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・前編

 信輔は居間に戻ると,

「親父、ちょっといいかい?」

 居間の炬燵の中に入っていた父親に話しかけた。

「どうした、信輔?」

「この新聞に載ってた記事なんだけど…」

 そう言うと信輔は新聞のある記事を指さす。

「また運動家が殺られたのか」

 その記事を見て父親が言う。

「この1か月で次々と殺されてるんだよな」

「それがどうかしたのか?」

「いや、ちょっと気になることがあって」

「それほど心配するほどのことでもないだろう。どうせ対立している組織の連中の仕業じゃないのか」

「…だったらいいんだけどな。確か先月に赤羽であってから大宮、上尾、熊谷ときてるだろ? それでちょっと気になることがあって」

「気になること?」

「去年の暮れに連合赤軍が榛名山で合同訓練をやってから、警察が山狩りを始めただろ? それで今年に入って西丹沢のアジトが発見されて、連中が長野のほうに逃げたんじゃないか、って言われているようだけど」

「ああ、そういえばそんな噂があるな」

「殺された運動家が住んでいるのもだんだんと長野に近づいているんだ」

「なんだって?」

「今回の事件が起こったのは前橋だろ? 地図で見るとだんだんと長野のほうに近づいているんだ」

 確かに事件は赤羽→大宮→上尾→熊谷とだんだんと関東を北西に進んでいっている。

「それと連合赤軍と何の関係があるというんだ?」

「いや、もしかしたら何らかの形で連合赤軍の連中とコンタクトを取ろうとしているんじゃないか、って思ってな」

「それと運動家の殺しと何か関係があるというのか?」

「いや、はっきりとはわからないんだけど、ちょっと思い出したことがあって」

「思い出したこと?」

「親父は確か、オレと同じくらいの時の歳にある男にあった、って言ってたよな」

「ああ、その事か。戦争が終わろうとしていた時だったから、もう27年も前の話だな。…そいつと今回の事件と何か関係があるというのか?」

「いや、そこまではわからないけれど、確かで、婆さんや曽祖父さんもそいつと戦ってたんだよな」

「それが?」

「婆さんがそいつと戦ったのは50年近く前の関東大震災直後のことで、曽祖父さんが戦ったのは70年くらい前の日露戦争が終わった直後だろ? そしてその曽祖父さんの父親、つまりオレから見れば4代前の先祖は100年以上前の幕末の時にそいつと会っている…。いずれも日本が混乱しているときだったじゃないか」

「確かに考えてみればそうだが。戦争が終わってから朝鮮戦争やら東京オリンピックやら万博やらといろいろとあってヤツが現れるんじゃないか、と思っていたんだが、一度もオレたちの前には表れてないしな」


 信輔の父親、防人義明は終戦間際の昭和20年8月、広島と長崎に原爆が落ちた混乱に乗じて日本をさらなる混乱に陥れようとした男と戦ったことがあった。

 そして1952(昭和27)年に主権を回復後、昭和30年代には空前絶後とも思える高度経済成長を成し遂げ、東京オリンピック、大阪万博という世界的なイベントを成功させ、世界の先進国の仲間入りをし、傍目には平和を謳歌しているように見えた。


「…ただ、確かに日本は平和になったようだが、気になる話もあるんだ」

「気になる話って?」

「父さんが母さんと結婚したころだから、戦争が終わってから5年ほど経ったときか…、朝鮮戦争が起こっただろ?」


 第2次世界大戦終結後の1950(昭和25)年、北と南に分かれて統治されていた朝鮮半島で突如北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)軍が韓国に侵攻。3年に及ぶ戦いの末、結局休戦となり、所謂「38度線」を跨いで両国が分断される、という「朝鮮戦争」が発生した。

 その当時、アメリカを中心としたGHQによる占領政策が取られていた日本は突如として湧いた「軍需景気」によって好況が訪れて、それが後の高度経済成長につながった、という側面は否定できないことであろう。


「ああ、それが?」

「その時、朝鮮半島でヤツの姿を見た、という証言があるんだよ」

「なんだって?」

「父さんがその話を知ったのは朝鮮戦争が終わって間もなくだったころだから詳しくはわからないんだが、当時米軍と付き合いがあった友達が朝鮮半島に行っていた米軍の軍人からそんな話を聞いた、というんだ」

「それじゃヤツが朝鮮戦争を引き起こしたって言うのか?」

「いや、そこまではわからないが…、ただヤツは日本ばかりではなくフランス革命やヒトラーが台頭してきたころにも現れた、という情報もあるからな。世界が混乱しようとしているときに出てきてもおかしくない。それに…」

「それに?」

「朝鮮戦争の後にやつは行方が分からなくなったらしいが10年ほど前から日本に現れている、という噂もあるしな」

「そのうわさなら聞いたことがあるぜ。確か何年か前に起こったベトナム戦争の反戦運動の時におかしなヤツを見かけたって学校の連中の中でも話題になってたな」

「そんなことがあったのか?」

「いくらオレがノンポリって言われててもそのくらいは耳に入ってくるよ。あのころはよく学生集会がどうのこうのって学校で話してたしな」

「なら話は早いな。実は60年安保の時からそう言った噂を父さんは聞いたことがあるんだよ」


 戦後27年という時を経て一見日本は平和になったように見えるが、決してその道のりは平坦ではなかったのだ。

 二人の会話に出てきたように日米安全保障条約、所謂「安保」を巡ってその延長に反対する学生たちと警官たちの激しい攻防戦があったものの結局自動延長された「安保問題」や同じころに始まり、12年経った今も続いているベトナム戦争をはじめとして1960年代に盛んになった一連の学生運動等といったような騒動が日本でも起こっていたのだった。


「もしそうだとしたら、ヤツはなんでまた日本に来たんだ?」

「安保問題が起こっていた時は、かなり混乱していたからな。その時を狙って来たんだろうが、結局安保条約は自然成立してしまったこともあってか運動そのものは徐々に下火になっていったし、その後にオリンピックや万博があってヤツの出る幕がなかったのかもしれないな」

「それじゃ、ベトナムのほうにでも行っていたのか?」

「そこまではわからないが…。ただ、おととし三島由紀夫が割腹自殺したのは知っているだろ?」


 この日からおよそ1年3か月前の昭和45(1970)年11月25日、人気作家三島由紀夫と彼が結成した政治結社「楯の会」の4人が東京は市谷の陸上自衛隊駐屯地に乱入、三島が自衛隊に決起を呼びかけるアジ演説を行うものの、支持する者がいないと知るや総監室で割腹自殺をする、という事件が起こっていた。


「ああ、あのことか。それがどうしたんだ?」

「実はな、楯の会の連中がそいつと会っていたのではないか、って噂があるんだ」

「本当か? それじゃあ三島由紀夫も?」

「いや、三島がヤツと会っていたのかどうかはわからないが、あのときに三島と一緒に駐屯地に乱入した4人の他にも楯の会のメンバーはいたからな。しかし楯の会も去年解散してしまったし、彼らも話そうとしないからあくまでもうわさに過ぎない、って言う程度の話なんだが」

「もしそれが本当だとしたら三島や楯の会を利用しようと考えていたものの、結局はうまくいかなかった、ってことか」

「そうかもしてないし、そうでないかもしれないな。そもそも三島の考えとヤツの考えが一致したかどうかもわからないしな」

「確かに三島の考えとヤツの考えは水と油なのかもしれないしな。とにかく、この件に関してはもう少し情報がほしいな」

「わかった。父さんのほうも調べておくよ」

「頼むぜ」

「それよりおまえ、大学のほうはどうなんだ?」

「今日は午後からだよ」

 そして信輔は2階の自分の部屋に上がった。

    *

 信輔は机の傍らに置いてある一振りの刀を取りだした。

 先祖代々受け継がれている神刀。そして『あの男』に唯一対抗できる武器でもある。

 信輔は鞘から刀身を引き抜いた。

 父親から受け継がれた時に手入れだけは必ずやるように言われていたので、その刀身には曇りひとつなかった。


「…阿那冥土、おまえと戦う時が来るとはな」

 小さい時に自分の「使命」を知ったときから信輔はその事だけをずっと考えていた。そういうこともあってか他の政治問題には一切興味を覚えなかったし。周りから「ノンポリ学生」と思われていた部分があったかもしれない。

「…お前はいったい何者なんだ。100年以上もなんで日本を狙っているんだ。いや、それよりも100年以上たっているというのに全然姿が変わらないってのは何なんだ」

 そして信輔は神刀をしまう。

「…とにかく、オレにできることはおまえを倒すことだけだ」

    *

 2月11日。

「おはよう」

「おい、信輔? 大学はどうした?」

「おいおい。今日は祝日で休みだろ」

「そういえばそうだったな」

 確かに居間にかかっているカレンダーの2月11日の部分には「建国記念の日」と書かれていた。

 信輔は居間に座るとテレビのスイッチを入れる。

 テレビではちょうどニュースをやっており、もうすぐ終わりを迎えようとしている札幌五輪をはじめとして何本かニュースをやったときだった。

「…それでは次のニュース。昨日、高崎市のアパートで学生運動家と思われる男性の遺体が発見され、警察は殺人事件とみて捜査を始めました」

「なに?」

 その声を聞いて信輔と義明がテレビを見る。

 ニュースによると昨日の夜遅く高崎市のアパートで学生運動家が死体で見つかったという。警察の調査では周りの証言などから殺人事件だとみて捜査を始めたという。


 ニュースが終わってしばらくたった時だった。

「…高崎か…」

「だんだんと北上しているな」

「この分だと近いうちに県境を超えて長野に行くかもな」

「長野か…」

 それを聞くと義明が黙り込んでしまった。

「やっぱりヤツの目的は日本赤軍だと思うのか?」

「いや、そこまではわからないが。ただ、三島由紀夫や楯の会を利用しようとしてうまくいかなかったヤツが日本赤軍とやってうまくいくと思えんが」

「大体日本赤軍を利用しようとしているヤツが赤軍に関係のあるヤツを殺すんだよ」

「うん…。一体ヤツの目的は何なんだろうな」


 2月13日。

 札幌冬季五輪は11日間に及ぶ熱戦を終え、その幕を閉じた。

 日本は結局70メートル級ジャンプで獲得した金・銀・銅の3個が最初で最後の獲得したメダルだったが、冬季五輪初の金メダルとあって今大会最大の話題となった。

 しかし、その裏では新しい事件が幕を開けようとしていた。


(後編に続く)

(作者より)この作品に対する感想等がありましたら「ともゆきのホームページ」BBS(http://www5e.biglobe.ne.jp/~t-azuma/bbs-chui.htm)の方にお願いします。

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