27話・シーラの罪 1
密やかな会話が聞こえる。
低い上に声を落としているから途切れ途切れにしか届かないけれど、深刻な話しをしていることだけは判る。その割に、嘲笑うかのような冷たい含み笑いと呆れ笑いが混じっているのがなんだか嫌な感じー。
睨みあったり嫌味の応酬をやっていても、彼らはどこか気が合うらしい。それを指摘したら、きっとふたりは物凄く腹を立てるだろうけれど。
廊下に面する食堂の二枚扉はどちらも開かれ、談笑する男たちの声以外は静かなもの。給仕役の男女は物音一つ立てずに、主人とお客様をもてなしている。
上流階級の人たちにとって使用人は家具と同じだ、と誰かが話していたことを思い出した。こうして外側から見ると、確かにそのようだと思う。
シェルク様もギルバートも、給仕役の存在はまったく意識にない様子で食事をしながら談話している。
私は案内してくれた侍女さんにお礼を言って、精一杯のしとやかさを装いふたりの側に近づいていった。
「お待たせして、すみません。またお世話をおかけしました……」
ふたりの視線が私に向けられ、心から心配してくれているのが感じられた。嬉しいんだけれど、申し訳なくて。
あー、こんなに種類の違う美形の男性に見つめられる経験がなかったから、この程度でも赤面しそうだ。
「ゆっくり休めたようだね。さあ、今度はお腹を満たしなさい」
「ありがとうございます。なんだか眠ってばっかりで……」
「長旅の直後だからね。そんなものだよ」
「お言葉に甘えます」
シェルク様の優しい声に従ってギルバートの向かい側の席につき、神に祈りを捧げてから夕食を始めた。
暖かい煮込みスープが、ゆっくり喉を通って体の中を温めてゆく。
カルミア王国は侵略戦争が多かっただけに、現在は多民族国家となっている。そのため、北から南に伸びる領土には多種多様な食材と料理が伝わり、国民はそれを楽しんで受け入れている。
シェルク様のお家の食卓はその恩恵を十分に甘受しており、あまり濃い味付けや風味の強い物は好まないらしいが、それでもたくさんの料理が並べられている。
ふたりは先に食事を始めていたらしく、私が食べ終えるのを食後のお酒を飲みつつ待ってくれているようだった。
たっぷりと食べて飲んで、その後は三人で談話室に移った。
ふたり用のお酒と私用の軽い果実酒を用意してもらい、侍従さんたちが下がったところでシェルク様が防諜魔道具を展開する。
この国に来てからやたらと目にするそれに、私は内心でげんなりしていた。
たぶん、アーデルベルトであっても重要な地位や立場にある人たちの周りには、当然のように置かれているんだろう。でも、そんな物が当然になる環境って、やっぱり嫌だなー。
「では、話そうか」
シェルク様が厳かに告げた。
「まずは、『光の魔女』シーラに関してだ」
続いて、ギルバートが口を開く。
私も背筋を伸ばして聞く態勢を取った。
「あの女は異名持ちではない。偽物だ」
「あ……はぁ!?」
いきなり放たれた思いもよらない暴露に、私は手にしたタンブラーを落としかけるほど驚き、慌てて両手で押さえた。
この国に到着して二日。驚かされるのは何度目になるんだろう。
もうお腹いっぱいだわ。嘘だの偽装だのでっち上げだのって真実は!
「中位の光属性と下位の水属性を持つだけの、単なる魔法使いでしかなかった。成人と同時に教会にでも入れておけば、それなりに役立つ真人間になってたのだろうが、親と周囲の大人が屑ばかりだったのが災いしたらしい」
「でも、異名紋章の刻印はあったんですよね? じゃないと、保護局に登録できませんし……」
「父親が色入れで偽装したのだそうだ」
色入れとは、鉱物や植物の色素を使って、魔法で転写することだ。主に、家畜につける所有印などに使う。
それを娘に……。苦痛はないらしいけれど、通常の使用目的が目的だけに人の肌に写す人はいない。そんなことをすれば、つけられた人は家畜同然だと示されたようなものだ。人の尊厳を何だと思ってるの?
「でもでも、と、登録は魔道具を使って紋章を――」
「金で局員を買収していた」
うわー……。保護局に登録するってのは、ある意味公に異名持ちだって証明したことになる。厳しい審査とごまかしの効かない魔道具を使った紋章認証があるから、登録している異名持ちは正当な『神の加護を持つ者』だと誰もが認めるのだ。
なのに、紋章をねつ造した上に局員まで一緒になって偽装工作するって、いったいアーデルベルトの保護局内部はどうなってるの!?
こんなことが世間に知れたら……。
「どうして、シーラが偽物だって判ったんですか?」
繊細な泡が立ちのぼる金色のゴブレットを両手に包み、私は想像した恐ろしい未来に項垂れた。
シーラの正体を暴いた人がいて、偽物証明をする方法がある。
それは完全な方法なのかな? また誰かが偽装したら? 逆手に取られて、本物の異名持ちが偽物と誤認されてしまったら?
「上流階級の連中から訴えがあった。大金を払ったのに碌な治療もしないで逃げたと。政府の法務局に訴えたが、いつまでたっても解決しない、と。俺の部隊は軍司令の直属だが、政府議会長の直属でもある。その議会長から、密命が下された」
「それは、あの呪魔創傷を負う前……ですか?」
「そうだ」
ぶるっと背中に寒さを感じて震える。
私は目を見開き、ギルバートを凝視した。
「じゃ、じゃあ、あの変な人たちに襲われたのって……」
「内通者がいたらしい。が、寸前で逃げられた」
「もしかして……ロベルトが死んだのも?」
「ああ、口封じだったらしいが、それも実行犯はシーラだ」
人を殺めることに躊躇がなかったのは、すでに一線を越えてしまったからなのね。
それにしても、他国の王が同席する場で攻撃魔法を行使するなんて。リカルド国王の口ぶりからすると、あのご老人は重臣のお一人だろう。その方に向けて――その行いの果てに、自分がどう扱われるかも判断できない程おかしくなっていたのかな。
彼女自身、そんなことまでして何を望んでいたのか。
酔いもあってか、脳内がぐるぐるする。
「密命って……でも、ギルバートさんは別の任務にもついてましたよね……。魔獣退治とか、私の捜索とか」
ぐるぐると一緒に、さまざまな疑問が飛び出す。
「そうだ。あれは密命の一環だ。何しろシーラの後ろには軍の上層部がついてたからな」
あ、そうか。政府議会長からの密命だもんね。任務中だから、軍のお仕事は引き受けられませんとは言えないだろう。
それに、カーリーンさんが言ってたっけ。シーラは軍に匿われているんだって。そうなると、シーラ一行の中にいたカーリーンさんの上官にあたる軍のお偉いさんが、シーラの協力者ってことになるわけか。
ギルバートが議会長から、シーラに関しての密命を受けてるなんてバレたら大変だ。
本当に複雑で大規模な事件だ。
シーラが中心にいるけれど、頭がお花畑なシーラが企みのすべてを担っていたとは思えない。親やその共犯によって彼女が偽の異名持ちに作り上げられ、そこから計画された謀略なのかも。
その後も、長い内情がギルバートから語られた。
シーラの親が詐欺を思いついたのは、彼女が子供の頃から美しかったのに加えて光属性を持っていたから。
その幸運を真っ当な道に向けることなく歪めてしまい、幼かったシーラは親の言うまま受け入れてしまった。
小さな詐欺は悪心や邪心を呼び込み、群がる者たちに蝶よ花よと煽てられて、いつの間にか重大な犯罪の中心に置かれた。
「うちのジャルジェ宰相殿が言っておったが、まるで本当の娼婦のようではないか。頭のほうはアレだが、見目と色は高級だったらしい」
「あれを高級娼婦と言っては、彼女たちに失礼だろう」
果実酒を噴き出しそうになり、咄嗟にナプキンを口に当てた。
シェルク様……キレイな顔で、大人過ぎるお話はやめてください!




