3-3 爽やかイケメンボーイは
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同窓会から一夜が明けて、ひどい二日酔いと戦い続け、ようやく少し持ち直してきたのはその日の夕刻くらいのことであった。
上司であるアンナに言われた通り、水をがぶがぶ飲み続け、それでも止まない吐き気にひたすら耐え続けること六時間程度。
なんとか歩いても胃の中身がひっくり返らなくなったのは、終業時刻間近になってからであった。
「今日のジーンは、何の役にも立たなかったね」
上司アンナに言われ、返す言葉もない。
這ってでも職場に出てくれば、なんとかなると思っていたが、甘かった。
計器を動かそうにも魔力をうまく制御できないし、文献を読みこもうにも文字で酔ってしまう。せめて雑用くらいと思って開発室の外に何度か出たが、具合が悪くて駄目だった。
間違いなく、今日の自分は何の役にも立ってない。
「それで給料もらってんだからね」
「……はい」
「ちょっと良くなって来たんなら、せめて、そこにある荷物倉庫に運ぶの手伝って」
「……やります」
開発室の隅に置かれた新品の計測用魔道具たちを指し示されて、静かに頷いた。
「先に倉庫の方、行ってるよ」
淡々と言って開発室から出ていった上司アンナは、ジーンよりも七年上で、年齢的にも七歳年上だ。つまり、今年28になる歳か。二十代後半でもうプロジェクトリーダーを任されるなんて、社内でも出世頭である。
(雑用くらいは出来ると思って出てきたのに……迷惑をかけてしまったな……)
ジーンにとって、アンナはただの上司というだけではない。個人的にも彼女には恩がある。
学生時代から、なんなら魔導士学校に入る前より彼女には世話になっていた。それに、中途半端な成績であった自分が世界的大手企業であるゲレッジクリエイト社に就職できたのも彼女のおかげのようなもの――完全なるコネ採用とまでは言わないが、それに近いものがある。と、ジーンは思っている。
「……運ぶか」
青年は台車をガラガラと引いてくると、部屋の端に積まれた計測器のケースを順次台車に重ねていった。
ひとつひとつ、計測器の重さは馬鹿にならない。単純な筋力だけでは腰をバキッとやってしまいかねない重量だ。
なので、こんな時は魔力で筋力を補って作業をする。――肉体強化は、魔道士学校でも習う基礎の一つだ。
(俺にもレイナくらいの魔力があれば、これくらいの荷物、台車なんて使わなくても倉庫まで運べるんだろうな……いや、レイナまでとは言わなくとも、リックくらい強ければな)
肉体強化は体内の魔力を扱う魔術の基礎であるが、基礎であるがゆえに最もセンスを問われ、難しい。
己の身体に保持される魔力量、自分の身体のコンディション、そういったものを理解したうえで身体のどの部位をどの程度どうやって強化するか。絶妙な匙加減によって圧倒的に強くなることができる。
というわけで、重い荷物を運ぶために、足と腰を強化。腕にも魔力をためてガッシリ荷物をホールドした後、瞬発力を強化して計測器を上へと持ち上げる。
(うーん……理屈はわかるんだけどなー。こういうの、頭でやっちゃうあたり、俺は向いてないんだよなぁ……)
強化した身体で運ぶこと二歩程度、台車の上に荷物が複数縦に並んだ。
倉庫は開発室から出て廊下をまっすぐ行った先にあり、少し距離がある。無理をすれば台車なんて使わなくとも運べない距離ではないのだが、今日はいかんせんコンディションが良くない。
「はー……行こ」
だいぶ良くなったとは言え、まだまだ怠い身体を引きずりながら、ジーンはガラガラと台車を押していった。
レイナやココは感覚派だ。肉体強化は考えるでもなく、なんとなく、出来るらしい。
リックなどは頭脳派なので、肉体強化も計算しないことにはうまく出来ないというが、ジーンよりずっと身体の扱いが器用であるし、そもそも魔力の保持量が全く違う。
同じ魔導士学校に所属していても、トップの学生とそれ以外とでは、まるでレベルが違うのだ。
とは言え、なんとなく、そんなこともあるだろう。と、入学する前からジーンは頭のどこかで思っていた節もあるのだけれど。
台車を押して廊下をまっすぐ進み、少し通路が細くなったその先に、部署の共通倉庫があった。
開発室については、プロジェクトチームひとつにつきひとつずつ与えられているが、倉庫はこのフロアにある開発室全てで共通、ひとつのみだ。
部署全員で共用している倉庫であるため、ルールに従って使わないといけない。
その共用倉庫へと続く細い通路に入ろうとしたところで、台車がわずかに突っかかってしまった。決して入れないサイズではないのだが、注意しないと計器を壁にぶつけてしまいそうだ。
(……ゆっくりいくか)
自分の給料では到底弁償できないような高級機材を運んでいるので、慎重に進むしかない。
と、いうわけで、丁寧に丁寧に細い通路を進んでいったところ、不意に、倉庫の方から女の話す声が響いて聞こえた。
「……、……今日のジーンくん、なんか、良かったですよねー」
「良かった? ……なにが??」
「んー……なんていうか、いつもより雰囲気があった、というか……」
少しくぐもってはいるが、決して聞き取れないこともない、それくらいの距離感で響く声。倉庫は防音ではないので、入口の通路まで来ると中の会話が全て漏れ聞こえてしまうのだ。
喋っているのは、上司のアンナと別プロジェクトチームの先輩だろうか?
自分の名前が聞こえてきたので若干気まずいが、ジーンはアンナに呼ばれて倉庫まで来たのである。アンナとてジーンがこちらに向かっていることは知っているだろう。
なのでこれは盗み聞きではない、と自分に言い聞かせながら、ジーンは計器を乗せた台車をゆっくり押した。
「雰囲気? ……ジーンの??」
「ですですー、なんかー、今日すっごく色っぽくなかったですか?」
「……。……いや、あれ、ただの二日酔い」
「え!? そうなんですか!? 全然臭いとかしなかったし汚くなかったから、わかんなかった!!」
「今朝、あたしが消臭魔法かけたからね……朝は、ひどい臭いだったよ」
「えー、そうなんだー、二日酔いって臭いがなくて清潔感あれば、色気が増すんですねー」
「そんなことないでしょ」
「人によるのかな。普段からジーンくん、爽やかイケメンボーイですもんねー」
今日は一日具合が悪かったので基本的には開発室にこもっていたのだが、何度か廊下をよろよろ歩いていたのでその姿を目撃されたのだろう。
褒められているように思えるので気恥ずかしくもあるが、確かに、上司アンナの言う通り、ただの二日酔いであった。
「あれが爽やかイケメンボーイかねえ……あたしには子犬に見えるよ……」
「アンナさん、ジーンくんと昔から知り合いなんでしたっけ?」
「うん……あいつが7歳くらいの時から知ってる」
「7歳かあ……それじゃあ子犬に見えるかもですねえ。……でも彼、結構社内にもファンが多いんですよ。優しいし明るいしタッパもあってカッコいいじゃないですか」
「ほーん」
「今日はなんかやけに色気があるって、女子社員たちの間で話題持ちきりだったんですから」
「ただの二日酔いなのにねえ」
「あはは、それを知らなければねー。企画部のキラキラ女子たちが『すごーいエロスだった!』て騒いでましたよ」
(エロス……)
台車を押して、倉庫の入り口までやってきた。
あとは、半開きになっている扉を開けて中に入るだけなのだが、さすがに、気まずい。
まさか女性社員たちの間で自分が話題になっているとはつゆ知らず、倉庫に入るタイミングを見失ってしまった。
「エロスねえ……でも、あんたらのいう爽やかイケメンボーイは、エロを知らない童貞だよ」
おまけに、アンナがそんなことを言うので震える。
彼女は、ジーンがこっちに向かってきていることも知っているだろうに。
「ええっ、意外ー!? 本当ですかー!?」
「ほんとほんと」
「ああいうタイプって爽やかに見せかけて食い荒らしてるイメージでした!!」
どんなイメージだ、と、台車を持つ手に力がこもった。
「鍛え方も丁度良くて、筋肉多すぎず少なすぎず、あれくらいの身体好きな娘多いですよ。多方面からアプローチされてるでしょーに」
「みんな、他人の筋肉なんて、よく見てるねえ」
「イケメンに限りますけどね。……そういえば、今年入った総務の姫の特殊能力、知ってます?」
「総務の姫ぇ? 他部署の新人まで見てないよ」
「他部署だけど、めーっちゃ話題になってるんですよ。抱かれずとも男のアレの判別ができるって能力でね」
「……なにそれ、怖」
「その姫が、前に、開発部の爽やかイケメンはデカすぎず小さすぎず持久力と配慮の丁度いいサイズだって言ってました」
「何の能力なの、それ」
「魔導士って対戦の時に相手の魔力が測れるじゃないです。達人であれば達人であるほど、相手の力が見えるっていう――それの性バージョンです」
「……姫の経験値がヤバいということだけ、よくわかったわ」
なかなか、女性陣の下ネタは聞くに堪えない。
ジーンには女兄弟もおらず、学生時代に仲の良かった女子たちも自分のまわりではその手の話をしてこなかったため、特に。
「でも、そーかー、姫は相手の経験人数までは測れないからなー。チェリーくんなのかー」
「良いモノ持ってるのか知らんけど、やり方も何も知らないんじゃない」
「まー。それはそれで可愛いですねー」
倉庫に入ろうにも完全にタイミングを見失ってしまった。
これでは、どうすることもできない。
半開きにされた扉の向こうで当惑していたところ、
「……だって。可愛いってさ。良かったね」
突如、扉が向こう側から開かれた。
「……っ!!」
息を呑むのは、ジーンの方。
扉を開いてきたのは、上司のアンナだ。ショートカットの緑髪の下で、銀縁眼鏡がギラリと光る。
「いつまで、そんなとこに突っ立ってるの」
どうやら、アンナはジーンが扉の向こうにいることに、気が付いていたようだ。
「……。……いや、入るに入れないでしょ」
と、苦々しく言えば、
「中へどうぞ、チェリーくん」
と、言われる。
これには、失笑せざるを得ない。
「……部下の性事情をべらべらと語らないでください。セクハラですよ」
苦々しく笑うジーンの顔を見て、あんぐりと口を開いたのは、倉庫にてアンナと雑談していた女性社員。違う開発プロジェクトチームのメンバーだ。顔は知っているけれども名前は知らない。開発部と一口に言っても、数百人近くの社員がいるので、残念ながら、まだ全員の名前を覚えるには至っていないのだ。
だが、相手はこちらを知っているようで、
「じ、ジーンくんっ……!! いたの……!!」
大変気まずそうに顔を赤らめるのであった。
相手は、名前こそ知らないけれど、おそらく自分よりは先輩。同じ開発部だし、今後一緒に仕事をすることもあるだろう。
その際、気まずくなったら困るなあ、と、ジーンは咄嗟に取り繕った。
「お疲れ様です。計器たくさん購入したので、運ばないといけなくて……そっちの棚、失礼しますね」
にっこりと、なるべく後腐れないように自然な笑顔で挨拶をすれば、先輩社員はぽぽぽとますます頬を紅潮させる。
「こ、こちらこそ仕事の邪魔してごめんなさい……! 私、自分のチームに戻ります……!!」
そして、そのままバタバタと逃げるように走り去る。去り際、バタンと荒々しく閉じられた倉庫の扉は跳ね返って再び半開きとなった。開発部のある社屋は少し古いので、ところどころガタがきているのだ。
「はあ」と溜息を吐いたジーンは、台車片手に半開きにされた扉を見やる。しかし、わざわざ扉を閉めようとはしなかった。どうせ、荷物を片付けたらすぐに外に出るのだから、立て付けの悪い扉を閉めに向かうのも面倒だ。
「遅かったじゃない。ずっと待ってたのに」
「……。……アンナさん、俺が扉の向こうにいること気付いてましたよね。もっと早く呼び掛けてくださいよ」
アンナもまた、半開きの扉を閉めにいくつもりはないらしい。腕に抱えた帳簿に筆を走らせて、倉庫の棚に置かれた備品の確認を行っていた。




