月曜日・駒 5
友梨は大学のキャンパスに向かう昌獅に眉を寄せた。
「日部くん。」
「黙れ。」
取り付く島もない彼に友梨は溜息を零す。
先ほどからピリピリと張りつめた空気を発する彼に友梨は居心地が悪かった。
「おい。」
「何?」
「……お前特技とかあるか?」
「………………。」
昌獅の質問に友梨はそっぽを向く。
「無視か。」
「…………。」
段々と苛立つ昌獅に友梨は唇を噛む。
特技なんて自分にはない、と友梨は痛い程理解していた。
武術を習っていた訳もなく、頭もいい訳ではない、友梨はただただ普通のむしろ全体的に劣っている女の子だと思っている。
「役に立たないか。」
「……。」
昌獅の言葉に友梨は静かに傷つく。
「……仕方ないな。」
溜息を零す昌獅に友梨は絶対に彼の足を引っ張るような事がないようにそれだけは守ろうと思ったのだった。
そして、そうこうしている内に大学内でも一番高い建物の前にやって来た二人はウロウロとする人影を見て、表情を曇らせる。
「大きな荷物があるから難しいな。」
「……。」
友梨は硬く目を瞑り、そして、何かを決意したのか、そっと昌獅の服を引っ張る。
「何だよ。」
不機嫌そうな顔に友梨の僅かばかりの勇気はすぐに萎みそうになるが、それも、必死に彼女は言葉を紡ぐ。
「私が囮になる。」
「……。」
友梨の言葉の意味が分からないのか昌獅は眉根を寄せた。
「私があの人たちをどこかに誘導するから、貴方は先に行って。」
「……。」
ようやく友梨の意味を理解した昌獅は先ほどとは違い、目を見開き、どこか幼い表情を見せていた。
友梨はその表情を見てこの人でもこんな顔をするのだと、何だか可笑しく感じた。
「大丈夫。」
「…………だよ。」
今にも飛び出しそうな友梨だったが、昌獅の言葉に振り返る。
「何か言った?」
「何が大丈夫だっ!」
行き成り腕を掴まれ、友梨は目を見開く。
「日部くん?」
「この馬鹿っ!」
何故昌獅が怒鳴るのかと友梨は本気で分からなかった。
「手前、何を考えているんだっ!」
「何って。」
「無策で出ていこうとするな。」
勢いよく怒鳴る昌獅に友梨はとうとう切れた。
「ならどうすればいいのよっ!」
涙を目に浮かべながら友梨は昌獅の胸倉を掴むが、実際は掴むというよりは縋り付くような感じだった。
「私は何の特技もないっ!」
友梨の言葉に昌獅はハッとなる。
「運動神経も人並み、頭だってよくない、弱虫で、貴方の為に何もできない……。」
「お前…。」
「唯一、出来る事と言えば囮くらいしか思い浮かばない。」
友梨の言葉に昌獅は何か言いたそうな顔をするが、すぐに言葉は呑み込まれる。
友梨を追いつけたのは現状ではなく、昌獅の態度や言葉だった事に彼は気づく。
友梨は本当にただの少女なのだ。
こんな状況で生き残る事が出来ないようなひ弱な女の子、それが友梨だった。
昌獅はたまたま出会いで彼に噛みつくような少女だと勝手に思い込んでいたが、実際はあの時は火事場の馬鹿力と同じで、非常事態の一瞬の勇気だった。
「貴方は私とは違うんでしょ?」
友梨の問いかけに昌獅は彼女を見つめる。
「貴方は戦えるんでしょ?」
「……。」
昌獅の無言を肯定と取ったのか友梨は眩しそうに目を細めた。
「なら、後はよろしくね。」
儚げに微笑む友梨を見て、昌獅の脳裏に別の彼女と決して類似点があるように見えないある人と被って見えた。
身を翻そうとする友梨の腕を昌獅は掴み取る。
「えっ?」
驚く友梨に昌獅は彼女を抱きしめる。
細い肩。
自分とは違うか弱い存在。
今にも折れそうな腕。
何で彼女に何が出来るかと問うた?
昌獅は腕の中にいる小さな存在に自分が何を彼女に期待していたのかと後悔を抱く。
「悪かった。」
「えっ?」
突然、昌獅が謝り、友梨は呆気に取られた。
「そりゃ、日常生活の上で何かこういった場で役立つものなんてないよな。」
「……。」
友梨は昌獅に失望されたのだと思って青い顔で振り返ると、何故だか泣きそうな顔をした彼の顔がそこにあった。
「日部くん?」
「お前は囮なんてなる必要はない。」
「なら、どうするの?」
「正面突破する、お前は俺の後にしっかりついて来い。」
昌獅の言葉に友梨は先ほど以上に顔を引きつらせた。




