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20話・グランディオス大陸上陸

 豪華客船は七日間の航海を終えて、グランディオス大陸の南端にあるカルミア王国リンゼル公領に無事到着した。

 カルミアの海の玄関と称されるリンゼル公領は海運貿易の重要港が置かれ、国内外を問わず物流の要のひとつとなっている。

 そして、魔道具開発の一大拠点でもあり、魔道具に関わるスキルを持つ魔法使いや異名持ちたちが、世界中から山や海を越えて集まって来ている。彼らにとっては、憧れの都だ。

 巨大港の端に停泊した客船から下船した私は、『光の魔女』ご一行の一部の人たちと別れの挨拶をすますと、真っ直ぐに出入国管理所へと向かった。

 船の中では現実感のなかった初めての国外脱出は、手続きをすませて管理所を出た所でやっと実感できた。

 光景も空も、匂いも色も私の知るものとは違っていて、魔素(マナ)すら感触が異なって感じる。

 海風特有の複雑な潮の匂いがする中、大荷物を山のように積んだ馬車や荷車、アーデルベルトでもよく見かける魔道積載車が、広い敷地をあちこちに向かって走ってゆく。その合間を、屈強な男たちが濁声でがなり立てながら、群れをなして行き交っている。

 熱気ある賑わいと荒々しさに圧倒された私は、近づいてくる人の気配に気づかずに、ほうけたように眺めていた。


「『翠の魔女』リンカ・レンショウ様でございましょうか?」


 石造りの古風な建物から出てきた私に、前時代的な侍女と騎士の服装の男女が、にこやかに声をかけてきた。

 いきなり名を呼ばれ、私は慌てて身嗜みを整えて顔を上げた。

 今日のために買い揃えたすこし大人っぽい濃緑(こみどり)色を基調にした洒落たドレススーツ姿なのに、中身がこれじゃ笑われても仕方ないか。


「はい。アーデルベルトから参りましたリンカ・レンショウです」

「ようこそ、いらっしゃいました。心より歓迎いたしますわ」

「シェルク様より言付かり、お迎えに上がりました。さあ、どうぞ」


 えんじ色のすらりとした長いドレスに、腰を絞った黒の上着を着た愛らしい女性が浅く膝を折ってお辞儀をし、黒の禁欲的な騎士服の青年が、優しく微笑んで私に手を差しだしてきた。

 わあっと感嘆の声を上げなかっただけ、私も大人になったものよね。でも、きっと顔は真っ赤だ。

 だって、生まれてこのかた騎士様にエスコートなんてしてもらった経験も機会もないんだから。

 震える手を取られて騎士に連れていかれた先には、これまた驚くような豪華な箱馬車が待っていた。

 ステップに足をかけて乗車し、美しい絹張りの座席に腰を下ろして――それ以降は夢の中のような陶酔感で記憶が飛んでいる。


「フフッ……『翠の魔女』殿は、実にお可愛らしい」


 夢から覚めた時、私の前には神々しいほどの気配を纏ったシェルク様が立ち、含み笑いをしながら出迎えてくださった。

 場所は静かな林の中に佇む立派な古城の前で、故郷で出会った時のような異装のシェルク様を見てしまうと、本当は夢の続きではないのかと錯覚しそうだった。

 でも、その薄い唇から発せられた笑い声と言葉に、私はすぐに正気に戻された。

 私は挨拶すらしてないのに、なんで私のありさまを知ってるかのような台詞が出てくるの? 

 見てたのね? 絶対、見てたのよね! なんて能力の無駄遣い!


「シェルク様! お恨みします!」


 涙目で睨んだまま、私は心の叫びを口にした。

 そこからは、もう『星の魔法士』様のイメージは総崩れした。

 お腹を抱えて苦しげに笑いだしたシェルク様は、最後は息も絶え絶えになってお傍付きの従者に支えられながら城内に入り、初対面の挨拶も儀礼的な何もかもを吹っ飛ばして応接間に連れていかれた。

 これじゃ、初対面の新鮮さも感動もあったもんじゃない。

 シェルク様は肩で息をしながら優美な長椅子に座り込んだけれど、私に目をやるとすぐに笑いの発作に襲われ、また肩先を振るわせ笑いだした。

 結局、私はしばらく遠い目をしてお茶をいただきながら、発作が収まるのを静かに待つことになった。

 どうしよう。このなし崩しのご対面を。

 私が悪いの? 覗き見好きな、笑い上戸の『星の魔法士』様が悪いの?



 ようやく会話ができるまでに復活したシェルク様と顔を見あわせ、改めて挨拶を交わした。

 

「船旅はどうだったかな? 慣れぬ潮風と面白みのない景色の日々に疲れただろう?」


 先に大笑いする声を聞いたせいか、ゆったりと穏やかな口調と声は私を心地よくした。


「すべてが初めての体験でしたので、とても楽しく過ごせました。波の煌きや巨大な海獣の群れが飛び跳ねる姿や……むしろ、船内のぎすぎすした雰囲気のほうが息苦しいくらいでした」

「ああ、それで私は恨まれてしまったのかな?」


 侍女さんが淹れ直してくれた果実の香りがするお茶を飲み、知らず知らずに吐息が零れた。


「まさか大歓迎とご返答されるとは、思ってもみませんでした。あんな、おかしな我がままに……」

「私も陛下も面食らってしまってね。拒むのは簡単だが、相手にはアーデルベルト共和国を代表する名門家の方々もおいでだ。親善外交かと思えば、『翠の魔女』殿の代わりに依頼を受ける者がいるからなどと怪しげなことを言ってくる始末。となると、下手な返答で貴女に迷惑がかかるやも知れぬと考えたら、あのように応えるしかなくてねぇ」


 私のことまで気を回しての返信だと知って、さっきの批難は申し訳なく思ったけれど、微苦笑しているシェルク様の銀と紫の入り混じった不思議な双眸には、何か面白がっているような軽侮を含んだ笑いが見える。

 なるほど、隠すのも道理かと、私はこの他者の心を刺し貫いて暴き出すような色合いの眼を見て、初めて会った時のベールで目元を隠していた理由に思い当たった。

 心に疚しさを忍ばせている人間には、この目に晒されるのは怖いだろうなぁ。

 私にとって、さっきの涙を浮かべて大笑いしていた姿が衝撃だっただけに、恐れよりも綺麗なのに残念な気持ちのほうが大きくて。


「私が安易に保護局員に伝えてしまったせいで、申し訳ありません……」

「個人情報の扱いを軽んじる彼らが悪い。貴女のせいではないよ。だいたい、依頼内容すら話しておらんのに、何を代わりに引き受けるつもりだったのやら……」

「たぶん、私の代役を務めることが重要だったわけじゃなく、『星の魔法士』様にお会いする機会を得ようと思ったのかと……」

「私に会って、どうすると?」


 私はその心底から理解できないといった様子のシェルク様に、内心で大きく溜息をついた。

 偉人ほど、己の影響力を知らないものだ。敬い尊ばれていることすら、特別なものじゃないと思っている節がある。なまじ異名持ちだけに、相手が同じように異名持ちの場合、同等の立場だと思っている。

 心に邪心を持たない人なら、なおさらシーラのような欲深い異名持ちの心理など理解できないだろう。


「色気と肉体を使って口説かれますよ?」


 私の歯に衣着せぬ物言いに、シェルク様は驚いて硬直した。

 目を丸くする『星の魔法士』様を見れて、私はしてやったりと留飲を下げた。


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