表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

一章 (1/3)

 美しい花弁を散らせ、黒い痩身を朝日に照らす。桜吹雪の舞う街道の脇に、均等に植えられた桜木ソメイヨシノ。道行く多くの新入生たちに混ざって、一人空を見上げる少年がいた。


 思春期特有の症状。まるでこの世の全てを悟ったかのような気分だ。「他人とは違う、自分は特別なんだ」と思ったところで、彼の視界に映る光景はいつもと同じ平坦な道だけだった…。

 「人生には運命とゆう名のレールが敷かれている。俺たちはその上しか歩けない。そして、それ自体が既に抗えない運命というレールの一つなんだ。」


 前置きは後にして、自己紹介と行こう。俺は関根京介、今さっき学校案内を終えたばかりのピカピカの高校一年生だ。


 最初に断っておくが、俺はどっかの星から地球を侵略しに来た殺戮アンドロイドでなければ、内に秘めし力を宿して悪を殲滅するスーパー高校生でもない。


 ごくごく平凡で、どこにでもいる、人参とメロンが大嫌いな高校一年生だ。


 今は在学生にとっては始業式の真最中なので、一日早く入学式を終えた新入生諸君は自由時間になっている。


 ということで、俺は特に目的もなく校内をうろついている次第だ。教室に残って新入生同士の自己紹介に混ざったほうがいいのだが…。いやしかし、人見知りでシャイな俺には少し無理な話だな。


 あくびをしながら意味も無く校舎裏の狭い路地を道なりに進んでいくと、ふと視界に本校舎とは別の校舎が目に入った。


 「部室棟」そう書かれた標識の先には古くさい建物が寂しそうに建っている。旧校舎を転用したのか、無駄にでかい建物に張り付く窓が、ぽつりぽつりと不規則に開いているのが目に入る。誰かいるのだろうか?


 不意に「あ」という間の抜けた声と共に何かが頭上に降ってきた。咄嗟に身をかわして背後を振り向くと、サッカーボールがポンポンと跳ねながら過ぎ去っていく。


 「ごめんごめん。大丈夫?」


 頭上からの声に反射的に「はい、大丈夫です」と返事をすると、同じ高校の制服を着た女が窓から顔を出していた。


 「ついでにさ、悪いけどそこのボールとってくれない?」


 そういって眼前で手を合わせる彼女の笑顔からは悪気というものが全く感じられない。俺は無言でボールを足の甲に引っ掛けて優しく蹴り上げる。


 ボールは回転せずにフワッと浮いたかと思うと、綺麗な放物線を描いて二階の窓から顔を出す彼女の両手に収まった。


 「へぇー、コントロールいいね。もしかしてサッカーやってた?」


 そう言って小首を傾げる彼女の仕草に一瞬ドキッとしつつ、目を合わせるのが恥ずかしいので彼女の口元を凝視しながら二度頷く。


 「マジか、ちょっと部室きなよ。二階の階段上がって右側、サッカー部」


 微笑みながら一方的にそう言い放つと、彼女は部室に引っ込んでしまった。まあ別に無視してもいいのだが…本当に無視してもいいんだが…しかしまあ、女性の頼みとならば断るわけにはいかない、紳士としてな。いや無視してもいいんですよ、俺は別に。でもまあ暇だし!そう自分に言い聞かせながら、俺は階段を一段とばしでかけ登った。


 息を整えつつドアを開く。いや、というか息が乱れてたら実にまずいだろ。怪しいだろ、常識的に考えて。俺がいつものポーカーフェイスを気取りながら部屋に入ると、眼前にいきなりボールが飛んでくる。不意討ちに反応しきれずに、ポーカーフェイスで眼前に迫り来るボールを見つめながら、見事に顔面にクリーンヒット。


 「アハハ、引っかかったわね」


 甲高い笑い声が人気のない部室棟に響く。引っかかるも何も、罠があるとすら聞かされてないわけだが。というか初対面の相手にそもそもボールをぶつけるだろうか?常識的に考えて。イタタ…と手で顔を抑える俺に、尚もそいつは笑い続けていた。


 これは部室に入る前に、新春とか一春のロマンスとかNGワードとかを不覚にも妄想してしまった、最近浮かれ気味の俺に対する神様の天罰なのだろうか。涙を拭き取りながら、表情を戻して彼女に向き直る。とりあえず、ぱっと見た感じで容姿を三行でまとめると


 美人

 茶髪

 ポニーテール


 貴重な二行をを髪の毛の特徴に使っているが、とにもかくにも要するに中々の美人だということだ。窓を見上げた時から既に気づいていたが、近づいて見ればやはりその端正な容姿に再度驚く。女子にしてはやや身長が高く、スタイルはもちろんのことながら、特に右目の端にある、色白の肌に浮かぶ二つのホクロが印象的で明るそうな子だった。


 ハイヒール履いたら身長抜かれるなとか無駄な妄想に花を咲かせつつ、俺は言葉を発する。


 「失礼しました」


 ドアを閉めようとする俺に、彼女は笑いながら「待った待った」と静止をかけてくる。いかんいかん、俺としたことが…いつもの逃げ癖が出てしまった。というか、せめてこいつのクラスとか名前だけでも聞き出さなければ、と半ば執念のようなものに駆られながら俺は再びドアを開ける。


 「えーと、どこの中学出身?」


 半ば混乱した頭でやっと搾り出した職務質問のような定型文に我ながら失望する。そんな必死で出した高校生のナンパ文句(なのか?)を当然の如くスルーして、彼女は自己紹介を始めた。名前は宮木優子。二年三組に在籍している。趣味はサッカーとかそんなことを言った。


 体裁的に自己紹介を返す俺。氏名とクラスだけを伝えた。…ていうかちょっと待て、あれ、今のところなんかおかしくないか。二年生って今、始業式の真最中だよね。え、つか新入生だと思ったし…。


 そんな俺の疑問はもまたもや心地よくスルーされてしまい、宮木は続ける。


 「で、京介君は何年くらいサッカーやってんの?」


 きゅ…、と言いかけて咳払いする、つか最初っから名前呼びかよ。


 「三年くらい」


 本当は幼稚園年少の頃から九年くらいやっていたが、本格的に地元のクラブに所属してたりしたのは三年間だけだ。結局、中学に入ってやめてしまったわけだが。


 「へえー意外と短いんだ。さっきのループパス?あれ凄いねえー、サッカー部に入んない?」


 当然だ。ループはインサイドキックでボールを浮かせられなかった幼稚園の年少時代から高い弾道のシュートを打つために磨いてきた俺の十八番だ。いや別に秘技というわけではないから、一番とかかな。そんなことを考えながら得意げに「うんうん」と頷く俺の前髪を、宮木はくしゃくしゃにした。


 「よしっ!決定だねっ」


 え、と一瞬戸惑った俺の声よりどれくらい早くチャイムが鳴っただろう。コンマ一秒だろうか。いや、そもそもさっきの流れで、いきなり入部勧誘がくると誰が予想できただろうか?つか半ば誘導尋問だったろ。話題を切り替えるときは「ところで」や「てか」などの接続詞をしっかり入れ…。


 「じゃあ、またねっ」


 そういってスカートを翻して部室を去っていく彼女の後ろ姿は窓から差し込む光に美しく反射して…、ふと窓から見上げた空は燕が気持ちよさそうに旋回していた…な~んて呑気にナレーションをしてみる。


 「忘れてたー、ちゃんと窓閉めといてねー。よろしく!」


 宮木の声に混じって、気持ちよさそうに上空を旋回する燕のさえずりが部室に届く。俺は床に落ちていた鍵を拾い上げた。…部室のドアもな。そんな呟きと一緒に深いため息が溢れ出る。やれやれ、入部するとは言ってないんだけどな。


 まだ春も半ばだというのに、窓から差し込む生暖かな日差しは一層際立つ。スパイクの散乱したサッカー部の部室にはほのかにラベンダーの香りが漂い、その微かな香りの余韻にしばらく浸っていたかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ