26話・魔女は嵐に巻き込まれる
結局、私の質問にギルバートは答えることはなく、この場から急ぎ撤退しなくてはならなくなった。
というのも、私の気力が持たず、今度は自力で動くことができなくなったからだ。
足は根が張ったよう上がらず、膝は盛大に震えて前に出せない。ふらついた弾みにギルバートのお腹に突っ込み、彼に支えられてようやく立っていられるような具合だ。
最終的にはギルバートの肩に荷物担ぎされ、シェルク様に従って現場から離れた。小さな体と小さな脳は、もはや恥ずかしさに抵抗する力も残っておらず、ただ無心にドレスの裾が煽られないように押さえていた。
落ち着いた後に乙女の尊厳を主張して文句を言ったら、両手が塞がっては異変に対処できないからだと答えられ、返す言葉を失ってしまった。その夜は、悔し涙で枕を濡らしたのは言うまでもない。
さて、またもや城内をあちこち曲って狭い戸口から外に出ると、ようやく私はギルバートの肩から降ろされ、放心したまま馬車に乗せられた。
シェルク様のお屋敷に戻るんだなと鈍った頭でぼんやりと考えながら、強張った体から力を抜いて背凭れに寄りかかった。その頃には震えも治まり、妙な倦怠感だけが残った。
小窓の外には木立越しに湖の水面が輝いて見え、その自然の美しさがすこしだけ怯える心を慰めてくれる。緑光湖がある風景に見えてきて、なんだかマジュの森が恋しくなった。
「……招待してはいないのだが?」
「あいにく俺には任務があるのでな。リンカの側から離れるわけにいかないんだ」
馬車が走り出してまもなく、なぜか男の声がふたつ聞こえた。
それまでぼうっと湖を眺めていた私は、我に返って隣を振り返った。
「ど……どうして、ギルバートさんが一緒なんですか!?」
「お前が危なっかしいからだ。それに、あの女のことも説明しないとならんだろう」
ギルバートは私の隣にどっかりと座り、さっきと同じ険しい顔で向かいのシェルク様を睨んでいた。
なぜシェルク様を睨んでるの? と、ふたりを交互に見やると、二人同時になにやら意味深長な薄笑いを浮かべる。
背筋に冷たいものが走り、今はこれ以上複雑なことを考えないよう無視することに決めて、また外を眺めた。
逃避行に丁度いいなんて安易な気持ちで依頼を受けて来てしまったけれど、さすがにここまで複雑な裏があっては後悔したくなる。
依頼内容が、小箱を所定の場所へ運ぶって一言で終わるような作業なのに、この先どれだけの苦行が待ち受けているのか……。
それに加えて、なんだかシーラの事情も可笑しな流れらしいし。
なぜ、あれもこれもが私に関わってくるんだろう。
「はぁ……」
「リンカ、大丈夫か?」
無意識に漏らした溜息に、横に座っているギルバートが即座に反応し、え? と思った時には彼の手が私の額に押しつけられていた。
その感触が船上でのことを思い出させ、瞬時に顔面に血が上りだした。
なんなの? どうしたの? この人!
「なっ、なんでも……」
「発熱している様子だが? この年寄りの異名持ちと腹の底が見えない国王に、無理難題を押しつけられでもしたのか?」
「へあ!?」
すべてについて鋭すぎる指摘に、変な声が出る。
それに、まだ額に貼り付いてる彼の手がぁ! 手がぁぁぁ!!
「何を勝手なことを言っているんだね? 君は、あの『光の魔女』の護衛ではなかったかな?」
「事情は後で話すが、今の俺は『翠の魔女』の護衛任務についている」
「きいてませんよ!? なんです? それ」
「極秘任務だ」
「極秘って……どこが!?」
私の知っている極秘と、軍が設定してるそれは違うんだろうか? 極秘って、誰にも知られずってことよね?
もう、頭が爆発しそうだぁ。
「後で話すから、すこし休め。眠っても運んでやるから」
するっと額の手が離れ、今度は頬を軽く叩いていった。
私の心臓は乱れ放題で、今度は違う理由で目を回してきゅっと逝きそうだった。
あの冷徹って雰囲気の隊長さんは、どこにいったの!?
「どうせなら、この年寄りも運んでもらいたいものだ。昨日、滅多にせんことをしたものでねぇ。あちこちが痛むのだよ」
え? え? シェルク様まで、どうなさったの?
あちこちって、ほぼ腹筋だと思いますが。痛みを感じてらっしゃるなら、私に言ってくださればよかったのに。今頃なぜ……。
「何をしたのか知らんが、年寄りの冷や水は止めておけ。寝込まれては若い者の迷惑になるだけだ」
「迷惑とな? 迷惑……ああ、私のリンカにもね、付きまとっている者がいて困っているのだよ。今はそれほど実害はなさそうなのだがね、この先は駄犬になるか狂犬になるか……よく視えなくてねぇ」
「ほう。『星の魔法士』殿は、噂ほどではないということだな」
だ……誰か、助けて。この狭い空間にいたくない。逃げたい。逃げ出したい。なにこれ? 突然どうしたの?
なんで、私がダシに使われているの!
だから、耳を塞いで本気で眠ることにしました。
肩に担がれて運ばれようが、もうどうでもいいー。
あの、殺伐とした中ですとんと眠りについた自分を、褒めていいのか図太いと自嘲したらいいのか。
目を覚ましたらまた夕方で、一張羅も脱がされベッドの上でした。
二日続けての失態に、涙が出そうだ。




