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雇われ魔王の奮闘記  作者: 茉莉花
22/22

魔王様、過去を見る

 『助けて……あの人を…………』


 「うげ」


 魔王専用の宮は豪華絢爛そのもので、眩しいくらいギラギラとした装飾品とゴテゴテの家具、どでかすぎるベッドが用意されていた。

 今日はゆっくり休んでいいとのお達しが来たので、遠慮なくベッドに飛び込んだのだが、枕元にある球体が光って変な声が聞こえてきたのだ。

 これは、間違いなくトラブルの目になりそうなフラグ。

 無視して目を閉じても、球体の光はキラキラと主張する。


 「なんでそうさ、簡単に、他人に助けて貰おうとかすっかな!」


 簡単に甘えられる人は、常に誰かに助けられているからだ。

 きっと、愛された人なんだ。

 手を伸ばせば、必ず誰かが助けてくれた幸せもの。


 「馬鹿だろ。私なんかに助けを求めるなんて、馬鹿じゃね?」


 【王様セット】を脱ぎ捨てる。

 すると光は治まり、ただのガラス玉のオブジェになった。

 これはきっと、『魔王』に反応するように設定されたものだ。

 他の魔族でもなく、『魔王』に願わなければならなかった、救い。


 「だー!もー!今度こそのんびりまったり海とか堪能できると思ったのにさ!バイト魔王なんぞに頼むんじゃねーよ。チクショー」


 床にゴロゴロ転がった王冠を拾い、赤マントを羽織る。

 これもバイトの仕事だというのなら、仕方ないじゃんよ。


 『お願……あの人を…………助け……』


 再び光り出したガラス玉は、意味なく助けを乞うだけだ。

 もっと具体的に言えよ!という突っ込みをしてもいいだろうか。


 「何かして欲しいなら、詳しく言え。私だって出来ることと出来ないことがあるんだから」


 むんずと玉を掴む。

 掴んだ指の隙間から、さらに強い光が零れ、目の前が白く塗り尽くされた。







 「あなた、弱すぎね」


 地面に転がった上半身裸の細マッチョを見下ろしながら、『私』は微笑んだ。

 白に近い金髪を無造作に結った細マッチョは、悔しい感情を露わに顔を歪めていた。

 そう、『私』が『魔王』となった日から、この男は『私』に挑んでくる。

 男曰く、歴代の魔王に仕える時は必ず腕試しをし、負けて初めて王と認めるのだという。

 『私』を魔王に選定した白人の話では、歴代の魔王は異世界の人間、特に日本人を選んでいると聞いた。

 この男は、己が竜であり、魔王が人間であると知っていて、戦いを挑んでくる。

 『誰でも簡単☆王様セット』が無ければ脆弱な人間を相手であっても、男が主に躊躇せず力を求める信念を、『私』は好ましいと感じていた。

 最近は、この遊びが、『私』の安定剤とも言えるのだから笑える話。


 「お前が強すぎるんだ。そもそもお前は人間であって、まだ即位間もないというのに、何故そんなに魔法を使いこなしている。本当に人間か?」


 「あら、どこからどう見ても人間でしょ。ただね、私は大人になり損ねたのよ。社会人だから仕事だってあるし、彼氏もいたわ。でも、いつまでも抜け出せない夢を見たまま、中身が大人になりきれないだけ」


 「意味がわからん」


 ますます深くなる眉間の皺を伸ばしてあげると、男はごろんと寝転んだ。

 竜族の領地は砂浜があり、夏は海水浴が楽しめるという。

 もっとも、暑さが苦手な『私』は、夏に視察しようとは全く思わないけれど。


 「中二病ってこと。大人になることが、夢物語を捨てることになるのかわからないけれど。私は大人になっても魔法や魔族、ファンタジーな世界が大好きなのよ」


 横に座って夕陽を眺めていると、腕を引かれて男の美しい体の上へ乗せられた。


 「夢物語ではあるまい。魔法も魔族も、ここには存在している。お前は異界より招かれ、『魔王』となって魔界と魔族を統べている。魔法を行使し、強い王となって天族を追い払っているだろう」


 「そう、ね」


 重なり、交わす熱に意識が飲まれた。

 ひと時の逢瀬と情熱は、この内側に澱む泥を覆い隠し、『私』を『魔王』へ引き戻す。

 まだ時間はある。

 もう時間がない。


 「ねぇ」


 「なんだ」


 「魔族は名前が無いのよね」


 魔界へ来て最初に気付いたのは、呼び方がおかしいことだった。

 例えば「白いの」「黒いの」「そこの従僕」など、見た目や役職で呼ぶことはあっても、名前で呼ぶことは無く不思議に感じていた。


 「そうだな。核に刻まれた真名はあるが、泥で出来た肉体には無いな。昔からこれで通用しているもんだから、あまり気にかけたことは無い」


 「じゃあ、私だけの名前をあげるわ。竜王ソルティード、それがあなたの名前」


 洗礼のように額へ口づけ、想いを縛るよう祈りを込める。

 忘れないで。

 『私』がこの世界からいなくなっても、『私』を愛して。

 物語の竜族のような執着と盲信、偏愛をもって、命の限り愛を注いで。

 その泥で出来た器が壊れるまで。


 「俺が王か。お前がいるのに、『王』は違うだろう」


 「いいのよ、私の王。今の私は【王様セット】も何も纏っていない、ただの人間の女よ。だから、あなたが『王』で間違ってはいないの」


 「そうか」


 嬉しそうに微笑む男と唇を重ね、再び熱を交わす。

 この夢が終わったら、『私』はまた空しい乾いた現実を生きる。


 「お前がそう決めたのなら、俺は名乗ろう。名を与えられるとは、存外嬉しいものだな」


 「良かったわ」


 あぁ、『私』はなんて醜いのだろう。






 目が覚めると、豪華絢爛な寝室の天井が目に入った。

 気味悪いことに、体が砂浜のジャリジャリ感を覚えている。

 あれはこのオブジェのものであって、私が体験したことではない。

 そう頭では理解しているのに、自分の体が自分のものではないような、しっくりと来ない感覚だ。


 「ていうかさ、子供に大人シーンを見せるなっつーの」


 細マッチョの感触、熱、それに喜ぶ自分ではない『私』の感情。

 あれは私の感情ではないのに、ドロドロとした真っ黒なものに浸食されていく。

 疑似体験でもしたかのような気持ち悪い感覚が消えず、風呂に駆け込んだ。

 ガシガシ削り取るように擦って、冷たいシャワーを掛け続ける。


 「キモイんだよ。こんなもん見せるために『助けて』なんて言ったわけ?そんなメンドクサイ前置きするんじゃなくて、簡単に説明しなよな」


 体の感覚が無くなるまで冷えて、やっと冷静になれた。

 ぶっちゃけ、助けが欲しいならグダグダ前説しないで、さっさと結論言えよって思うわ。

 夏とはいえ冷水シャワーって、修行僧並みに辛いんだからな。

 床に転がっていたガラス玉を蹴飛ばし、ベッドへタオル1枚で転がる。

 今は【王様セット】を着ていないただの人間だから、ガラス玉はうんともすんとも言わなかった。


 「前の、魔王なんだろうなぁ。じゃああの細マッチョは、若い頃の竜王ってことか」


 『中二病』という言葉を知っているということは、それほど昔の人間じゃない。

 だとしたら、私が魔王になるまでそれほど間隔が空いていないということか。

 魔族への魔力供給は毎日であることが望ましいとしても、そうそう空腹で倒れることはないし、魔力不足で暴走することもないという。

 つまり、短期間の間に何かが起きて、十中八九先代の魔王が何かやらかしたんだろう。

 何よりも、短期間で若い魔族がオッサンになることってあるんだろうか。

 原因があのどす黒い感情だとしたら。


 「3年が、限界かもなぁ」


 まだあの人よりは少ないとしても、私の内には澱みがある。

 日々過ごすだけで、少しずつ少しずつ増えていくそれが魔族を壊すものだとしたら、そうなる前にバイトを辞めなければならない。

 私は、少なからず彼らが好きだと自覚した。

 慕って世話をしてくれる人達も、くろすけ、しろすけ、グレー君達、私が好きだと思えば、鏡のように感情を返してくれる彼らを守りたいと願うくらいには、好きなんだ。


 「なんで、人間はこんなに汚くなるんだろうね」


 本能に忠実で、感情を鏡のように返す魔族と違い、人間は自ら醜いものを生み出す。

 それでも彼らは人間を魔王にして、魔力供給させる。

 どんな結末になろうと、彼らはその感情で味付けされた魔力と魔王に従い生きるのだろう。

 ある意味純粋な種族。

 私が仮に魔族になったとしても、そうなれるのだろうか。


 「あーあ、めんどくさいことになった」


 寝返りをうつと、床に転がった【王様セット】とガラス玉が目に入る。

 どうやら楽に終わってくれない気がする竜族の視察に、ため息が出た。







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