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44話・敵襲

 森の暗がりから、私をめがけて何かが飛んできた。エマさんがラグールに跨ったまま、間髪入れず剣を一閃斬り捨てる。

 破裂音を立てて細かい火花が散り、中空に消えた。

 火属性の下位の攻撃魔法だ。


「走れ!!」


 ギルの号令が飛び、私たちはいっせいにラグールの横っ腹を蹴る。

 途端に、左右の森の中から攻撃が始まった。降り注ぐのは火と水。すべて下位の攻撃魔法だったが、襲撃者が下位しか使えないわけではないことぐらい心得ていた。

 

 数日前の打ち合わせの際、ギルは私に向かい合うと力の篭った眼でしっかりと見つめ、厳しい口調で何度も念を押してきた。

 この先の道程で敵はかならず仕掛けてくる。今まで襲撃がなかったのは守備もだが、襲撃や罠が仕掛けにくい場所を選んで通ってきた結果でもあった。しかし、これから先は一本道の上に襲うには絶好の地点ばかりだ。連中は確実にやってくる。

 ただ、こちらが向こうよりわずかだけ有利な点がある。

 私だ。襲撃の目的であるリンカ・レンショウだ。

 私を殺してしまっては本末転倒。半死半生で攫ったとしても、道中で死なれてしまっては話にならない。威嚇のために攻撃してくるだろうが、遠中距離の攻撃は下位魔法がほとんどだろう。

 もっとも警戒すべきは、その後にくる近接攻撃。つまり、武器を手にして近づいてくる敵だ。


「敵の目的はリンカを生かして誘拐することだ。どんなに攻撃されても狙いは俺たち護衛だから、リンカは慌てず騒がず指示に従って逃げること」


 ギルが一言一言しっかりと告げるのに頷きつつも、私はもやもやする胸の内をそろりとこぼす。


「でも……私の代わりに皆さんが……」

「嬢ちゃんが俺たちに気を遣って離れるとな、そのぶん奴らは気兼ねなしに俺たちを攻撃できるって寸法だ。つまりな――嬢ちゃんは、俺たちにとっても絶好の盾だってわけ」


 辛辣であり正直な内情が、副隊長ローデンの薄い唇から吐き出される。まわりを囲んだ他の隊員やエマさんの冷たい睨みなど気にも留めず、彼は嫌がらせのようにニヤリとしてみせた。

 ちくちくと胸が痛い。

 それは怯えだったり悲しさだったり、情けなさだ。守られる立場であってもすこしくらいは反撃できる手があればと考えるけれど、どれもこれも援護にすらならない。私が彼等の盾になるなら、それはそれで「すこしは役に立つ」ってことだ。


「……私が護衛にくっついていれば、大きな攻撃はされないと……」

「そーゆーこった。その代り下位の遠距離魔法がばら撒かれると予想はつく。俺たちは嬢ちゃんを攻撃から守るため防衛行動一辺倒になる。となると、反撃は容易じゃない。そこを狙われるだろう。囲まれたら脱出は困難だ」

「そんな……」

「だから、全力で走ってもらう。怖がらず落ちずラグールで突っ走れるように練習してくれ。頼むぜ。嬢ちゃん」


 副隊長さんの最後の指示に、血の気を失っていた私はもっと蒼白になったのは言うまでもない。

 でも、やった。やりましたよ! ラグールを購入した山村の外れで、エマさんを教師にジャル・ロウとローレンを従えて。

 何度も落ちたし何度も泣いた。それでも踏ん張った。途中でエマさんが中断を申し入れたけれど、私は受け入れなかった。

 怪我と体力は自分が作った薬で回復し、恐怖はエマさんとローレンの的確な助言と励ましでじょじょに消えていった。一刻が過ぎるごとに私はラグールの背に慣れ、揺れと速さに体が馴染んでいった。

 町娘じゃなかったのがよかったのかも。マジュの森の中を駆けずり回り、迷子になったり野宿をしたりして育ったんだもの。

 最後には、ジャル・ロウの口から「すごい」の言葉を引き出せた。手綱を握っていた手のひらは赤剥け、ラグールから降りた時には脚や股はヒリヒリがくがくだった。

 泣いて浮腫んだ目で宿の戸口に立って迎えた副隊長さんをひと睨みし、胸を張って部屋に戻った。

 階段の途中ですれ違ったギルは、私の頭を軽く撫でて労わってくれた。

 ふれあいひとつで、痛かった胸がぽっと温かくなった。


 だから、負けられない。握りしめた手綱を適度に緩め、私に好意的な感情を示してくれるラグールにすべてを任せて走らせた。

 寒いはずなのに背中や額を汗が流れ落ち、息を吸いこむたびに喉が枯れる。騒がしい呼吸と耳の奥で響く鼓動を数え、私を囲む護衛たちの気配だけに意識を集中した。

 怖い。でも、大丈夫。あれだけ訓練したんだから。湧き上がる恐怖を、呪文のように「大丈夫」で抑えこむ。

 私を含め六人を乗せたラグールたちは、砂利道を土煙を上げて疾走した。

 前方で青と黒の花火と煙が上がる。先行した副隊長さんの合図のだ。

 と、その時だった。突如として獣の凄まじい咆哮が一帯に響き渡った。黒装束の男が、喉元付近から血を噴き上げて道に転げ出てきた。

 こんな時に魔獣の横槍かと戦慄した。


「止まるな! 急げ!!」


 雄叫びは私を怯ませるには十分だったが、ギルの大音声が正気に引き戻してくれた。

 体に余計な力は入れない。わずかに浮かせた腰は安定を。腿でラグールの脇をしっかり締めて。

 頭の中でそれだけを繰り返し、周囲の雑音を排除した。

 魔獣であろうが襲撃者であろうが、ここで立ち竦んでしまったらすべてが終わり。それを回避するために、私はギルの背だけを追いかけた。

 夕暮れにはまだ時間があった。細いとはいえ、木々が除かれた山道は陽が射しこんで明るい。

 陽光の下を走る私たちは、森の中から狙う者たちにとって狙いやすい的になる。かといってこのまま森の中に突っ込んでも、敵がどこにどんなふうに潜んでいるか判らない以上は、無暗に森には入れない。

 障害物の多い森の中を追われて、ばらばらに逃げ惑うことになっては最悪だ。


「見えた!!」

「突っ込め!」


 木を伐採してできた、休憩用の空き地らしい開けた場所が見えてきた。

 馬車は無理だけれどラグールに引かせた荷馬車なら通るらしく、小川の近くに休憩用の空き地が設けられている。

 そこに、先行したふたりがラグールと共に構えていた。

 私たちは必死の形相でラグールを急き立て、ふたりの脇へと滑り込んでいった。


 バリバリバリー-ー―ッ!!


 全員が空き地に飛び込んだ瞬間、背後でけたたましい破壊音が響いた。まるで何かが裂けるような耳に痛い轟音だ。

 でも、私は振り返ることなくラグールから飛び降りると、手筈通りに手綱を引いて一目散に森の中に逃げ込んだ。両脇にはエマさんとファミーナさん。後ろから他の隊員が追ってくる。


「止まってっ」


 ファミーナさんが私の腕を掴んで小声で指示すると、すぐに太い木の根元の藪の中に入って身を伏せた。

 ラグールも物々しい雰囲気を感じてか、太い木の影に身を寄せ合ってじっとしている。


「おい……あれ」

「なん……もしかしたら――じゃ」


 すぐに私たちの側に集まるはずのギルたちが、口々に何かを言い交しながら森と空き地の境目から離れようとしないのが見えた。


「どうしたのかしら……」

「何かを見てる?」


 エマさんとファミーナさんが、難しい顔をして仲間の背中を凝視する。私もわずかに上体を起こして藪の隙間から覗いた。

 声はするけれど、はっきりとは聞こえない。

 でも。


「――だろう。魔獣にしては――だ」


 さっき雄叫びを上げていた魔獣?

 それが、どうしたの? 


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