第二話 いつもの朝 そのニ
「きゃ~いっけな~い!遅刻遅刻ぅ」
「パンがあれば完璧なのに」
曲がり角で運命の相手とぶつかるなんてベタなイベントでもあれば面白いんだろうが、あいにく角の先に待ち受けているのは、ものすごい剣幕で怒鳴り散らかしている生活指導の鬼だ。バインダーの角でぶん殴られる前にさっさと退散しよう。
メインストリートに等間隔で並ぶ紅葉を過ぎて寂しげに佇む桜の樹木を横目に校舎へ入る。外履きから上履きに履き替え、無機質なほど綺麗な廊下を駆け抜ける。校舎の中はオフィスビルかと思うくらいモダンで機能性の高い造りをしている。
廊下には冷暖房が完備され、夏場も冬場も快適に過ごせるように整えられているのだ。寒くも暑くもないのはありがたいが時折その快適さが巨大なカプセルに閉じ込められているかのような圧迫感を覚えることがある。別に都合の悪いことなんて何もないのにこう感じてしまうのは貧乏性だからだろうか。普通に損なだけだからやめたい。
階段を三階まで登り、曲がってすぐの所で『2-A』と描かれたプレートが目に入る。ナナのクラスだ。
「じゃーね凛!休み時間にまた突撃するわ!日高に頼ってないで早く自立しな~」
「うっさい」
余計なことを言うだけ言って教室に入っていく奴を見送った後、私はその隣の隣……『2-C』の教室へと足を踏み入れた。
♢
「よぉ吾妻!!!今日ギリギリだったな!!!!!!」
「だるい。声のものさし1で話せ」
「テンション低いなぁ。さっきまで朝練で『メェェェン!!!』とか『コテェェェ!!!』とか叫んでんだろ?そのくらいの元気出せよ!!!」
「そっちも朝練後のくせになんでそんなに元気なの」
ホームルームが終わるや否や、朝の長閑で爽やかな空気を破壊する勢いで話しかけてきたこいつは日高晴輝。隣の席の騒がしい奴で教室では毎秒ダル絡みをしてくる。
これでも入学時から活躍を期待されていた野球部のエースでこの夏に開催された甲子園の後、順当に主将へと昇格している。
確かにあの試合は印象に残っている。相手の豪速球を力強く打った後に綺麗なフォームで球場を駆け抜ける姿は普段の態度とは別人のようだった。心なしか汗もエフェクトがかかったみたいにキラキラと輝いていた。
「来い来い来い絶対見に来い!!!来ないと絶交だからな!!!!」と、当時はそこまで仲良くなかったので特に何の脅しにもなっていない言葉を春あたりからずっと浴びせられ続け、最終的にはナナに引きずられる形で観戦した試合だったが結果的に良いものを見られたと思う。こいつ、黙ってればそれなりに格好がつくんじゃないの?
そんな密かな株上昇は露知らず、本人はガハハと豪快に笑った後、後ろ飛びをしながら自分の席に着席した。いちいち行動がうるさすぎるが同じクラスになって半年以上経ったのでだいぶ慣れた。
そしたら奴はなにかを思い出したような顔をして「どこにあったっけなー」、「こっちにしまったはずなんだけど」などと呟きながらカバンを真剣に漁り始めた。
それから少しして「あった!!」と青いパッケージに包まれた物を取り出し、私に見せつけてきた。
「なにこれ」
「パンだよ!お前朝飯食ってないだろうしこれやるよ!!メーカーの試供品?みたいなやつ貰ったんだ!!」
「いや日高君が貰ったのでしょそれ。自分で食べなよ」
「俺はさっき食った!!!『どうせなら沢山くれ!!』って言ったら思ったより貰いすぎちゃってさ!」
そう言いながら開けたカバンの中にはパンとパン……そしてまたパン……彼が先ほど見せた青いパッケージがカバンに隙間なくびっちりと敷き詰められていた。というかこんなにあるならなんであんなにガサゴソ漁ってたんだよ。秒で見つかるだろ。
「流石にこんないらない」
「だとしても一個は食っとけよ!お前が授業中に腹減らして機嫌悪くなってるの見るとハラハラするしさ!!!」
「ならねぇし」
「ほらもう機嫌悪い!!」
ニシシと笑いながらそのままパンを私の机の上に置く彼。私はその様子を見ながら小さくため息をついた。一見何も考えていなそうな雰囲気を出しているくせに人の変化には敏感に反応することが多い。現に私は今ものすごくお腹が空いていた。
「まぁ、貰えるものは貰っとくけど……ありがと」
「おう!!」
馬鹿正直にお礼を言うなんて恥ずかしいと思ったが、彼はそんなことを気にした様子もなく嬉しそうに笑っているだけだ。
本当にどうしてこいつはこんなにも素直なんだろうか。私が露骨に嫌な顔をしたとしても一切へこたれることなく踏み込んでくる。同じクラスになったばかりの頃はかなりひどい態度を取っていたと思うのに。
そんな彼の真っすぐさが私には眩しかった。こういう所が様々な人達から好かれる要因なのだろう。今だってパンの騒ぎを聞いて彼の周りにはクラスメイト達が続々と集まってきている。本人は人が集まって嬉しいのかテレビショッピングの様なテンション感でパンの宣伝を始めた。なにが「頭痛、腰痛、お肌のお悩みなどなど様々なお悩みを解決できるぜ!」だよ。
謎に始まった茶番を横目に貰ったパンを眺める。青一色の無機質なパッケージが机の上にぽつんと置かれていた。
たしか青って食欲をなくす色じゃなかったっけ。試作品とはいえ企業のデザインセンスがない。あまり期待もせず袋を開け、中身を取り出す。……うわ、パンまで青一色なことある?
周りに集まっていたクラスメイト達もその色を見てぎょっとしている。
「ちょっとそれ本当に食べ物?」
「スケバンネキのゲテモノ食い企画か!?」
「こいつなら耐えるだろ。今の人類じゃどんな兵器をもってしても立ち向かえないぜ」
「たしかにこの前激辛肉まん食べてもピンピンしてたわね」
なにやら好き勝手盛り上がり始めたがそろそろ空腹が限界なので食べるとしよう。いただきます。
「「「あ」」」
クラスメイト達が固唾をのんで見守る中、ゆっくりと咀嚼し――そしてピタリと動きを止める。
「……うっま」
無機質な見た目に反してメルヘンチックで濃厚な甘い味が口の中に広がった。パサパサとしていそうな予想を裏切り、生地は思ったよりしっかりしている。高級ベーカリーなんかに並んでてもおかしくない出来だ。
「まじかよ?!」
「え。美味いのそれ、俺も食ってみていい?」
「はたして凛ちゃんの味覚を信じて大丈夫なのか」
「ほら!!言っただろ!!まだまだ在庫は沢山あるんだ!!もってけもってけ!!」
私の反応を見て、クラスメイト達が日高くんの机に再び集まり始める。彼も得意げになりながら青いパッケージを惜しむことなく配給していく。
それにしても本当にうまいなこれ。後で余ってたらおかわりをもらうことにしよう。
ちなみにこの後パンを食べたクラスメイト達はなぜか「泥の味がする!」、「洗剤だ!」と言いながらこぞってゴミ箱に吐き出していた。もったいない。




