プロローグ
振り上げたバットがぐずぐずになった頭部に直撃する。ソレから出てきたドロリとした、どす黒い汚泥のような液体が崩れたコンクリートの壁に飛び散った。
今のが最後の一体だ。
少女はひしゃげた金属バットをだらりと下げ、小さく息を吐きだす。この状況を面白がるかのように黒をベースとしたセーラー服のスカートが風に吹かれてゆらゆらと楽しげに揺れていた。
足元には、かつて人間だったモノたちがいくつも折り重なるように倒れている。大人びているがまだあどけなさを残す顔をした十七歳の少女。彼女がたった一人でこれだけの数のモノ達を制圧しただなんて、一体誰が思うだろうか。
手のひらに残る骨と肉を砕いた生々しい感触。肺を満たすのはむせ返るような腐臭。
狂っている。こんな世界も、それに順応してきている自分も。
少女はバットについた汚れを軽く振り落とす。その際、グリップ部分に書かれている名前から目をそらすようにゆっくりと顔を上げた。
西の空は、燃えるようなオレンジ色から、深みのある紫色へとグラデーションを描いている。
黄昏の空は、地上の地獄とは無関係に息をのむほど美しかった。
遠くから微かに聞こえていたサイレンの音も今はもう完全に途絶えている。
この街の機能が死んでから、どれくらい経ったのだろうか。友達と喋りながら歩いた通学路、買い食いに使っていたコンビニ、よく通っていた駄菓子屋───そのどれもが今は見る影もなくぐちゃぐちゃにされてしまった。
(そんなこと考えていてもしょうがないのに)
そもそも、こんな世界にならなくたって自分は"あの出来事"以降いかにして今日を生き延びるかという戦いの連続だった。相手が理不尽な大人から、意思を持たない化け物になっただけ。何もやることは変わらないじゃないか。
「あーあ、ほんと笑える」
少女の口から乾いた声が漏れる。どこまでも静かで、どこまでも孤独な夕暮れ。このまま空が完全に暗くなれば奴らを視認しにくくなる。それまでに安全な場所を探さなければいけない。頭ではわかっているのに、なぜか足が重くその場から動く気になれなかった。
──パァンッ!
ぼう……と空を見上げていると現実に引き戻すような甲高い破裂音が空気を切り裂いた。
それは、ゾンビのうめき声でも何かが崩れる音でもない。明確な殺意と知性を持った洗練された銃の音だった。
少女は弾かれたように顔を下げ、反射的にバットを構えなおす。
夕闇が迫る路地裏の奥、銃声が響いた方角を獣のように鋭い眼で睨みつけた。




