12、交わされた騎士の紋。
「今回のことはすべて父親である私に責任がある。事態を最小限の被害に抑えてくれた涼殿には深い畏敬の念と、感謝、詫びの気持ちがある。もしよろしければいついつどこどこで、直接謝罪させて貰えないだろうか」
と、そのような主旨の手紙がヴィクター・ナイトシェイドから届いたのが、リリスをギルドに送り届けた日の翌週のことだった。
リリスをギルドに送り届けたあと、ギルド内でごく簡潔に簡易裁判が行われた。
ギルド内でも以前からリリスの暴挙には目を光らせていたが、彼女がチャームを使うことで確たる証拠は掴めずに来た。
ところが、今回は不思議なことに、すらすらと本人が自白をする。言い訳もごまかしも一切ない。彼女の冒険者資格はあっさりと剥奪され、おまけに、仲間の冒険者を死の危険に追いやった罪で、ギルド管轄の留置所に一ヶ月監禁されることになった。
「……正直に言って、ようやく、という気持ちだよ。彼女の悪い噂は誰もが知っていたが、これまでどうやっても証拠が掴めなかったんだ。涼、本当にありがとう」
と、ギルド長であるパルサーがそう耳打ちをしてくれた。
そのすぐあとで俺はギルドを後にしたが、後日聞いた話では、そのあとですっ飛んできたリリスの父親、ヴィクター・ナイトシェイドの前でもリリスは同様の自白をし、これまでどんなことがあっても娘の擁護に回っていたヴィクターも、さすがに堪忍せざるを得なかったという。
そして、そこからさらに数日後に届いたのが、先程の手紙である。
ヴィクターの手紙を受け取った当初、俺は彼と会う気にはなれなかった。リリスを甘やかして来た父親と思うと、怒りが先行して、謝罪を受け取る気にもなれない。
ところが、
「会ってやってくれないか」
と言ったのが、ギルド長のパルサーだった。
「どうしてですか? 正直に言って、好きになれませんよ」
「うーん……」
と、パルサーは腕組みをして、しかめっ面を浮かべる。
「ヴィクターもリリスのチャームに掛けられていたから、罪はないって話ですか? それでも、俺は許す気にはなれませんよ。いくらなんでも、どうにかして対処する術はあったでしょう」
「ヴィクターが、リリスにチャームを……? 」
と、どういうわけか、パルサーは首を傾げる。
「? 違うんですか? 」
「……その辺りのことも、会ってみれば、わかる。それに、ヴィクターに恩を売っておくことは、君の今後にとっても無駄にはならないと思う。彼はナイトシェイド家の長男だ。今後、この国の政治に関わる有力貴族だよ」
そんなことを理由に会いたくもなかったが、パルサーの浮かべる意味深な表情にある種の好奇心が掻き立てられ、俺は後日、ヴィクターの指定する場所にひとりで出向いたのだった。
「娘のしたことに対して、心から謝罪する。涼くん、君には深く、深く感謝している」
レストランと呼ぶにはあまりにも広々としたその店に入るなりそうヴィクターに頭を下げられたのは、意外と感じるほかなかった。そして、その言動もさることながら、彼の表情や顔つきに一切の悪人めいたところがないのも意外だった。あのリリスを甘やかしてきた父親なのだ。もっと卑劣そうな、いかがわしい風貌の男だと思っていたのだ。ところがやってきたのは、銀色の長い髪を一本後ろで縛り付けた、いかにも清廉潔白そうな顔つきの男だったのだ。
「この通りだ。どんな対応をされても文句は言えないと思っている。気が済むなら、殴って貰っても構わない」
と、そんなことすら口にする始末だ。
「よしてください! あなたは有力貴族ですよね。僕は第四階級の人間ですよ! 頭なんて、簡単に下げないでください! 」
「……階級なんて、下らない制度だ」とヴィクターが口にしたのも、意外だった。「大切なのは人と人との信頼と絆だ。涼くん、繰り返しになるが、本当に済まなかった」
有力貴族の口からはっきりと階級に対する否定的な意見を耳にしたのも驚きだが、もうひとつ、理解の出来ないことがある。
これほどに澄んだ精神の持ち主、気高い高僧のような風貌の人が、なぜあれほどリリスの我儘を放任して来たのか。その辺りの辻褄が合わないと言うか、俺には理屈が良くわからない。
「謝られても、仕方がないですよ。もう済んだことですから。それに、問題はそこではないでしょう。リリスはこれまでにも散々似たようなことをやってきたと思いますよ。謝罪しなきゃいけないのは、僕ではなく、そのときに被害を被った被害者じゃないんですか」
厳しい口調でそう言うと、ヴィクターは頷きつつもそれには答えず、
「……うちには古い宝物庫があり、そこに“永劫の呪縛”という呪われた指輪がある」
「呪われた、指輪……」
「その指輪にはスキルを禁じる呪いが掛けられている。……リリスにはこの指輪を嵌めることにした。彼女が”チャーム“を使うことは二度とないだろう」
「でも、解呪するっていう可能性はないんですか」
ヴィクターは首を振った。
「解呪は出来なくもないが、複雑で高い金銭が要求される。彼女一人の手でそこまで行き着くことは不可能だろう」
「……ひとつだけ聞かせてください」
と、俺は言った。
「……なんでも」
と、ヴィクターは俺の目を真っ直ぐ見据え、そう頷く。
「ヴィクターさん、あなたの気持ちはわかりました。リリスが今後、スキルが使えないということも信用します。……でも、なぜこんなことになったのですか。なぜあなたほどの方が、あれほど我儘な……、失礼ですが、我儘な娘を育ててしまったのですか? 」
「我儘だ、確かに」と、ヴィクターは首を振った。
それから、彼はゆっくりと、しかし、いささか苦痛に満ちた表情で、リリスと自己の関係について、打ち明け始めた。
ヴィクターはまだ若い二十代の始めにリリスをもうけたが、そのあとに妻は病ですぐに他界してしまった。
その後、ヴィクターはリリスを男手でひとりで育て、今日まで見守って来た。
「あの娘には母親がいないことで寂しい想いをさせてきた。寂しい想いをさせてはならないという想いから、ついつい、甘やかして来たんだろう。……確かに、悪い噂は絶えず流れて来た。娘を疑う気持ちもあった。だが、リリスは私の前では、従順で可愛い一人娘だった。今となっては間違っていたとわかるが、世間の噂を信じるよりも、彼女を守り、味方してやることが、たった一人彼女の肉親である私の役目だと信じて来た。……もちろん、彼女の犯して来た罪を思うと、こんなことは言い訳にもならないが……」
ヴィクターはそう言い、言葉を継いだ。
「彼女が自らの口で罪を自白するまで、私はどこかで、娘は無実なのだと思っていた。あるいは、そう信じたかったのかもしれない。……だが、あの日、娘の口から自分のしたことを耳にしたとき、彼女のこれまでの悪い噂すべてが、本当にあったことなのだと気がついた。まったく、愚かなことだ……。娘を保護したい気持ちのあまり、彼女がしでかした悪事に目を瞑る結果になってしまったのだ」
そしてヴィクターはもう一度深々と頭を下げ、こう言葉を発した。
「今回のことがなければ、私は娘の悪事にずっと気づけなかったかもしれない。その意味で、君が私を目覚めさせてくれたのだ。深く感謝している。繰り返しになるが、君には心からお礼を言う。本当に、ありがとう」
あとになって知ったことだったが、ヴィクターはリリスの悪事の被害にあった人々に、その都度、多額の賠償金と、保護を行っていたらしい。
噂に過ぎないと思いこもうとしながら、どこかで、娘の悪事に勘づいてもいたのだろう。
「では、リリスから”チャーム“を掛けられていたのではなかったのですね」
「“チャーム”……? 私が……? 」
「ええ。街の噂では、そういうことになっていますよ」
と、俺がそう言うと、ヴィクターはふっと笑い、
「チャームか……」
と零す。それから、
「……私の職業は、モンクなんだ。一応こう見えてAランクの冒険者でもある」
「あ……」と、私は合点が行き、思わずそう零す。
「そう。パッシブスキルの“心眼”持ちなんだよ。彼女のチャームは私には効かない」
「そうでしたか……」
「だが……」と、ヴィクターは皮肉な笑みを浮かべて続けた。
「私もまたある意味で彼女のチャームに掛かっていたようなものだ。愚かなことだが、すべての父親は自分の娘のチャームに掛かっているようなものだ。正しく生きなければと思っていても、自分の子どものことになると、我を見失ってしまう……」
そう言うと、ヴィクターは哀し気な目つきをし、床の一点を見つめた。
「何ごとも、ままならならないものだな。こんなことでは、天国の妻がきっと怒り狂ってしまうだろう」
と、苦労を滲ませる顔で、誰にともなく、そう零すのだった。
◇◇
豪勢なディナーを済ませたあと、
「涼くん。良かったら、“銀狼の牙”に入らないか」
とヴィクターが口にしたのは、テーブルの上にいかにも高級な紅茶が運ばれて来たときのことだ。
「僕が、”銀狼の牙“にですか……? 」
「……君の実力はパルサーから聞いている。莫大な魔術量を保有しているということもね。それに、洞窟での活躍もフレックスらから耳にしている。多数の職業のスキルを縦横無尽に駆使し、おまけに快復魔術まで扱える戦闘職の男……。彼らはみんな、君のことをいかにも嬉し気にそう褒め称えていた。君が入ってくれれば、”銀狼の牙“もますます栄えるだろう」
「誘いは嬉しいですが、どうでしょうか……」
そう濁しはしたが、“銀狼の牙”に入るかどうかでは、心のなかで揺れていた。
“銀狼の牙”はギルド内でも最大勢力と言っても良い。しかも、そのギルドの統領はこの国の一、二を争う有力貴族なのだ。
そんなヴィクターが今後俺を保護してくれるのなら、これほど力強いことはない。
だが……、
「すいません。“銀狼の牙”に入ることは、辞めておきます」
と、改めて、きっぱりと断りを入れた。
アニーとの話し合いのときでもそうだったが、なるべく、俺は自分の足でこの世界に立っていたい。
見るものすべてが見慣れないこの異世界で不安ではあるが、それでも、出来るだけ俺は独立してこの世界を生きてみたかった。
多少意固地になっているのは自分でも認めるが、それでも、どうしても俺はこのことが譲れなかった。
「……駄目か」
「……すいません」
「いや、良い決断だと思う。誘っておきながらそう言うのは、変かも知れないが」
「出来るだけ、自分ひとりの力でやってみたいんです。青臭いかもしれませんが」
その言葉にはなにも言わず、ヴィクターは腕組みをしてなにかを考え込んでいた。
だが、やがてふいに立ち上がると、ヴィクターはこんなことを言った。
「……私と、騎士の紋を結んではくれないだろうか」
「僕と、騎士の紋、ですか……? 」
騎士の紋とは、この世界の貴族や冒険者が使う軽い魔術のようなもので、互いの魔術を調節し、一つの印を形成し、それを互いの体内に取り込む。
実際的な効果はなにもないし、他者からも誰と誰が騎士の紋を結びあっているかは見えはしない。
だが、貴族や冒険者のあいだでは、人生において深く信頼し合った相手とだけ、この紋を結び合うという習わしがある。貴族の名において、あるいは冒険者の名において、なによりもこの紋を結び合った相手を尊び、大切に扱うのだ。それはプライドと命を懸けた約束であり、もとの世界で言う「ヤクザの盃」に似たところがある。ヴィクターは、これを俺と結びたい、と言うのだ。
「……繰り返しますが、僕は第四階級の人間ですよ」
「関係ない」と、ヴィクターはきっぱりと、首を振る。「大事なのは人と人との、信頼と絆だ」
「……僕が、それに値する人間だと、そう言ってくれるのですか」
「私は君のことを深く信頼している。“銀狼の牙”に入って貰えないのは残念だが、今後、必ず君の味方をすると約束しよう。それに……」
と、ヴィクターは続けた。
「君が自分ひとりの力を試したいという気持ちはわかるが、君の能力はいささか特殊過ぎる。誰にどう狙われるかわからない。この世界は腹黒い連中の多い階級社会だ。つまらんことで足を掬われることもある。そんなとき、私の名前が役に立つこともあるだろう」
「そこまで考えてくれたのですか……」
と言ったとき、パルサーがなぜヴィクターに会わせたがったのかも、合点が行った。
この有力貴族が俺の後ろ盾になってくれる目算があったために、パルサーは今日ここに来ることを俺に薦めたのだ。
「結んでくれるか、私と」
「……僕で良ければ」
と俺は言った。少し話しただけだったが、この人のことを信頼できる人間だと感じ、気に入り始めていたのだ。
ヴィクターはここに来て初めて、ふっと微笑みを零し、いかにも嬉し気に頷いた。
テーブルの上にふたりで掌を翳すと、中空にひとつの魔力紋が浮かび上がる。
円形の紋のなかに複雑な線が交差し、それが独自の、この世界にたった一つしかない印となる。
「私ヴィクターは、ナイトシェイドの名において、田村涼と騎士の紋を交わすことを宣誓する」
目を瞑ってヴィクターがそう言うと、見よう見まねで、俺も同じことを口にする。
「私涼は、田村の名において、ヴィクター・ナイトシェイドと騎士の紋を交わすことを宣誓する」
テーブルの上に浮かび上がっていた紋が、二つに分離し、互いの胸の奥へとすうっと沁みこんでいく。
なにか実際的な感覚が湧き上がるわけではない。だが、テーブルを挟んだ目の前の男と深く通じ合ったのだという実感が、ふつふつと、とめどなく湧き上がって来る。
「涼くん。今後、私たちは対等な友だ。君の窮地には必ず駆けつけることを約束する」
「ヴィクターさん。僕もです。困ったことがあったら、僕が必ず駆けつけます」
そう言い合うと、どちらともなく、俺たちはふっと笑い合った。
半分は照れくささと、そして、半分は言いようもない深い喜び故だ。
「……そうそう」
と、笑みを残した表情のまま、ヴィクターが最後にこんなことを言った。
「娘のリリスが君のことをいたく気に入ってね。父親の目から見る限り、あれはあの娘の初恋といったところだろう。……人生で初めて、自分の我儘が通らない男性にぶつかって、恋に落ちたのだ」
「リリスが、ですか……!? 」
と、嬉しいような悪女に気に入られた恐怖のような、なんとも言えない感情が湧いて来た。
ヴィクターはそれ以上押し付けようとするでもなく、嬉しそうな父親の表情を浮かべて、こんなことを口にした。
「チャームを多用して来た彼女だが、最後の最後には、君のチャームに掛かったようだな。正しい男に惚れてくれて、父親としてこれほど嬉しいことはない」
評価して頂けると、継続するモチベに繋がります……!
反応がないと、心が折れそうです( ;∀;)




