たちの代まで引きずられてきたけれど、ここで終止符を打つ。フェルデとレイカが命をかけて守ったトゥーリオの誇りを、今度は私とギルで永遠に眠らせる。


 とはいえ、ギルは回復薬が効いてくるまで無理をさせられない。

 他者に使われていた肉体は、いきなり意識を戻されても乖離が激しく違和感が残るらしい。酷い場合、解離性の障害が出たりすることもあるほどだ。そんな危険な状況下にあった心身を気力だけで戻すには、いくら強靭な軍人であっても多少の時間はかかる。

 その猶予を補うためにショーティーが先鋒に立つ。

 塔と洞の崩落による地震が収まれば、障壁結界前に陣取っていた帝国の連中が雪崩れ込んでくるだろう。

 すでに禁忌の小箱はこの世界から消え去り、今度はどんな手を使っても創り出すことはできない。でも、それを告げても帝国側は受け容れないだろう。欲に目が眩んだ者は、己の信じたいことしか信じないものだ。妄信に溺れた相手を説得する方法なんて、今の私は持ちあわせていない。

 黒い巨体がしなやかな動きで疾走してゆく。

 地震で混乱している内に、もっと搔き乱してやって。

 その間に、壊れ逝く皇王の地に緑の砦を築こう。


「リンカ、ここから先は俺たちの領分だ。待機している部下たちもショーティーを確認すれば動き出す」

「うん。気をつけてね」

「嫌になるほど休養は取った。では、行ってくる」


 首や肩を回して身体の調子を確かめたギルは、活き活きと瞳を輝かせてショーティーの後を追って走り出した。

 フェルデが消えてからのギルは、どこか以前の彼とは違う気配を纏っている。それが異名の復活の影響なのか、フェルデに憑かれていたせいなのか判断できないが、今の彼は目に見えない枷から解放されて伸び伸びとした活力に溢れて見えた。

 私は止めない。彼には彼の矜持があり、怒りや憤りや――任務に対しての責任を果たしにゆくのだから。


「頑張って!」


 一声だけかけて、私は宮殿門の前で足を止める。乳白色のベールの向こうに消える後ろ姿を見送り、ここが私の戦場だと鼻息荒く気合を入れた。

 トゥーリオの最後。真の終わりを迎えようとしている古の故郷を、私はじっくりと目に焼きつける。

 白水晶で造られた太い門柱だけが残った皇王の所有地の境界から、平民街に続く長い石段が横たわり、結界が途切れ始めたからか靄が川や滝のように下界へと揺れによって振り落とされている。

 地震さえなければ神秘的で美しい光景だろうが、今はそれが終焉を迎えるこの地から逃れるゆく魔素(マナ)に見え、なんだかもの悲しく思えた。


「さて、始めましょうか。この地から生じた物は、すべてこの地に」


 一度は投げ捨てた魔翠晶鉱を鞄から出し、門の中央に置く。あれだけ手荒に扱ったのに、欠けもせずほのかに光っている。まるでロンド婆ちゃんのような逞しさだ。

 そして、母が残した形見。小箱が奪い返された場合を想定して、ひとつだけ抜き取っておいたらしい最後の貴石。

 真っ青な色の『竜魂石』と呼ばれる小さな貴石を片手に握りしめて、ゆっくりと魔力を流し込む。


「精王樹よ。その種子に貴石の魂を纏え。私の魔力と魔翠晶鉱を糧にあなたたちの楽園を創造したまえ」


 残った片手で鞄の中から愛らしい蝶の形をした種を空中に放る。それを何度も繰り返し、最後に竜魂石を砕いた。

 種は微風と靄の波に乗って舞いあがり、竜魂石の粉を纏いつかせてキラキラと煌きながら本物の蝶のように四方へと飛んでゆく。

 古代種の植物の中ではいちばん強靭で、恐ろしいほどの生命力を持つ樹木。どんな天災に会っても生き残り、意志を持つ樹と崇められ精霊の宿り木と呼ばれている。


「源樹はここに。何人(なんぴと)の侵入を許すことなく、この地を自然に還したまえ」


 魔翠晶鉱のごつごつとした表面に、ことさら大きな種子を挟み込む。

 そして、【繁栄】の詠唱を繰り返しながら魔翠晶鉱に魔力を流し込んだ。


 パキリ、と魔翠晶鉱にヒビが走り、その隙間に種子から伸びた何本もの根が入り込む。

 魔翠晶鉱を養分とし、私の魔力で成長速度を増した古代種は、みるみるうちに根を張り芽を出し茎を伸ばす。

 揺れによってできた地割れに太い根が滑り込み、崩落しかけていた石垣や階段が歪な形で拘束されてゆく。

 源樹が子を呼び、周辺に散った種子たちが勢いよく増殖を開始した。

 私は石段を駆け降りながら下に退避し、宮殿門を見上げる。


「翠の神力よ。この聖なる山を永遠に守護なさい」


 すでに魔翠晶鉱は源樹に抱かれて見えなくなり、白々とした廃墟はいまや濃緑の葉を茂らせ、私が腕を回しても指先すら届かないような太い幹をした精王樹たちに占領されて埋もれていった。

 立っているのも大変だった揺れと地響きが、次第に終息してゆく。

 精王樹が地下に根を伸ばし、塔や洞の底に浸食を始めて崩落を抑え込み始めたのだろう。

 いずれ平民街も精王樹の森に飲み込まれ、亡国の欠片だけを残して歴史の隅に埋もれ去る。

 霊峰はただのガラ山になり、山脈の一部に戻るだけ。

 私は胸を反らして深呼吸し、精王樹の森に変化した宮殿跡をひと眺めすると踵をかえした。

 もうこの場所を訪ねることはない。

 母や私の血族の故郷であっても、人生を過ごした場所じゃない。

 私には、霊峰アリスレードとマジュの森が本当の故郷なのだから。


「さあ、次はギルの番よ。異名開放された今、存分にその力を揮いなさい」


 『漆黒の魔法士』の力。

 とくと見せていただきましょう。

 自分の愛猫だったはずの黒猫が、実は別に飼い主がいたなんて知った私の悔しさを覆してくれるくらい働いてくださいね。

 あー! 腹立つーーーっ!!


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